第4話 写真
ある日、ベランダにある砂場でごろりごろりと砂浴びをしていたら、柳都の声がした。
やけにあせっている。一体どうしたのかしら。
肉球についた砂を落とし、建物へこっそり近寄ってみたの。
柳都はお店で一人のお客さんと向き合っていた。
「お気持ちはありがたいのですが、私はまだ今のままで充分です」
柳都はズレた眼鏡を指でかけ直しつつ、ため息を一つついている。彼の眼の前にいるのは背の少し曲がった人の良さそうなお爺さん。何を話しているのかしら。両耳をくるりくるりと回して聞き耳を立ててみたわ。
「だからって、マスターもいつまでも独り身というわけにはいきませんでしょう」
「いいえ、私は今のままで充分ですから」
「あなた。強引は良くないですわ」
その後ろから静かだがどこか凛とした声が響いてきて、二人のやり取りを止めた。一人、優しそうなお婆さんが現れたの。きっとこのお爺さんの奥さんね。
「すみません。柳都さん。先日、あなたに私の願い事を叶えてもらったものだから、主人はそのお礼として嫁御の世話を焼きたいと申して聞きませんの」
「いくら若いと言っても、ずっと一人では寂しかろうと思ったものでしてね。だって、寂しいから猫を飼い始めたのではないですか?」
「!?」
お爺さんたら突然あたしのことを言ってくるものだから、驚いちゃった。からだ中にびりっと電気が走ったかと思ったわ。
その時、柳都は冷静にこう言ったの。
「彼女は私が拾った猫です。拾った以上は責任もって面倒をみるべきと思っているだけですよ。私は一人が好きなんです」
何か、いつもの柳都らしくない。
無理してるみたい。
「ほおら。私が言った通りでしょう。今の若い方は自由に生きているのですから、押し付けは良くないですわ。ささ、もう帰りましょう。柳都さんごめんなさいね。うちの人ったら急に押し付けちゃったりして」
「いえいえ。どうぞお構いなく。どうしてもパートナーが必要と感じた時は是非お願いします」
柳都はすでにいつもの営業スマイルに戻っていた。
「分かりましたわ。それではまた」
何かを言いたげだったお爺さんの手を強引に引いて、お婆さんはにこにこしながらお店を出て行った。その手には色紙のような物が握られていた。なんだろう。ひょっとして、人間の世界で聞く「お見合い写真」というやつかしら?
それにしても柳都、やっぱり何かいつもと違う。どうしたんだろう?
「なーごぉ」
柳都の足を前足で叩いてみた。
「今の話しはあなたには関係ない話しですから、気にしなくて良いですよ。ほら、もう少し砂浴びしていらっしゃい」
いつもなら抱っこしてくれるのに、ベランダに追いやられてしまった。つまんないな。あたしは後ろ足で耳の裏をかいた。
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