第11話 惨状

「正直、貴公には同情している」


 その騎士の声には形だけでなく、実際に気の毒そうな響きが含まれていた。


 揺れる馬車の荷台、そこに腰掛けて、ガタゴトと身体を揺られながら。

 海斗は声をかけてきた青年騎士へ視線を向けた。


 騎士は困った風に首を横へ振りながら、


「レムリア様はあの通りのお方だ。国の将来の一翼を担う第2王女としては、おてんばが過ぎる――その言い方で正しいのかも分からないが。まあとにかく、巻き込まれれば誰であれ大変なことになる、嵐のような人なのだ」

「それは身をもって知ってるよ。まさかこの歳で借金を背負い込む羽目になるなんて、元の世界じゃ考えてもみなかった」


 視線をまたうつむかせ、座るつま先のあたりを見つめながら、海斗はため息をついた。

 いつぞや、王都へ護送された時と似たような状況だ――ご丁寧に、見張りについている騎士も同じ、マンフレート副騎士長だし――まあ、変わったこともいくつかはある。


 ありがたいことにもう手枷はされていない。

 装備一式、パイロットスーツや、エックスを喚び出すのにも使う愛用のナイフも返却されている。

 着心地が悪いので今は支給された布の服を着ているが。

 現場に到着してからそこで着替えるつもりだった。


 現場というのはつまり、エックスが戦う予定のある場所である。

 王都近郊で暴れているらしい魔物の群れ――その討伐と撃退が、目下、海斗に与えられている『仕事』だった。


 その指示が下ったのは、言ってしまえばついさっき、今朝方の出来事だ。

 いきなり部屋を訪れたレムリアに、前置きもそこそこに言われたのだ。


『改めてエックスの実戦データが欲しいから、ちょっと聖極騎士団の討伐任務についていってくれ。話は通してあるから』


 その傍らには、なにやら疲れ切ったような顔つきのマンフレート副騎士長がたたずんでいて、海斗は彼に連れられるまま馬車に乗り込んだ。

 彼のげっそりした顔を見れば、いちいち抗議して困らせる気にもなれなかったのだ。

 レムリアが騎士団に無茶な要求を突きつけたのだろうと、それくらいは海斗もすぐに察しがついた。


 そうして馬車の隊列は王都を発ち、今現在、目的地に向けて街道を進んでいる。

 あのニアリングという町とはまた別方向で、南のほうへ向かっているらしい。


 方位と方角の言語概念が一致するということは、この世界の大地にも磁極があり、惑星は球状の形をしているのだろうか?

 海斗はちらとそんなことを考えたが、考え込むより先に、マンフレートがまた口を開いた。


「借金、か。しかし貴公、本当に返済し切れるつもりでいるのか? 確か突きつけられた額は――」

「あーあー、やめてくれ桁や数字まで聞きたくない。でも、だからって他にやりようもないだろ? 右も左も分からない異世界で、衣食住を保証してくれるだけでもありがたいんだし」

「それは……まあ、そうなのかもしれんが」


 マンフレートはしばし、言いにくそうに言葉に迷ったようだが。

 揺れる馬車の中、轍の音と沈黙だけが残るのを気まずく思ったのだろう、嘆息して続けた。


「やりようが、ないわけはないだろう。仮にだが、貴公の乗ってきたゴーレム、あれを我々の国に引き渡すというなら」

「馬鹿なこと言うなよ。エックスは俺しか乗りこなせない。危なっかしくて他人ひとの手になんか預けられないし、なにより、あいつを売り飛ばすような薄情なことをするわけないだろ」

