第4話◇メイドと鋼鉄の森

 

 

 俺と兄、そして騎士は馬で移動しているが、シュノンは徒歩で追いかけてきた。

 シュノンを俺の後ろに乗せようとしたが、騎士たちに止められる。


 仮にも貴族様が、一介のメイドを後ろに乗せるのはよくない、という話だろう。

 無視することもできたが、シュノンが「問題ありません!」と言ったので、彼女は歩きに。


 だが実際、強がりでもなんでもなくシュノンならば問題ないのだろう。


 家に報告しなかった真贋審美眼の能力の一つに、人物鑑定がある。

 『もの』の価値を判定する力は、『者』――つまり人を鑑定することも出来るようなのだ。


 ――『シュノン』。

 ――オーガ種の血を引く者。

 ――血は薄まっており、容貌は人間種のそれ。本人にも自覚はなく、血の力は優れた体力と耐久力という形で発現。

――希少度『C+』


 と、頭の中にシュノンの情報が流れる。


 鬼、という部分に【蒐集家】が反応する。


 たとえば、お姫様の物語を読んだ子供がお姫様に憧れたり、騎士の物語を読んだ子供が騎士に憧れたりはよくある。

 それらになりきってごっこ遊びに興じるのも、理解できる話だ。


 大人になったらそんなことがなくなるのかというと、そうでもないと思う。

 物語の登場人物に影響される、ということは誰にでも起こり得るのだ。


 過去生継承の儀式は、その何十倍もの影響力がある。何百倍かもしれない。

 つまり、俺は【蒐集家】の能力だけでなく性質も受け継いでしまったのだ。


 簡単に言うと、珍しいものを見ると蒐集欲が刺激される。

 それでも欲求を抑え、シュノンを置いてくることにしたのだが――。


 ――確かにシュノンは昔から体力があったし力持ちだった。見た目は小柄な少女という感じで血も薄まっているというが、鬼種というのは今ではあまり見られない種族だったはず……。


 そこまで考えて、首を横に振る。

 彼女にかかる希少度は、薄まった鬼の血に対してのもの。


 希少度ではダグにもらった『竜の涙』の方が上になるが、言うまでもなく俺にとっての重要度はシュノンの方がよっぽど上だ。

 そもそも比較にならぬほど。


 俺は【蒐集家】に惹かれているが、クロウではなくロウという人格で生きている。

 希少度を絶対とすることはない。


「ロウさま? どうかなさいましたか?」


 こてん、と首を傾げて俺を見上げるシュノン。


「いや、なんでもない」


 俺は誤魔化したが、シュノンは思案顔になり、それから自分の胸を見下ろし、顔を赤くした。


「もう、そんなにジロジロ見てはダメですよ、ロウさま」


「お前は何か勘違いしてるな」


 確かにシュノンの大きな胸は人の視線をよく吸い寄せるが、俺は別に見ていない。

 少なくとも先程考えていたのは別のことだ。


「今は他の人の目もありますから。どうしてもというのなら、のちほど。ね?」


 のちほどならいいのか。

 いやいや、と再び首を横に振る。


「そうじゃない。疲れたらすぐに言え、と伝えたかっただけだ」


 そう伝えると、シュノンは目をぱちくりと開閉し、それから綻ぶように笑った。


「ありがとうございます」


 彼女は上機嫌になった。


「そんなに喜ぶようなことか?」


「いえ、帰るように言われるかと思ったので。ついて行くのをお許しいただけたようで、嬉しかったのです」


「追いかけてきた時点で諦めた」


「ふふふ、シュノンの勝利です」


 彼女は勝ち誇ったように両拳を握る。


 どんな想いでついて来たにしろ、シュノンは安定した暮らしよりも俺といることを選んだのだ。

 そこまでの決意を無下にするのは、躊躇われた。


 しばらく進み、鋼鉄の森が見えてきた。

 名の由来は、鋼のように固く容易に伐採できない樹木が多いからとも、魔獣の棲家になっていて通行には剣=金属=鋼鉄が必要になるからとも言われている。


 ニコラスを先頭に、森に踏み入る。

 いつの間にか騎士たちが後方に回っていた。


 ――逃げ道を塞いでいるように見えるんだけどな……。


 しかし、殺気のようなものは感じない。

 ある程度踏み込んだところで、兄が馬を止めた。


 俺もそうする。

 シュノンは警戒するような顔になった。


「ロウ」


 兄が俺の名を呼ぶ。


「はい」


 剣では彼に敵わない。

 だが今の家に引き取られてから三年の間、俺はずっと考えていた。


 いつか家を出る時のことを。

 自らの意思によるものか、追放されるような事態になってかは分からなくとも、準備は必要だと思った。


 そっと、腰に下げた袋に手を伸ばす。

 随行する騎士は三人。


 シュノンがいることで立ち回りは多少考えねばならないが、彼女の身体能力ならば大丈夫だろう。


「お前には詫びなければならない」


「一体何をでしょう」


「……父上は、お前に怪狼討伐の補佐は望んでおられない」


「では、何をお望みで?」


「聡明なお前なら思い至っただろうが、貴族的な考え方で言えば、お前の前世は不都合なのだ」


「英雄の家系に相応しくない異能ギフト、それも妾腹の子となれば、そうでしょうね。てっきり、このまま兄上に斬られるものと思っていましたが」


 ニコラスが悲しげな顔をした。

 シュノンは戦闘が始まると思ったのか、拳を構えている。


「弟を手に掛けるような悪魔になった覚えはないよ」


「助かります。兄上から逃げるのは難しそうだ」


 俺の冗談にくすりともせず、ニコラスは続ける。


「とはいえ、自分を聖人とも思わない」


「何を以って聖者とするのか、私には判断がつきませんが、兄上は間違いなく英雄ではありましょう」


「弟を守れない英雄か、情けないな」


「兄上には随分と助けられてきました」


 実際そうだ。

 貴族の生活なんて窮屈なだけかと思ったが、この兄と妹のおかげで随分と過ごしやすかった。


「この先も助け合えることを望んでいたが、そうもいかないようだ」


「えぇ。よければこの先の流れを伺っても?」


「対外的な発表は、お前の想像した通りのものだ。怪狼との戦いでお前は命を落とした」


 シュノンが『そうはさせません!』とばかりに鼻息を荒くする。


「実際は?」


「お前には、この地から離れてもらう必要がある」


 シュノンが『ん? どういうことです?』とばかりにぽかんとする。


「――――」


 拍子抜けだった。

 思わず呆気にとられてしまう。


「……それだけ、ですか?」


 俺の返答が予想外だったのか、兄は目を丸くした。


「それだけ、か。……お前のものの考え方は、貴族のそれとは違って新鮮に映ったものだが、このような状況でも発揮されるのだな」


 少し考えて、兄の言うことを理解する。


 生まれながらの貴族にとって、死を偽装しての追放処分は死刑宣告も同じ、なのかもしれない。

 特権を失い、己の誇りである特別な血を公にできなくなり、己の力だけで生きていけと野に放り出される。


 ――確かに、考えてみれば悲惨だな。


 かつて貧民窟で生きていた俺からすれば、『無い』のが当たり前。

 己の力で獲得しないことには何も得られず、守る力がなければ当たり前のように奪われる。

 それが常識。


 ある日いきなり貴族の三男になる、なんて事態の方が異例なのである。

 だから、棲家から出ていけと言われるくらい、大したことではないのだ。

 元々自分のものではなかったものを手放すだけのこと。


 三年の時間で得た知識や物、そしてこの異能ギフトの分、感謝したいくらいだ。



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