一章 ことの顛末(2)

(2)


 その後もたらたらと歩き続け、やっとのことで俺たちは鮮やかな朱色の門をくぐり境内へ入った。中はさらに混んでおり、左右に道が分かれているため人が多く流れていく右の道を俺たちは選び進んだ。露店を冷かし、甘酒を飲むなどしながら少しずつ列は進み、ひらけた場所に出たところで俺たちは一息ついた。


 「宮田さんが働いてるんはどの売り場なんやろな」

 「え?和ちゃんはまずお参りしなあかんでしょ。僕もついでに初詣するわ。」

 「それもそうやな……ちなみに、理久はどの拝殿が正式な八坂神社のやつか知ってたりせん?」

 「全然知らんわ。僕はじめて八坂さん来たし」

 「奇遇だな。俺もだ」


 こうして京都に生まれ16年生きてきた京都人二人は生まれて初めて八坂神社の境内をうろつくことになった。人の流れは三々五々好き勝手に向かっており、どこへ行けばいいのか見当がつかない。とりあえず広場の真ん中に独立して建つ大きな拝殿の賽銭箱へ人の隙間から手を出し五円玉を投げ入れ、二人して神妙な顔をして脇に避けた。


 「和ちゃん調べてるんやと思ってたわ」

 「さすがにこんなに混んでるとは思わんかった。とりあえず初詣はできたんちゃう。知らんけど」


 この「知らんけど」というワードは使い勝手がよい。


 「おみくじでもひいとくか。

  なんか、箱から引いた棒の数字をお店の子に申告する感じっぽいな。もし百合ちゃんがおみくじ渡してくれたらそれだけで今年いっぱいは大吉よな」


 理久の発想は終始ハッピー野郎全開であったが、わが校の生徒は皆彼の意見に同意しかねない。人は勉強をしすぎると一周まわって馬鹿になるのだ。


 「宮田さん、どの売り場にいはるんや。売り場が結構多いぞ」

 「美の神さま、がいてはる小さい神社が境内の向こうの方にあるらしい。百合子ちゃんが働くなら絶対そこやで。霊験あらたかですよって説得力がけた違いに上がるやん」


 どんな根拠だ、と俺は内心思ったが、あたかも自身の目的は果たしたので暇つぶしについていっていますよといった体で黙って理久についていった。


 その例の美御前社(うつくしごぜんしゃ)に近づくと美の神目当ての女性陣が造るたいそうな行列を確認できた。髪の長い女性はお正月休暇をもらっている舞妓さんだろうか。派手な美人から清楚な女性まで列をなす人の姿は千差万別だが、皆眼光鋭く己の番を待っている点は共通していた。


 「この列の先にいはるんかな」

 「これは参拝の列やから関係ないでしょ。百合子ちゃん、元から美人やし神様にあやかる必要ないもーん。この近くの売店とかやない?」

 「おい、やばいぞ理久」

 「んえ?」


 なにが?と頭をかしげる理久へ、先ほどの彼の発言が聞こえる範囲にいた女性陣は彼の後頭部へ射抜かんばかりのきつい視線を向けていた。俺だって彼女たちの立場だったら理久をはたきまくっている。彼の肩越しに女の恨みをしかと確認した俺は、場を刺激しない程度にそろそろと歩き始めた。


 「俺は、初詣できたしもう満足したわ。必勝のお守りでも買って帰る」

 「え。せっかくやしさ、百合子ちゃんのおる店で買うて帰ろ。おみくじもひこうや」


俺の両肩に手を置いて、な?と理久が俺の顔を覗いて言う。目が好奇心からキラキラ輝いている。新年早々元気なやつだ。


「兄さんがこの上の社務所にいるはずなんよ。スマホ切ってると思うし、直接百合子ちゃんの場所聞いてくるわ」


 そういって理久は走っていった。彼が離れていったことで周りの女性陣の視線も俺から外れ前を向いたりスマホを見たりし始める。俺は一つため息をついた。


 頑なに俺と一緒に百合子ちゃんに会いに行こうとしている様子から、理久は俺の本当の目的を知っているのかもしれないなと思い至った。俺は自身の嘘を恥じた。


 剣道の試合の願掛けのため今日ここに訪れたのは嘘ではない。しかし、彼女と会って、会話を交わし、なんとか「がんばって」と一言もらえたらいいのに、そう願う下心があることは否定できない。

 俺は、この冬に入ってから長期間にわたりプレーにおいてスランプに陥っていた。きっかけはわかっている。ほんの少しの膝の不調だ。しかしながら、怪我が回復して長くたつのに、どんなに練習をしても技の精度が戻らないことは自分が一番わかっていた。

もはや、彼女からの神がかった激励しか縋れるものがないのである。


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