第12話 VSケルベロス

 目標確認アクワイア

 武装決定セレクトアームズ

 熱力充填チャージアップ用意レディ


「クロス、カッタァァァッ――」


 エックスの両腕を突き出し、魔獣ケルベロスの巨体に狙いを定める。

 握り込んだ武装桿をさらに押し倒しながら、海斗は叫んだ。


「パァァァァァンチッ!」


 轟音を上げて回転する十字の四枚刃とともに、エックスの両腕部が撃ち出され、強装推進剤の白煙をたなびかせながら大気の壁をブチ抜いた。


 宣言通り、初手から全力の全開だ。

 最大速度3000km/h、マッハ2.5にも達する巨大質量の二連拳撃。

 刹那を切り裂き、瞬きする間もなく標的を捉え、打ち砕くはずの必殺の剛拳は――


 しかし瞬前、マトを外して空を切った。


「なにっ!?」


 驚愕の声が喉から漏れる。

 だが、海斗が目の前の事態を正確に把握するより先に。


『海斗、右です!』

「――――!」


 クオの警告。

 咄嗟にそれに従い、機体の腕を上げてガードの体勢を取るが。


「ぐぁっ!?」


 上腕部しか残っていないのでは、防御には不十分だった。

 強烈な衝撃に機体の重量を押され、踏ん張りが効かずにそのまま転倒する。

 受け身も取れずに地面に叩きつけられて、勢いそのまま装甲が荒れ地の土を削り取り、土砂と粉塵を宙に吹き荒らした。


 激しい振動に見舞われたコックピットの中で、どうにか海斗は意識の平衡を保った。

 ダメージは一旦無視して、地に転がった機体を姿勢制御してなんとか仰向けに。

 同時に、こちらへ攻撃してきたのであろう敵の姿を求めて、すぐさま視線カメラアイを巡らせた。


 探すまでもなく見つかった。

 というのも、転倒したエックスに向かって、ケルベロスのほうからさらに飛び掛かってきていたからだ。


「うおおおお!?」


 間一髪でさらに機体を転がして、巨体ののしかかりと爪撃から逃れる。

 魔犬の尖った爪が深々と地面を抉り、接地の衝撃がつむじめいた猛風を巻き起こして、あたりの空気をビリビリと震わせた。


「ギャグワアアアァァッ!」


 三つ首の口を裂けるほど大きく開き、ケルベロスがおぞましい雄叫びを上げる。


 耳をつんざくようなその絶叫。

 鼓膜に痛みを覚えて顔をしかめると、海斗は毒づいた。


「野郎ォ……! どんなスピードで襲い掛かってきやがった、このワンコロ!」

『クロスカッターパンチを避けるとは、並の反応速度ではありませんね。さすがは異界のモンスターといったところでしょうか』

「感心してる場合か、反撃の手立ては!」

『発射した両腕部が戻るまであと8――7秒』


「グゲェェェアッ!」


 間延びしたクオのカウントを聞くのも嫌だったが、それよりも実際的な問題は、続けざまのケルベロスの追撃から逃れなければならないことだった。

 それも、文字通りの無手でさばかなければならない。


 三つ首の魔獣はそれぞれの口で牙を噛み鳴らし、倒れ込むエックスに噛みつき攻撃バイティングを仕掛けてきた。


「ちぃぃっ!」


 迂闊さを呪っている暇もない。

 背面のブースターを吹かすと同時、機体の両足で地面を強く蹴りつけ、強引に勢いをつけて立ち上がる。

 それで噛みつきの三連撃からは身をかわしたが、無茶な機動の代償に一瞬ならず機体が硬直していた。


