第5話◇餞別の聖剣




 武家の血を引いているのに、戦闘系ではなく【蒐集家】の前世に覚醒してしまった俺。

 てっきり、怪狼討伐にかこつけて暗殺されるものと思っていたが、実質的な追放処分で済むことに。


 人によっては不幸の極みかもしれないが、俺にとっては幸運。

 三年間の貴族生活という『経験』、前世という特殊な『能力』を得た上で、自由になれたのだから。


「……それでは、俺とシュノンはこのまま去っても?」


「あぁ、だが人目に触れぬよう、しばらくはこのまま鋼鉄の森を進んでもらう。護衛をつけるから安心していい。そしてカタラ領に入ってもらう。そのあとは自由だが……」


「此処には戻ってこないように、ですね。承知しております」


 鋼鉄の森の中ならば、その危険性から一般人は入ってこない。

 この騎士たちは俺の監視役ではなく、護衛役だったようだ。


 カタラ領は隣接する領で、鋼鉄の森を通ることでギリギリまで領境に近づくことができる。


「……一応言っておくが、この決定は父上によるものだ」


 俺が目を瞠ったのを見て、ニコラスが微かに口の端を上げた。しかし、表情は寂しそうなまま。


「父上は、お前の思う通りいかにも貴族といった御方だが、お前が思うよりは人間らしい人だよ」


 少なくとも、我が子を殺す判断はできないくらいに、といったことだろう。

 確かにそこは、俺の考えすぎだったわけだ。


 母は父のことを、父は母のことを、それぞれ語らなかった。

 だから詳細はわからないままだが、俺は実態よりも父を悪いやつだと思っていたのかもしれない。


「そう、ですね」


 酷い話だと思う者もいるかもしれないが、俺にとっては最上の結果と言える。

 このままずっと貴族らしい生活を送れるとは思わなかったし、送りたくもなかった。


 堅苦しいのは苦手だ。


「これを持っていけ」


 兄がくれたのは金が詰まった袋と、一振りの――剣だった。

 真贋審美眼が反応する。


 ――『始まりの聖剣』。

 ――【剣聖】ニコラスは生涯で三振りの聖剣を手にすることが確定している。その一振り目。

 ――竜の鱗さえ薄紙のように裂き、大陸亀に踏まれても壊れない耐久性を持つ。非常に綺麗好きで、鞘まで含めて丁寧に手入れしないことには、居なくなってしまう、、、、、、、、、ので注意が必要。聖剣としての効力を発揮できるのは、【剣聖】ニコラス及び当人から直接剣を譲り受けた者のみ。