「しかし、なにも借金などという建前を、馬鹿正直に――」

「なんだよ。俺だって、文句がないわけじゃないんだぞ」


 言いかけるマンフレートを制して、海斗は口を尖らせた。

 馬車の荷台に立てかけられた巨大な武器、不可思議な機械仕掛けで造り込まれた、マンフレートの装備の剣を指差す。


「今回の仕事は、魔物の群れの退治なんだろ? だったら俺にもああいう武器をくれよ。丸腰で、あの、なんとかウルフ? みたいなやつに襲われたらひとたまりもないぞ」

「エックスとやらを喚べばいいだろう。それ以外の役目など期待していない。というか、本当はそれすらしてほしくないぐらいなのだが」

「馬鹿言うな、エックスを一回動かすだけでどれだけカネがかかると思ってるんだ!? そうホイホイと召喚権限サモン・コールが使えるか!」

「私に言われても。知らんとしか言えんが」


 マンフレートは呆れたようにかぶりを振る。

 そして、やや不機嫌そうに顔をしかめて言ってきた。


「貴公こそ、安く見るな。機構剣ミスリル・ナガンは聖極騎士団の誇りであり、ひとりひとりに特別に打ち上げられた専用装備だ。一朝一夕に用立てられるものではないし、貸し与えるなど論外で、ましてや、使いこなせるわけがない」

「なんだよ。やってみなけりゃ分からないだろ、そんなの」

「ふん。自分のゴーレムは特別だと言う割に、人の言うことには噛み付くのか? それに聞いたぞ、貴公には魔法の才がない、とな」

「それがなんの関係があるんだよ」

「あるに決まっているだろう。機構剣の仕組み、その動力の核となるのは、他ならぬ魔力なのだから」


 売り言葉に買い言葉で言い返し合っていると、マンフレートがそんなことを言い出した。

 が、頭の中でそのイメージがうまく結びつかなくて、海斗は首を傾げた。


「魔力……魔法? あの、メカメカした武器がか? 全然別物に見えるけど」

「見た目にはそうかもしれんな。だが、冷静に考えてみろ。こんな重さと大きさを持った代物を、熟練の騎士とはいえ生身の人間が振り回せるわけがないだろう」

「それは、まあ……確かにそうか」


 騎士団の面々が、あの引き裂き獣の群れを撃退した場面を思い出す。

 身の丈ほどもある刀身と分厚い刃、なんというかいわゆる『鉄塊』めいた巨大な機構武器を、しかし騎士たちは軽々と自在に操っていた。

 てっきりこちらの世界の人間が、見た目以上に頑健で力持ちなのかと思っていたが。


 マンフレートが続けた。


「説明する意味もなかろうが、討伐に同行する以上、同士には違いない。知っておいてもらえば出しゃばった真似もしないだろう。まず、我々の機構剣は、魔力に反応する特殊な触媒物質――真銀魔導合金ミスリルで出来ている」

「ミスリル……」


 ゲームなどで聞き覚えがあるような名前だ。

 詳しくはないが、魔法で作られた軽くて丈夫な金属とかだったと思う。

 あるいは、バベルの塔だか言語の門だかの補正で、勝手に近い概念に翻訳されているのかもしれないが。


 マンフレートは立ち上がると、傍らの自身の剣に手をかけた。

 わずかに鞘から抜いて刃を見せながら、続ける。


「一応、部外秘なのだが――ミスリルは魔物由来の物質だ。その死骸から産出する鉱石を加工し、精錬し、精製することで造られる。軽くしなやかで、強靭で鋭くもなり、そして、魔力の生成力と伝達効率が極めて高い。増幅した魔力をさらに刃にまとわせることによって、我らの剣は魔物の堅牢な皮膚をも貫くのだ」

「なるほどな。要は“魔法剣”ってわけか」

「その理解で構わん。厳密には、剣と魔法を同時に操る高等技法である魔法剣を、より多くの者が扱えるよう開発されたのが機構剣だ。もっとも、長らくは理論だけが存在し、研究が続けられてきて――実用化されたのはほんの10年ほど前のことだがな」