 その隙を突かれた。

 三つ首のひとつがムチのようにしなると、グオッと伸び上がって(そう見えただけで錯覚だろうが)エックスの頭部にザグリと食らいついた。

 あたかもコックピットの海斗を丸呑みするような格好で、正面カメラの映像が魔獣の蠕動する舌と喉を大映しにする。


 思わず海斗は毒づいていた。


「グロっ、キモっ、クサっ、畜生がっ! 気持ち悪いもの見せてくんじゃねえっての!」

『海斗、コックピットの装甲が破られる寸前ですが、文句を言っている場合ですか?』

「なんでこの世界のモンスターどもは揃いも揃って的確に弱点アタマを狙ってくるんだ――ったく、おかげでこいつの出番が増えちまうじゃねえか!」


 適当に罵りながら、海斗は武装を選択した。

 エックスの双眸ツインアイが輝きを増し、稲妻模様のシャルトリューズ鮮黄色イエローをみなぎらせる。


「虫歯治療だ、荒療治だが保険は下りねえぞ――クイックシューター! ぶっ放せッ!」


 バシュンッ! と閃光が弾けて燃え上がり、魔獣の口の中で炸裂した。

 粘膜の肉を焼き焦がし、数本の牙を根本から抉り抜いて、溶断して破砕しながら――

 レーザー光線が、その中で激しい爆発を起こした。


「ギィ――――!?」


 濁って汚れた悲鳴を漏らしながら、ケルベロスが大きく後退する。

 エックスに噛みついていた頭は特に激しく仰け反り、拘束も解けた。


「それから、こいつは――」


 ちょうどそのタイミングで、飛ばしていた両腕の肘から先が逆噴射で戻り、エックスの両腕部に接続してきた。

 その勢いも使って機体を捻らせ、大きく足を開いた構えから、左右の鉄拳を打ち放つ!


「こいつはお釣りだッ! 鋼の右、黄金の左!」


 ゴゴンッと強く激しい音が轟いて、唸りを上げた拳がケルベロスの左頭と、続いて右頭を直撃する。

 豪風纏う鋼の連撃が、魔獣の巨体を大きく吹き飛ばした。


 距離が開く。

 ひっくり返って仰向けに倒れるケルベロスに、海斗はビシッと指を突きつけた。

 自身と、そしてその動きに連動してエックスの指を。


「立ちな、右の頭から順番にワンコロ、ニコロ、サンコロ! 馬鹿犬の粗相は連帯責任だ、全部まとめて思いっきりド突き倒してやるぜ!」

『意味不明。海斗、文脈が混乱しています。知性を疑われる前にそのチンピラなボキャブラリーは改めるべきかと』

「はっ! 前から言ってるだろうが、トラッシュ・トークは喧嘩の華ってなぁ!」


「グ、ギギガアァ……!」


 クオと適当に言い合っている間に、ケルベロスが身を起こしてきた。

 真ん中の頭(ニコロ)からはブスブスと黒煙が上がり、焼け抉れた口のダメージで動きもぎこちないが、視線に込められた怒りと凶相は倍増しなぐらいだ。


 大きなダメージにはなっていない――

 ならば。


「クオ、エクスブラスターは使えるんだよな!? こいつを一撃で仕留めるとなったらあれしかねえ!」

『はい、海斗。レムリアの手で胸部放射板の修復は完了しています。ただ――』

「なんだ?」

『はっきり言えば、本調子ではありません。以前の世界と同じABS-MXアブソリュート装甲材イクスメタルの調達など望むべくもなく、現在のエックスはあの真銀魔導合金ミスリルを代用品としています。しかし、それではエネルギー伝達効率に著しいロスがあり――』

