第7話 聖極騎士団

「あなたは、自分がなにをしたか分かってるんですか!?」


 こういうのを『大目玉を食う』というのだろう。

 というぐらい、今のアトラは大きく目を見開いて海斗を叱りつけていた。

 憤懣やる方なく拳を握り、どかどか叩かれている木机には同情してしまうほどだ。


 海斗たちがいるのは、今はさすがに牢屋ではなかった。

 とはいえそれと比べてさほど上等な部屋でもない。

 机がいくつかに椅子が同数、海斗とアトラの他に騎士がふたりと、書記官の女性。

 部屋に入る時にドアのプレートを見たが、なぜか通じる言葉と違って文字は読めなかった――が、まあ部屋の雰囲気で想像はつく。


 あれは『取調室』と書いてあったに違いない。


「聞いてるんですか、海斗! あなたは! 自分が! なにを――」

「脱獄と器物破損と危険物の無断持ち出しに市内での無許可の大規模戦闘行為、だろ。悪かったよアトラ――迷惑をかけた自覚はあるし、認めてる。だからこうして逃げも隠れもせずにここにいるんだよ」


 完全にあちらの言い分が正しいが、それでも海斗はぐったりうめいた。

 さすがに何度も、暗唱できるほど罪状を並べ立てて怒られ続けるのは堪える。


 この部屋に通されてからこっち、1時間は説教を聞いていただろうか。

 こんな時、容疑者が口答えするのは大抵悪手なのだろうが、それでもそろそろ話を前に進めてほしかったのだが。


 とはいえ、そう思うならなおさらもっと丁寧に受け答えすべきだったのだろう。

 と、対面に座るアトラの目が限界を超えたと思うほど見開くのを見て、海斗は後悔する羽目になった。


「分かっていてやったのならなおさら悪い! なんてことをしてくれたんですか、あなたはっ!」


 ずだんっ、とひときわ強く机をぶっ叩いて、アトラは喝破するように叫んだ。

 前のめりというか、立ち上がった拍子に木椅子が跳ねて後ろに倒れるほどの勢いである。

 耳鳴りがするような声量を直に喰らって、海斗も座った椅子ごと転げそうな心地だった。


 叫び声の残響が部屋にわだかまる。

 さすがに我に返ったのか、アトラが椅子を立たせて座り直すと、部屋にはなんとも言えない沈黙が降り落ちた。

 書記官の走らせていた羽ペンの音も止まると、ますます取調室の空気は気まずいものになる。


 さすがに居心地の悪さを感じて、海斗はやり場のない視線を落とした。

 両手を繋いだ大きな木の手枷が目に映る――最初にかけられた手錠と同じ型のものだが、それを両断した仕込みナイフは手元にない。

 パイロットスーツごと取り上げられて、今は適当な布の服に着替えている。

 さすがに異世界転移3日目まで同じ服装(というか装備)のままでいるのは無理があったので、それはかえって有り難かったが。


 深々と嘆息しながら、アトラが言ってきた。


「……いいですか、海斗。あなたはつい先日、魔王軍の最強戦力のひとつであるドラゴンを倒した。倒してしまったんです」

「ああ。あの赤トカゲは手強いやつだった」

「それだけでも王都の議会は大騒ぎなのに、飛ばした早馬が帰ってきたその直後に、今度は町の中心に突如現れたゴーレムも撃退――」

「あいつも強かったなあ。あの頑丈タフさにはまいったよ、本当に」

「真面目に聞いてください! ただでさえあなたを、あなたの『エックス』を危険視する声は少なくないんです。今頃、議会本部がどんな大騒動になっているか、私は想像したくもないですよ……!」


 いよいよ今度は頭を抱えてしまったアトラは、さすがにちょっと可哀想に思えたが。

 それでも気休めの言い訳程度に、海斗は告げた。


「だけど、実際に民衆の支持は得られたわけだろ? 『黒鉄の勇者様』ってことで。さすがにあれだけの騒ぎと盛り上がりだったら、議会とやらも完全に無視はできないんじゃないか?」