「10年か……」


 なるほどな、と海斗は内心でうなずいた。

 まだ歴史の浅い武器だけに、その配備は騎士団内部にとどまっているのだろう。

 魔物から素材を得るという工程の手間からしても、大量生産に向いた代物だとは考えにくい。

 扱える者が限られるのも当然だろう。


 そういえば、と思い出して、海斗は訊ねた。


「魔物の身体が素材になるなら、俺が倒したドラゴンとゴーレムは? あのサイズならかなりの量が採れるんじゃ」

「……あんな粉々になるまで打ち砕いておいて、使い物になると思うのか?」

「おーっと今日はいい天気だなぁ!?」


 非難混じりに睨んでくるマンフレートに、海斗はさっと視線を逸らした。

 が、副騎士長はすぐにふっと軽く息をつく。


「冗談だ。まあ、多少なり残った分は既に回収して、今頃はレムリア様が手ずから解析を行っているだろう。なにせモノは魔炎竜と、出現例のほとんどないゴーレムだからな」

「え? なんでそこであいつの名前が出てくるんだ?」

「当然だろう。10年前、魔導銀の精錬方法を確立させたのは、レムリア姫なのだから」

「ええっ!?」


 かなり本気で驚いて、海斗は声を跳ね上げた。

 マンフレートはうるさそうに顔をしかめながら、


「気持ちは分かるが、あまり騒ぐな。隊の規律と体面がある」

「わ、悪い。あんまりにも無茶苦茶なことを言うもんだから……だって、あんた、10年前って……レムリアはその時、何歳だよ? 小学生が作れるような簡単な代物じゃないんだろ?」

「あの方は特別なのだ。それに、アトラ様もな。試験開発された機構剣は、当初はそれでも扱いが困難で、まともに握って立っていられる者すらほぼ皆無だった――だが、それを初めて使いこなしたのが、やはりまだ幼かったアトラ様なのだよ」

「え、ええー……」


 今度はかなり控えめにだが、それでも大いに驚いて、海斗は天を仰いだ。

 馬車の天井をだが。


 疑わしくマンフレートの顔に視線を戻す。

 しかし、副騎士長の青年は真顔のままだった。


「念を押すが、これも部外秘だ。だが、しかし、分かるか? 貴公は軽々しく接しているが、あのお二方は我々騎士団や、そして王国にとってかけがえのない宝だ。英雄と言ってもいい。血筋やその立ち振る舞い以上に、その傑出した才ゆえにな」

「…………」


 急にスケールが大きくなってきた。

 海斗は何度も目を瞬いていたが、マンフレートはそこで話を打ち切った。


 視線を隊列の前方に向けると、ひとつうなずいて告げる。


「そろそろ目的地だ。準備しろ。あの妙ちきりんなバッテン印のスーツに着替えるなら、それもな」




「これは……」


 見回して、海斗はつぶやいた。

 一言で言うなら、惨状だ。


 魔物の襲撃というのがどんなものなのか、正直なところピンときていなかったのだが――

 村はあちこちボロボロで、家屋はほとんど崩れ、田畑は荒らされて無事な作物はひとつもない。

 多量の血痕が地面に刻まれている。

 そして、その血を流す傷ついた人々の姿も。


「……ひどいな」


 そううめくしかなく、歯を噛んでうつむく。


 立ち尽くしていると、マンフレートが声を張り上げるのが聞こえてきた。


「救護班は村人の保護に当たれ! それと、第十二分隊は索敵だ。おそらく襲撃から間もない。見つけ出して始末をつけるぞ――村の者よ! 誰か、無事に話ができる者はいないか!」


