第10話 決闘

 上田彰は思った。

 マズイ…と。

 始まった瞬間に自分がとんでもない相手に喧嘩を吹っかけた事を理解したからだ。

 格闘技の世界では構えや表情を見ただけで実力差が分かることがある。これは野生の勘に近しいものだ。

 上田彰は彼、一条龍太のヘラヘラとした表情の奥にある強さそのものを感じ取った。


「どうした?」


 何笑ってやがる…そのにやけ面、ムカつくぜ…。

 何がムカつくってよぉ、笑ってる事じゃねえんだよ…。俺より絶対に強いはずなのに、油断も隙もないから余計にムカつくんだよ…!


「言われなくても行ってやるよ」


 俺の能力、電撃を操る能力は様々な応用が出来る。

 例えば、地中にある僅かな砂鉄に磁力を与えて自分を引っ張ると!


「おお、速いねぇ」


「よく言うぜ…てめぇ目で追いついてたクセによぉ?」


 様子見に奴の後ろに移動したけんど、やっぱり効かねえ。

 異常なまでの身体能力…それ故に倒すのは困難。

 なら…。


「雷の速度ってよ…時速72万kmって言われてるんだぜ…その速度で殴られたら、どうなるんだろうな?」


「さあね?でも、雷の速さ程度で俺を倒せるかな?」


「マジかよ…マッハ587だぞ?」


 単純計算だけど、実際口にしてみると自分でも恐ろしい速度だな。

 けど、こいつはハッタリを言っているようには思えねえ…それじゃあ、試してやる!


「行くぜ…」


 俺は全身に電撃を纏い、あいつへ全力で突っ込む事にした。

 俺の電撃の能力は自分自身にも適応可能、そして自分が電撃になる事も。

 普通の人間にこんなもん出したら、消し飛ぶくらいで済む訳がねぇ、だけどあいつなら…。


「行くぞオラァ!」


 俺は力のなすがまま、あいつへ突っ込んだ。

 しかし、俺が突っ込んだ時にはあいつはもういなかった。


「なッ!」


 俺が振り返った時にはもう遅い、あいつは俺の後ろに立っていた。

 そして拳を真っ直ぐ俺へ向けて…。


「くッ!」


 俺が死を覚悟した次の瞬間、俺の後ろはまるで嵐にでも蹴散らされたかの様な有様になっていた。

 何をされた?何をした?いや、俺は見ていたのに理解が追いつかねぇ。


 でこの状況を作り出したのは他でもない、俺の目の前にいる奴だ…。


「どうだい?この世で1番速い技を喰らった気分は?」


 そう、奴が放ったのはたったの一撃。しかもポケットから手を抜いて1度拳を肩の上まで上げてからの…ジャブ…。

 こんな余分な動作をして、明らかに手加減をして、これだ。

 俺は…何を目の当たりにしている?人間か?こいつ?


「最悪の気分だ…もう二度と、くらいたかねぇよ…」


「ふっ、そうかい」


 スタートして会話時間まで含めて僅か14秒、決着が着いた。


「お前、マジのバケモンだな…」


「んー、まあそうなるかな…」


 俺はその場にヘタレ混んで立てなかった。

 人生で死を覚悟したのは初めてだった。


「それじゃあ俺と対決する覚悟を決めたお前に俺の秘密を教えてやろう」


 座ってる俺に何か偉そうに言ってきやがるコイツに俺は反抗すら出来ない。それ程の実力を俺は見た。


「えー!私も聞きたい!」


「んー、まあいっか」


 浅田?がてこてことこっちへ向かってくる。

 あいつマジで緊張感から程遠い女だわ…つか秘密ってなんだよ?