「……それは、まあ」


 眉間を揉むようにしながら、アトラは渋々認めた。

 認めざるを得ないのだろう――と同時に、立場上苦言を口にしなければならないが、アトラは心情的には海斗に味方してくれている側なのだ。

 もっと言うなら、そもそもこの町の住民はほぼすべて、海斗とエックスを歓迎して受け入れようと――どころか、半ば崇めようとさえしているらしい。


 つまり、海斗が悩んでいたことについてはほとんど杞憂だったのだ。

 にわかには信じがたい話だが。


「まさか、騒ぎを鎮めるための勾留措置が“民衆の批判から俺を守るため”じゃなく、“お祭り騒ぎになって都市機能が麻痺する”のを防ぐための予防策だった、なんて……その展開はちょっと想像できなかった、かな」

「…………」


 なんとも言えない目でこちらを見るアトラ。

 案外と馬鹿にできた話でもないのかもしれないが、当事者の海斗からすれば、こっちこそ微妙な表情にならざるを得ないオチだろう。


 つい元の世界での基準で考えていたが……この国と町の世論は、もういくらか単純かつ鷹揚で、ドライでありながら温厚だった。

 敵はやっつけた、多くの人が助かった、だから町を守り戦ってくれた海斗は、きっといい人に違いない。

 それで収まるのならそれでいい、と――まるきり性善説のように、そう考える向きが大半なのだとか。


 知性や文明レベルが低いとか、そういう話ではない。

 ただもっと現実的に、魔物による被害が常態化してしまった結果、諦めと思い切りが極端に早くなってしまったような印象だ。

 もっと被害を抑えられた“はず”だとか、他のやり方があった“かもしれない”という類の、言ってしまえば詮無い議論は端から誰も考えていないのだ。


 それだけあの魔炎竜というドラゴンや、ゴーレムのような巨大な魔物は、この世界の人類にとって甚大な脅威であるらしい。

 それと、ある意味で一番大きな理由は――


「――ええ。本当を言えば、奇跡的に人的被害が出ていない以上、あなたを責めるのは筋違いなんでしょう。それでも、私は」

「分かってるよ。俺を心配して――というか、気遣ってくれてるんだろ。このままだと俺は腫れ物扱いの英雄サマか、周りから孤立して追放されるか、もっと悪い扱いでも文句は言えない。落とし前が必要なのは分かってる」