 呼びかけに、少し離れたところにいた女が立ち上がった。

 女といっても若い。まだ少女のような歳だろう。


 憔悴して、足元もふらつき、煤や泥で全身汚れているが目立った傷はない。

 ひどく怯えた様子で、震える足取りでこちらへやってきた。


「騎士様……村が。私たちの村、は」

「――教えてくれ。この村になにが起きた? 魔物の襲撃か?」


 マンフレートは気遣いではなく、事務的にそう訊ねた。

 なにを言っても慰めにはならなかっただろうが。


 質問に、少女はこくりとうなずいた。

 村の向こう、見たところ被害が大きいほうへ指を向けて、つぶやくように言う。


「魔物は、あっちの、西のほうから……去っていったのも、同じで。私、私のっ、兄さんが。私を庇って血が……!」

「落ち着いてくれ。誰か、この子に温かいものを。あの方角――おそらく南西寄り、森の中か」


 口早に告げて、指示し、確認する。

 その声が響き終わらない内に、マンフレートは近くの柵に歩み寄った。

 そこに刻まれた破壊痕に触れて、うめく。


「この爪痕……報告通り、引き裂き獣ティエアーウルフのものだろうな。だが、こんなサイズは――」

「まずいのか?」

「問題ない。と、言いたいが……貴公の出番があるかもしれんな」


 つまり、エックスの出番が、だろう。


 マンフレートはきびすを返して馬車に向かった。

 と、途中で振り向いて、海斗を呼ぶ。


「なにをしている。貴公も来い」

「……この村はどうなるんだ? このまま放っておくわけには」

「無論、再襲撃に備えて護衛は残す。本隊は逃げた魔物を追跡する。こういった事態に備えて我々は隊で行動している」


 それでも――と、海斗は言いかけたが。


「ここに残ったところで、貴公にできることはなにもないぞ」

「……そうだな」


 その言葉を認めるしかなく、海斗は早足でマンフレートの背を追った。

 最後に、ちらと破壊された村と――そして、その場で泣き崩れて肩を震わせる少女の姿を、肩越しに見やって。

 ただ無言で、力を込めて拳を握った。


 歩きながらも、マンフレート副騎士長は他の騎士たちからの報告を聞き、そして矢継ぎ早に迷いなく指示を下していった。

 彼とともに海斗も馬車に乗り込み、その振動と音に身体を置く。

 急発進したため、先ほどまでの行軍より音も振動も大きい。


 そんな中で、声も大きくして海斗は訊ねた。


「――引き上げていく魔物を追いかけて、追いつけるのか!?」

「方角が確かならな。獣将ジハード配下の魔物は、その名の通り獣の軍勢だ。元になった動物の習性はほぼそのまま残っている――つまり、群れをなし、拠点を作り、帰っていく先は魔物の巣だ」