 ――希少度『S+』


「これは……」


「前世では、連戦の末に手入れを怠ったことで失われてしまった。お前も気をつけてくれ」


 異能ギフトは、前世の武器の力も呼び起こす。


 兄がくれたこの剣も、名剣ではあるが元々は聖剣ではなかった。

 【剣聖】に覚醒した兄が手にしたことで、『始まりの聖剣』へと変質、、したのだ。


 俺の真贋審美眼で見ても本物の聖剣と判断されるくらい、存在が書き換わっている。


「しかし、兄上が困るのではないですか」


 兄の前世を詳しく知らないので、彼が二番目の聖剣を手にしているのか、俺にはわからない。

 少なくとも、今は差していない。


「だな。では代わりに、お前の剣をくれないか」


 俺は自分の剣を見る。

 これもまた、普通の騎士が持っているものよりは余程上等な剣だ。


 しかし当然、聖剣とは比較にならない。

 俺は自分の腰に差した剣を鞘ごと外し、兄に手渡す。


「ありがとう」


 受け取った兄が言う。


「それは、こちらの台詞かと」


 【蒐集家】のクロウは、蒐集した品を交換に出すこともあった。

 その時に注意していたのが、『価値が釣り合うか』ということ。

 聖剣と名剣では、釣り合わない。


 気になるところではあるが、そもそもこれは取引ではない。

 兄からの餞別で、俺が剣を渡すのはおまけに過ぎない。

 【蒐集家】が訴えかける引っかかりをそう納得させる。


「……私はついぞ、お前が何かに怒っているところを見たことがなかったな」


「こういったところが、ダグ様を苛つかせてしまったのかもしれませんね」


 もしこれが次男のダグならば、追放処分に激怒していたことだろう。

 彼には俺が泰然としているように映っていたのかもしれないが、実際はものの考え方が違っていただけだ。


 貴族の暮らしに期待をしていなかったから、失望することも怒りを覚えることもなかったというだけ。


「あいつはお前と競いたかったんだよ。お前を認めていたから、勝ちたかったんだ」


「なるほど」


 そんな風に言われると、もう少しちゃんと対応していればよかったかな、とも思う。

 勝っても負けてもうるさそうだし、やっぱり避けていたかもしれない。

 どちらにしろ、もう無理な話だ。


「では、そろそろ行きます」


「……あぁ」


 彼が名残惜しそうな顔をするので、俺は思いついたことを言う。


「どこへ行っても、兄上の勇名ならば届きましょう。私はそれを便りと受け取ります」


 ニコラスが、ふっと溢れるように笑う。


「頑張るよ。だが、お前のことはどう知ればいい?」


 うぅん、と俺は少し悩んでから、言う。


「この世界の珍しいものを片端から蒐集している者の噂を聞いたら、それを私と思ってください」


 【剣聖】に覚醒した兄の活躍は、やがて国中に轟くだろう。

 その噂話がある限りは、兄も妹も元気で生きていると安心できる。


 俺の方は、きっと【蒐集家】としての異能ギフトを使って好き勝手生きるはず。

 この家の三男とは知られてはならないが、そこさえ守ればどんな噂の的になったって構わない。


 俺たちはもう二度と逢えないかもしれないが、永遠に互いの情報を得られないわけではないのだ。

 今生の別れかもしれないが、繋がりの断絶ではない。


「はははっ。お前なら確かに、とんでもないものを集めそうだ」


 明るく笑うニコラスの瞳は、潤んでいるようにも見えた。

 父の決定に逆らえぬ自分を恨んでいるのかもしれないが、俺はまったく気にしていない。


 彼にも気にせず生きていってほしいものだ。


 最後に兄と握手を交わし、俺たちは別れた。


 騎士の内、二人が俺とシュノンの護衛についてきて、一人は兄と共に森の中に入って行った。

 俺とニコラスの会話に何を思ったのか、シュノンがおんおんと泣いている。


 ――なんでお前が泣くんだ……。


 馬上からハンカチを差し出すと、「あでぃがどうごじゃいましゅ」と鼻声で言いながら受け取り、涙を拭っていた。


「油断するな。兄上と別れた以上、この森の通行は命がけだ」


 俺が言うと、シュノンが表情を引き締めた。鼻が赤くなっているので、いまいち締まらない。


「――ご安心ください。ニコラス様には到底及びませんが、我々も魔獣討伐の経験は積んでおります」


 騎士の一人、若い男が言う。二十代前半ほどに見えるが、この歳で兄と共に鋼鉄の森行きが許されるのなら、かなりの手練だろう。

 もう一人の壮年の男性騎士は無言だが、彼もかなりのやり手と思われる。


「そう言えば、ニコラス様は迷わず森の中に入って行かれましたが、怪狼の居場所はご存知なのですか? 間違ってこちらに来る、なんてことは……?」


 シュノンがやや怯えたように言う。


「怪狼の存在は、鋼鉄の森の生態系を乱した。我々が通る外縁部に現れる魔獣がいるならば、怪狼に勝てずに外側に追いやられた個体だろう」


 若い騎士が答える。メイドの質問にも応じるが、口調はきっちりと区別しているようだ。


 その時。


 狼の、吠える声が響いた。


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