 だから、これ以上下手に動いて、自分の立場を危うくするな――アトラが言い含めているのはそういうことだ。

 この異世界で、頼るあてもない海斗を、アトラはなんの保証も見返りもないのに庇おうとしてくれている。

 それはおせっかいなどではなく、いわばもっと確固たる“仁義”のような覚悟なのだろう。


 身の振り方を考えなければならない。

 元の世界へ帰る方法を探すより、まずは今日明日をどう乗り切るかが問題だ。

 さしあたっては――


 アトラが深くため息をついて、告げた。


「鉄海斗。あなたを王都の、ハイペリオン城の議会まで連行します。なんていうか……もう本当にお願いですから、大人しく従ってください。いいですね」

「……了解」


 他にどう言いようもなく、海斗はうなずいた。




 連行とはいっても、それは騎士団が王都へ戻るついででもあったらしい。

 翌朝、海斗が町外れで乗せられた馬車は数十騎あるうちの一台で、特に見た目に変哲もない。

 見張りとして武装した騎士がふたり同乗しているが、それはどの馬車も同じようなものだった。


 町を去る間際には一応、一悶着あった――といっても物騒な出来事ではなく、派手な横断幕を掲げた一団に道を空けてもらうのに、騎士たちが少し手間取ったという話だ。

 近くにいた騎士がつぶやくのを聞くに、横断幕には『黒鉄の勇者ありがとう万歳』と書かれていた、らしい。

 騎士団もそういう手合いは予想していたのだろう、牢を出てから馬車に乗るまでの間、海斗の手錠は外されていた。

 今はまたつけているが。


 がたごとと馬車が揺れる。

 海斗を乗せた護送馬車は列のちょうど中ほど、真ん中あたりを流されるように進んでいる。

 そのつもりはないが、もし馬車から飛び降りて逃げようとしても、すぐに追っ手がかかって捕まるだろう。


 街道をゆく馬車の集団。

 窓の外の広々とした草原を見やって、海斗はつぶやいた。


「……そういえば結局、あのゴーレムってどこから湧いてきたんだろうな」


 ふとした疑問、口をついて出た言葉だった。

 返事など期待していなかったが、同乗していた青年の騎士が鼻で笑った。


「ふん。どこから来たのかも分からん者が、どこから現れたのか分からない魔物と戦っていたとはな。なんとも滑稽な話だ」

「確かにな。あ、今気がついたんだけど、俺はあの町の名前も知らないままだ」

「呆れたやつだ。右も左も分からない状態で、よくもあんな無茶な戦いをする」

「皮肉言われても、ぐうの音も出なくて言い返せないんだよな。お手上げしようにも手はこんなだし」

「……張り合いのない」


 手枷をはめられた両手を持ち上げてみせると、騎士ははあと嘆息した。

 喧嘩を売るのは諦めたらしい。

 と、そんな仕草で思い出したのだが、彼はアトラと一緒に海斗の牢を訪れた、あの副騎士長だという青年だった。


「……町の名はニアリング。ただの王都の隣町だ。魔炎竜の迎撃拠点として、我々聖極騎士団は一時的にあそこに滞在していた」


 結局、手持ち無沙汰はお互い様だったのだろう。

 嫌味の代わりに騎士が口にしたのは、海斗の疑問への回答だった。


「ゴーレムは、町の坂道を割って突然這い出てきた、としか言えない。調査隊が残って痕跡を追っているが、まあ無駄足だろう。ゾハル軍のゴーレムは神出鬼没……というより、単に無差別に地下を掘り進んで徘徊するだけの魔物だ。それでもあんな町中に現れたという話は聞いたことがない」

「ドラゴンのほうと協力して、同時に町を攻めるつもりだった……とか?」

「あり得ない。第一に、四天王の……獣将ジハードと巨将ゾハルの軍団はそれぞれ独立して動いているし、別種の魔物どもに連携を取るという発想力はない。第二に、ドラゴンとゴーレムはどちらも単体で町を壊滅させ得る強力な魔物だ。同時攻撃の意義は限りなく皆無だろう」