 その巣の位置にもあたりがついているということか。

 もちろん、魔物の数が多いなら拠点の規模も大きくなり、それだけ見つけやすくはなるだろう。

 ただし、村で隊を分けた騎士団に、それが手に負えるかは分からないが――


 先頭を走っている馬車のほうから、大きな笛の音が響いた。

 海斗も荷台の隙間からそちらを見ると、荒れ地を駆けていく四つ足の影が小さく見えた。

 まだ距離があるが、シルエットに見覚えがある。

 引き裂き獣ティエアーウルフだ。


「――尻尾を掴んだか。速度を上げてくれ。逃げる背を追撃する!」


 御者台に座る騎士にそう告げると、マンフレート自身も前へ身を乗り出した。

 抜刀した機構剣を手に、荷台から馬車の前面へと危なげなく飛び移って、声を張り上げる。


「群れがまた集まる前に数を減らすぞ! ファイアブラスト、撃てぇい!」


 号令に応えるように、周囲に熱気が巻き起こる――錯覚だろうが。

 だが実際、巨大な魔法の火球がいくつも宙を滑り、引き裂き獣の姿を呑み込むのは見えていた。


 猛然と上がる火柱の中で、濁った断末魔の悲鳴を上げてのたうつ魔物たちの輪を突き抜けるように、馬車は駆け抜けていく。

 ほとんど機動戦のような勢いだ。

 魔物たちは自分を襲ったのが何者なのかも分からなかったかもしれない。


 だが、先を行く群れは間もなく異変を察したのだろう。

 散り散りに走っていた引き裂き獣たちの後ろ姿が、次第に速度と軌道を変えていくつかの集団を作っていく。


 かと思った瞬間、それらは一斉に向きを変え、魔物の群れが馬車の隊列へと襲い掛かってきた。

 相対速度で向かい合えば、ほぼ一瞬でお互いに接敵するのは明白だった。

 猶予はほとんどない――


「馬車隊、停止――近接戦闘! 前衛部隊は前に出て、馬車を守れ!」


 マンフレートの号令はもとより、騎士団全体の動きにも躊躇はなかった。

 急停止した馬車から鎧甲冑の騎士たちが飛び出し、迫る魔物の牙と爪を各々の掲げる武器で受け止める。

 先ほどの奇襲が功を奏したらしく、頭数を減らした魔物より騎士たちの数のほうが多い、余裕を残してその反撃に対処できている。


「うおおおおっ!」


 マンフレートもまた戦列に加わっていた。

 鋭く風を切って振るわれた機構剣が、引き裂き獣の一頭のくびを両断し、さらに副騎士長が力強い雄叫びを上げる。

 鬨の声に鼓舞された味方がさらに勢いを増して、次々と魔物たちに反撃の一太刀を浴びせていった。


 強い。

 これが騎士、これが聖極騎士団か。

 海斗は馬車に残されたまま、戦いの趨勢が決まるのを見届けようとして――


「――ギャオオオォォーーーーン!」


 瞬間、あたりに巨大な遠吠えが響き渡って、その場の全員が動きを止めた。

 騎士たちも、魔物の群れも、あるいは、ひょっとしたら空気や風の流れさえも。

 それが一瞬の錯覚だったとしても、この戦場をさらなる混乱へ陥れる契機になったのは間違いなかった。


 魔物が、引き裂き獣たちが目に見えてうろたえ出す。

 勢いをなくして後退するやつや、でたらめな方向へ吠え始めるやつ、泡を食ったように遁走を始めるやつまでいた。


 隙だらけだったはずだが、騎士たちもそれに追い打ちをかけられない。

 かといって、魔物たちのように恐慌に陥ったのでもないようだ。

 表情を引き締めて、前方にある森のほうを睨んでいる――

 あの遠吠えが聞こえてきた、まさにその方向に。


「――総員、機構剣の出力制限を外せ。備えろ」


 マンフレートが鋭く指示を下すと、その緊張はより一層高まった。

 騎士たちは再集合し、隊列を組み直すと、なにかを待ち受けるように武器を掲げる……


「群れを率いるボス――大型個体ギガントバックス。来るぞ!」


 マンフレートが鋭く叫んだ、その時。

 前方の森が大きく裂けた・・・


 間違いなくそう見えた――馬車からは降りて、地に足をついて食い入るようにその光景を見ていた海斗の目には。

 ざんっ、と大きく木立を揺らし、なにかが、巨大ななにかがそこから宙を飛ぶ。

 破滅的な気配を漂わせる巨影が――


 ――ぐちゃっ、と重く湿った生々しい音を立てて、身構える騎士団の前に落下した。

 風になびくようにだらりと身体の先端部を垂らして、光のないまなこで虚空を見据えながら。


「……え?」


 誰かがつぶやくのが聞こえた。

 呆けたようなその声は、しかしこの場の全員の総意だったろう。


 視線の先、少し離れたところで地面に激突したのは、確かに引き裂き獣だった。

 ただし、その大きさは桁違いだが。

 体長にして10メートルを超えていそうだが、首まで大きく開いた大顎、醜い乱杭歯らんぐいばと、骨のような尾は間違いなくあの魔物たちの特徴と一致している。


 それが頸を大きく食い破られて・・・・・・・・・・・死んでいた。


「こ、これはいったい……!」


 戸惑いの声をこぼす騎士たち。

 そして、あのマンフレートですらが言葉を詰まらせていた。