「とりあえずもうちょい近う寄れ」


 浅田と俺が一条に耳だけを近づけてコソコソと話した。

 その内容は…まあ、察してくれ。


「はぁ!?それじゃあお前の身体能力って…」


「うん、自力だよ?こうでもしないとただのサンドバッグでしょ?」


「確かに…でも一条君それってある意味最強じゃない?」


「でも俺には一個弱点があるんだ」


「あ?弱点?そんなもんどこにあんだよ?」


 能力が消せる体質、そんなもんに能力者や魔術師である俺たちに勝てる手立てなんてあるはずが無え。


「能力とかそう言うのは効かないけど、能力によって引き起こされた現象を無くす事はできないんだよ」


「つまりどう言う事だ?」


「簡単に言うと、ビリ男が能力で近づいて来たとするだろ?」


 コイツ俺の事をいつまでビリ男って呼ぶつもりなのだろうか?

 ちょっと恥ずいからなるべく早めに辞めろ?


「その時にビリ男に俺が触れたとすると、ビリ男の能力が俺に触れている間は継続して使えなくなるだけで、速度自体は無くならない。つまりお前があの速度で俺にぶつかって来たら…」


「だからさっき上田君の攻撃を避けたんだね!」


 なるほど、俺に触れてしまったら能力の使えないただ人間が雷の速度で相手の腕に突っ込んで身体が消し飛んで終わりだ。


「別に気を使った訳じゃないけどさすがに目の前で人が消し飛ぶのは…グロいでしょ?」


 俺は一条に命を知らず知らずの間に救われてたってか…笑える話だな。

 俺は一度深呼吸をして立ち上がっると、しゃがんでいた浅田と一条は俺を見上げる形になった。


「つまりあれだろ?小石を能力使って投げたら、小石がお前に触れている間は能力が使えねえけど、その小石が飛んでる速さは変わらねえって事だよな?」


「つまりそう言うこと、だから個人的にキツイのは相手がマッハを超えてる速度で動かれる事。俺も痛いし…目の前で爆散されるのはちょっと…」


「精神的にあれだよね…」


 こいつは多分、本気で人を殴る事は無い…少なくともこの学校ではあいつの拳に耐えうる耐久性を持った奴はいない。

 つまりこいつがこの学校最強って訳か…。


「でもお前俺の速度を目で追ってたろ?」


「あー、あれはお前が普通に雷の速度じゃねえからだよ」


「え?マジ?」


「マジ、冷静に分析するならマッハ1.5ってとこだな…」


 マジか…俺そんなもんだったのかよ…でも確かに考えてみればまだ能力の引き出し少ねえもんなぁ。

 あれ?会話での雷の速度とか言ってた俺超恥ずかしいんだけど?え?死ぬ?


「はぁ、っか俺達に話してもいいのかよ…それ」


「国家機密だけど大丈夫だよ?」


「「国家機密!?」」


 こいつサラッととんでもねえ情報晒しやがった…。

 何俺達に責任背負わせてんだよ!


「ほら、体育でペア組んでくださいとか言われたら…ね?」


「あー、それは大変だね…」


「ちなみに俺ら以外に知ってる奴はいるのかよ?」


「えー?何嫉妬?メンヘラはモテねえぞ?」


「違えよバカが!」


 こいつホントムカつくけど…やり返せないのが事実なんだよなぁ。


「あんたら以外に知ってるのが国の連中、教頭、それから俺の親と幼なじみ2人」


「ちなみに幼なじみ2人ってのはまさか…お前が朝一緒に投稿してた…」


「そう、その内の1人が南琴美」


「「はぁー!?」」


「なんだ?あんたらさっきから…仲良しか?」


 なんだこいつ、ツッコミが追いつかねぇぞ?

 南琴美ってあの第2位の…不死鳥使いの南琴美?


「はぁ、ちなみにもう1人は?」


「もう1人は…神谷虎太郎」


「「神谷虎太郎ぉお!?」」


 神谷虎太郎ってあれだよな?世界でもランキング1位の神谷虎太郎だよな?

 こいつ、マジで何者なんだ?


「今虎太郎が何してるか分からんが、久々に会いてぇな…ってか俺帰るわ、琴美ちゃんに飯作らねえと」


 俺と浅田はその場で呆然としながら猫のケースを抱えて帰るあいつの背中を見るだけだった。

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