「じゃあ本当にたまたま、立て続けに壊滅の危機にさらされたのか、あの町。災難というかなんというか……」

「ニアリングの住民に言わせれば、貴公があそこに居合わせていたことが最大の幸運だったらしいぞ。まあ、ある意味これが、一番あり得ない第三の話だろうな」


 そう締めくくって、青年騎士の話は終わった。

 またがたごとと馬車に揺られる。


 しばらく沈黙が続いてから――


「なあ。ところでエックスはどうしたんだ?」

「ん? ああ、貴公の黒いゴーレムか。さすがに町中に置いておくわけにいかないから、あの町で一番大きな倉庫になんとか収めてある」

「270トンの巨体を……あ、いや、かなり重かったはずだけど、どうやって?」

「――聞きたいか?」


 と、先ほどとは一転して、どんよりと暗い微笑み(としか言い表せない顔)を見せながら。

 訊ねる騎士に、海斗は首を横に振った。


「いや、いい。遠慮しとくよ」

「ロバと荷馬が何頭過労死するところだったか……」

「遠慮されてくれ、頼むから!」


 と、しょうもないやり取りをしていた時だった。


「――マンフレート副騎士長! あれは?」


 と、もうひとりの同乗していた騎士が声を上げて、馬車の外を指差す。

 左手側、窓の外、広がる草原のほうへと。


 青年騎士が馬車の中で立ち上がり、脇に置いてあった遠眼鏡をのぞき込む。

 そこになにが映っているのかは、当然海斗には分からないが。

 同じ方向を見やると、この馬車の隊列に向かってくる、いくつかの黒い影が点のように見えた。

 相対速度がどれほどか分からないが、このままだと隊列のどこかにはぶち当たるだろう。


「あれは――引き裂き獣ティエアーウルフの群れか。数は、30ほどだな」

「追いつかれると思いますか?」

「あちらがその気ならな。つまり、確実にぶつかる。先に打って出るぞ」


 早口に言いながら、青年――マンフレートが馬車の後ろから身を乗り出す。

 周囲に聞こえるように叫んだ。


「隊列左方より魔物の襲撃! 分隊、第四から第十二まで、迎撃用意!」


 馬車隊の足が順繰りに止まる。

 そのわずかの間に、前後の馬車から騎士たちが飛び降りて、陣形を組んだ。

 向かってくる魔物の群れに対して、正面から迎え撃つ形だ。


「貴公はそこにいろ!」


 言い残して、マンフレート自身も剣を手に飛び降りている。

 それでも気になって、海斗も馬車の後ろから身を乗り出して様子をうかがった。


 騎士たちの各々が武器を構え、剣や槍の矛先を向けた先から、言ったように多数の影が突進してくる。

 一見、それは狼に見えた――ただし、大きさは少なくともどいつも2メートル近い、ほとんどヒグマのようなサイズだ。

 近づくにつれて詳細な姿も分かってくる。

 引き裂き獣と呼んでいたか、まさにそのもの口が喉元近くまで裂けていて、汚れた牙と大量のよだれをこぼしていた。


「あれが魔物か……!」


 言うまでもなく、元の世界ではいるはずもない怪物だ。

 それが群れをなして、牙をむき、こちらへ向かってくる。


 相当な迫力と脅威だったはずだが、騎士団の動きに乱れはなかった。

 落ち着いた声でマンフレートが指示する。


「目標、敵集団先頭、『ファイアブラスト』放て!」

「――ファイアブラスト!」


 開戦の宣言と同時、言葉通りに火蓋が切られて、炎の爆発が引き裂き獣ティエアーウルフの群れの鼻先に突き刺さった。


 かなり大きな爆発だ――空気が震え、離れた位置にいる海斗の耳を圧するほどの。

 大砲でも撃ったような衝撃だが、砲声の代わりにかすかに聞こえたのは、呪文めいた人の声だった。

 魔法、なのだろう。つまりはこれが。


 だが、爆発の魔法は引き裂き獣ティエアーウルフの突撃を押しとどめるには至らなかった。

 大きくまとまっていた群れを散り散りにはさせたが、爆風に巻き込んで吹き飛ばしたのはせいぜいが2、3匹。

 残った群れは獰猛な唸り声とともに、大口を開けて咆哮しながら騎士たちの身構える陣形に飛び込んでいく。


 しかし――どうやら、その時点で趨勢は決していたらしい。

 一斉突撃の足並みを乱された、その時には。


「グギュアアア――ッ!?」


 迎え撃って飛び出した騎士たちの武器、例によって機械機構を組み込まれた巨大な剣や槍が、突撃の輪を乱された魔物たちを貫いていく。

 二人一組で確実に、一匹ずつを両断し、一閃し、頭か心臓を潰すか、最低でも足を斬りつけて動きを鈍らせる。

 そうして討ち漏らしたしぶとい個体も、二段構えで待ち受けていた部隊に迎撃され、今度こそ急所を刺されて動きを止めていった。


 堅実で着実、無駄のない統率された動きだった。

 最初の爆発魔法も、あれは敵を倒すために放ったのではなく、群れを撹乱して仕留めやすくするための牽制だったのだろう。

 そうして動きを乱した後は、練達した騎士たちの一太刀と一閃、どういう仕掛けがあるのか轟音を上げて振るわれる機構武器の一撃で、確実に息の根を止めていく――


 結局、ものの3分足らずで魔物の掃討は終わってしまった。

 馬車までたどり着いたやつは一匹もいないまま。


「……すごいな」


 ただただ素直に感心して、海斗はつぶやいた。

 元の世界でそうだったように、強力な武器を持ったからといって、人間が熊のような猛獣を倒すのは決して簡単ではないはずだ。

 聖極騎士団の名は伊達でもなんでもなく、その実力は疑う余地もないらしい。


 余裕と余力をたっぷり残した、完勝だった。


「なんだ。見ていたのか、貴公」


 戻ってきた副騎士長、マンフレートは傷ひとつ負っていなかった。

 抱えて飛び出していった巨大な機構剣(比較的鋭利なシルエットだが、それでも並の大刀より遥かに肉厚で凶悪だ)は魔物の血でべっとり汚れているのだが、返り血を身体に浴びてすらいない。

 それだけでも彼の凄まじい体術と体捌きのほど、技量の高さがうかがえる。


 海斗はもう一度、称賛した。


「いや、すげえびっくりしたよ。アトラも強そうだったけど、あんたたち全員、物凄い達人なんだな」

「嫌味にしか聞こえんよ。そんな我々、騎士団が束になってかかっても、あのドラゴンなどには歯が立たなかったのだから」

「人と比べるのって良くないぜ。卑屈になるばっかりで、本当にいいことないから。ていうか、エックスじゃ比較対象にならないだろ。マシンなんだからあいつは」

「…………」


 マンフレートはしばし、意外そうな眼差しで海斗の顔を見返していたが――

 なにも言わないまま、機構剣についた真っ赤な血のりを布で拭い始めた。


 そして馬車の隊列は何事もなかったように前進を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る