 後ろ姿で、海斗から彼の表情は分からないが……


 いや。


「…………!」


 マンフレートが見据える先を悟って、海斗も同じく、前に広がる森のほうへ鋭い視線を投げた。

 そうだ。これを、目の前の巨大な引き裂き獣ティエアーウルフ引き裂き・・・・返して、こちらへ投げ寄越した何者かが、まだそこにはいるはずだった。


 果たして、その視線の先から。

 ズズン……ッ、と重い音が響いてくる。

 それは足音のようだった。

 そして、木々を押しのけ轢き潰して、踏み砕くような無慈悲な破砕音。


 森の影を断ち割り、その鬱蒼とした闇から溶け出すように姿を表したのは、赤黒い体躯を持つ巨大な獣だった。

 犬のような姿だが、肩口からそれぞれ三つの首と頭を生やした、異形の魔獣だ。


 騎士たちの目の前で死んでいる巨大引き裂き獣より、さらに一回り以上は大きい……並べて立たせれば、小型犬プードル大型犬レトリバーほどのサイズ差にもなっただろう。

 デタラメとしか言いようがない、まさに怪物だった。


「ゴゥワァァアアア――――ッ!」


 三つ首の魔犬が、そのそれぞれの頭が、背筋の凍るような咆哮を轟かせた。

 凶猛な6つの目で、ギラギラと燃える業火の眼差しで、こちらを睨みつけるようにしながら。


 マンフレートが声を引きつらせながら、叫んだ。


三つ首魔獣ケルベロス……!? 馬鹿なっ、なぜよりによってこんなところに! 今の我々の装備では、あんなやつを相手には――」

「だったら下がってろ」


 マンフレートの肩を軽く押しながら、海斗はその前へと進み出た。

 ケルベロスとやらの前に立ちふさがるように、その猛火のごとき視線の先へ割って入る。


 青年騎士は、後ろで絶句したらしい。

 息を呑む気配が伝わってくる。

 が、すぐにはっとしたように言ってきた。


「し、しかし! いかに貴公とエックスでも、あんなものを相手に必ず勝てる保証は」

「後ろにはあの村があるだろ!」


 叫んで、愛用のナイフを抜き放つ。

 それを空に向けて掲げながら、海斗は続けた。


「傷ついて、ボロボロの村と人たちが。それを守るのがあんたたち、騎士団の仕事だろう。給料泥棒になりたくなきゃすぐに取って返して村人を避難させてくれ。ここは俺に任せろ」

「くっ……」


 マンフレートは束の間だけ、葛藤したようだ。

 ここで戦うのと村を守るのと、どちらを優先すべきか――そして、ろくに事情を知らない異邦人が、本当に信じられるのかどうかを。

 しかし、決断はすぐだった。


「――分かった。死ぬなよ、貴公。借金を一文も返さぬまま討ち死になど、笑い話にもならんからな」

「いい加減名前を覚えろよ。俺はくろがね海斗かいとだ!」


 叫んで、召喚権限サモン・コールを行使した。

 ナイフの刃が斜陽を反射して煌めき、その輝きを一瞬で巨大化させる。


 ズシンッ! と重く巨大な鋼鉄はがねの音を響かせて、喚び出された愛機エックスが荒れ地の地面を踏みしだく。

 海斗がそちらに駆け寄ると、騎士たちは村へ戻るために馬車へと乗り込んでいった。


 すれ違いざまに、騎士のひとりから声をかけられた。


「武運を。どうかご無事で。黒鉄くろがねの勇者殿!」


 返事を返す間もなく、海斗は飛行操縦席フライヤーに飛び乗り、エックスの頭部にドッキングさせた。

 遮蔽シールドが降りる――一瞬の暗闇の直後、コックピットモニターが起動して、外部カメラからの映像と情報が各種計器とコンソールに表示される。


 エックスの足元から、騎士団の馬車が駆け去っていく――振り返らずに、あの村へと戻っていく。

 それでいい。自分たちではろくに連携など取れないのだから、ひとりのほうが思う存分暴れられる。

 かえってやりやすいくらいだ。


 と、海斗が考えていると。


『正確には、ひとりと一人格です。私をお忘れですか、海斗?』

「細かいやつだな……どうでもいいだろ、そんなこと。あと、当たり前みたいに考えを読むな」

『状況把握は詳細に、簡潔に。大事なことです』


「ギギュイギュアアァァァ――ッ!」


 AIとくだらない言い合いをしている間に、あの三つ首の魔獣も――ケルベロスもしびれを切らしたらしい。

 それぞれの首をばらばらにのたうたせながら、濁った咆哮をほとばしらせて、こちらへ向けて突進してくる。


 それをコックピットから見据え、エックスを身構えさせながら、海斗は歯を向くようにして笑った。


「どこまでこういう展開を予想してたか知らねえけどよ……とにかく、未知の機体の修理のお手前、きっちり見せてもらうぜ麒麟児レムリアさんよ! 最初から全力だ、ぶちかますぞクオっ!」

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 巨人と魔犬が向かい合い、その激突の予感に震えるように、鋼鉄と猛悪の轟哮が大気を激しく震わせた。

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