「状況報告は簡潔にしろ!」

切り札エクスブラスターは一発きり、ということです。それ以上は逆さに振ってもエネルギーが足りませんね』


 なかなかに厳しいことを言ってくれる。

 ただでさえ俊敏さで上を行く相手を、その動きを捉えて一発で確実に倒しきれということだ。


「はっ。上等ォ――」


 それでも海斗は不敵に笑って、エックスの両拳を打ち鳴らした。

 ゴヅン、と鋼の音色を立ててから、その指先をケルベロスに向けてクイクイと手招くようにした。


「来いよ、犬畜生。3頭まとめて面倒見てやる」

『文字通りの3頭ですが、ややこしいですね』


「ギィガアァァァーッ!」


 耳障りな咆哮とともに、ケルベロスの巨体が地を蹴った。

 やはり速い――そう遠くない距離から凝視していたというのに、海斗は危うくその影を見失いかける。

 あの重量と巨体で、よくもそんな芸当ができるものだと感心させられる。


 それでも、タイミングを見計らってエックスをバックステップさせていたおかげで、わずかながら対処の余裕があった。

 ケルベロスは一瞬の一跳びだけで、瞬きする間にはもうエックスの左側面に回り込んでいる。

 というより、棒立ちのままでいたら側背の位置にまで踏み込まれて、為す術もなく“真正面からの奇襲”を受ける羽目になっていただろう。


 互角の鬩ぎ合いと言いたいが、それでもケルベロスのほうが有利な位置取りだ。

 海斗は舌打ちしてエックスの足を止め、身体を固めて身構えた。

 激突の威力が機体を襲い、同じように操縦席もまとめて激しく揺るがす。


「ぐぬぬぬっ……!」


 今度の一撃は牙や爪ではなく、巨体をそのままぶつける体当たりだった。

 勢いを殺すために機体の足を地に滑らせ、ギリギリ踏みとどまって反撃する。


 左拳のバックハンドブロー。

 だが、崩れた体勢からでは重量が乗り切らず、手打ち同然の一撃ではケルベロスは怯みもしなかった。

 殴りつけられた右頭(ワンコロ)は首の力だけでそれを跳ね返すと、3対の瞳に怒りを燃やして獰悪な牙をむく。


 左右の大顎がそのまま、エックスの右肩、左脇腹へと食らいついた。

 牙が食い込んだ装甲が軋み、締め上げられ、メキメキと硬質の悲鳴を上げてへこんでいく。

 内部の動力系に異常、エラーメッセージが無数に警報を鳴らして、コックピット中にやかましく響き渡る。


 そしてエックスの動きが止まったところに、さっきの意趣返しでもあるまいが、傷を負った真ん中の頭が頭突きを見舞ってきた。


「ぐがっ……!」


 まともに食らった。

 エックスの頭部が大きく揺れる――操縦席にも直接激震が走る。


 足元がぐらつく。

 その隙を見逃さず、ケルベロスの中央の頭がさらに大きく顎を開いた。

 エックスの首を狙って噛みつこうとしてくる。


「ンの、野郎ォ!」


 咄嗟に首を逸らしてそれをかわし、至近距離から牽制のクイックシューターを放つが、当てずっぽうのせいでそもそも狙いが定まっていない。


 空振りした光線を無視して、魔獣のアギトが狙い通りに機体の首へと食い込んだ。

 そのまま、食い千切ろうかという勢いで激しく首を振り、機体の装甲材を激しく損傷させる。

 危険域のダメージが蓄積して、警報音レッドアラートがけたたましく鳴り響いた。


 しかも角度が悪い。

 反撃しようにも、クイックシューターでは狙いがつけられない。

 クオが、叫ぶように言ってきた。


『海斗! このままでは!』

「ああ。このままだと――」


 歯噛みして、半ば軋るようにうめきながら、海斗は。


「――俺らが勝っちまうなあ、この状態ならよ! クオ! エクスブラスター用意しとけ!」


 牙をむくようにして獰猛に笑い、そして、エックスの両腕を持ち上げた。

 機体の両左右に噛みついて抑え込んでいたケルベロスのふたつの頭、それぞれを掴んで、自機の装甲ごと力ずくで引き剥がす。


「ビギィィィ……ッ!?」


 ケルベロスの首が、濁った声で悲鳴を上げた。


 エックスの装甲の破片に混じって、血肉混じりの牙が何個もバラバラと地面に落ちる――堅牢なABS-MXから強引に引き剥がされて、食い込んでいた牙がおろし金にかけられたようにブチ抜かれたのだ。

 さしもの魔獣も激痛に怯み、黒く濁った血をこぼしながら絶叫を上げている。


 そして、痛覚をある程度共有しているのだろう、首に食いついていた中央の頭からも力が緩んで、エックスの首が拘束から解放される。

 その愛機の頭をグンと反り返らせると、先ほどの意趣返しのように、海斗はケルベロスの真ん中の頭に頭突きをぶちかましてやった。


 魔獣が大きく怯んだところに、さらに二発、三発と、鋼鉄のヘッドバットを連打する。

 コックピットの前面、遮蔽シールドがビシリと不吉な音を立てて、危うくヒビが入りそうになったが……


 根性比べはこちらの勝ちだ。


「捕まえたぜ、このケダモノ野郎!」


 ケルベロスの真ん中首ニコロは目を回して動きを止め、左右の首ワンコロ・サンコロは締め上げて捕まえたままでいる。

 あとはトドメを刺すだけだ。


 操縦席の計器のひとつ、専用武装のメーターが、エネルギーのフルチャージを示す――

 そして、クオが告げた。


『仮想誘導砲門、射出角とも調整完了済みです。発射を』

「おうよ、やってやるぜ! エクスブラスター、ぶちかませ――!?」


 だが、その瞬間だった。


 機体に大きな衝撃が走る。

 エックスの巨体があっさりと宙に浮き、十メートル近くも吹き飛ばされた。

 掴んでいたケルベロスの首も放してしまったが、それにも気づけなかったほどの突然の横撃。


「な、なんだあっ!?」


 またもや地面に叩きつけられ、エックスを横倒しにされながら、海斗は操縦席から叫んだ。

 攻撃を受けたのは左肩のあたり、モニターの知らせる被害状況からそれは察するが、その正体が分からず混乱する。

 いや――


 しばらくしてから、この荒野に落ちる影が増えていることに気がついた。

 それに音もだ。

 なにか巨大なものが、宙に翼を羽ばたかせている音と気配。


『これは――』


 クオの声に釣られるように、海斗はエックスの視線を上方向へと向けた。

 機体を立ち上がらせながら、そこに浮かぶ巨影を見据えて、うめく。


「バケモノ犬の次は、バケモノ鳥ってわけかよ。面倒な――」


「クェアァァァァァッ!」


 甲高い声でわめき鳴く怪物は、言った通り鳥のような姿をしていた。

 ただし、その大きさはタカやワシ、それどころか戦闘機などの比ではない。

 なにせバケモノ鳥は、遠目の目測だけでも、あのケルベロスと同等のサイズがあったのだから。


 そして、事態はそれだけにとどまらない。


『! 海斗!』


 クオの鋭い警告に、反射的に身体と機体が動いた。

 咄嗟に飛び退いたまさにその位置に、またしてもなにかが飛来して激突する。


 今度のそれは幾分か小さく、また、地面にぶつかって砕け散ってしまったが。

 どうやらそれは投石のようだった。

 ただし、エックスの拳より大きな巨岩だ。

 それを相当な速度と正確な狙いをつけて投げつけられた。


 岩が投げ放たれた方向を逆算して、切りつけるように鋭く視線を向けると、海斗は強く舌を打った。


「また新手か……!」


 50メートルほど離れたその位置には、巨大な猿のような魔物が現れていた。

 ただし猿に似ているのは顔つきと毛むくじゃらなところぐらいで、寸胴が極まった三頭身に手足がついているという、奇怪極まりない姿をしていたが。

 そいつがまた次の岩塊を拾い上げて、異様に長く野太い腕で大きく振り上げている。

 先ほどと同様、投げつけて攻撃してくるというのだろう。


 そして倒れ込んでいたあの魔犬、ケルベロスも、増援の出現に合わせて身を起こしていた。

 地に四つ足をつけて、猛悪な視線をエックスと海斗に向けてくる。


 三体の巨大モンスター。

 それと対峙して、海斗は苦々しく笑った。


「1対3ってわけか。こいつはちょいと骨が折れるな」

『損傷チェック――装甲強度低下、出力も落ちていますが、まだれます。どうしますか海斗マスター?』

「分かってて聞いてるだろ、それ」


 ゴキゴキとエックスの指を鳴らす真似をしてから、海斗は片頬を吊り上げて笑った。

 操縦レバーを強く握り直して、叫ぶ。


「かかってこいよ、ケダモノども! 俺がきっちりしつけてやる! 行くぞクオ――意地と道理で推して参る!」

『結局いつものパターンなんですね』


 AIの呆れ声。

 そして、三体の魔獣の激しい咆哮が、天と地を衝き揺り動かせた。


 海斗もまた、言葉にせずに吠えて、傷だらけのエックスの巨体を走らせる。

 前へ、ただ前へと。


 ――戦いはさらに熱気を増して、四つの巨躯がもつれ合う乱戦へとその局面を変えた。

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