第6話 VSゴーレム ~クロスカッターパンチ

 敵影視認コンタクト

 接触会敵エンゲージ

 近接格闘インファイティング……


 一打必倒オンリーワン・ストライク


「喰らいやがれ、鋼の右ッ!」


 岩石の巨兵、ゴーレムに肉薄すると同時、エックスの右拳を打ち放った。

 豪風纏う鉄腕と鉄拳が、愛機、エックスの秘めた動力機構ギガプラズマ格闘機構ATX-OSの爆発力を存分に発揮して唸りを上げる。

 ゴーレムの巨体の真正面、人間で言えばみぞおちの位置へと、踏み込みざまの右ストレートが突き刺さった。


 ゴゴンッ、と言葉通りに岩を穿つような硬質の音が、砲声のように轟いて町並みの石畳と建物を震わせる。

 が――


「う、おお……っ!?」


 硬い。弾かれた。

 正中線を捉えたはずの拳は、しかし岩塊巨兵ゴーレムになんらの痛痒も与えず、揺らがさない。

 岩石の表面がいくらか削れ、ぱらぱらと小さな砂と埃をこぼしたが、それだけだ。


 不格好を承知でエックスを跳び下がらせる。

 ゴーレムは鈍重な見た目そのままの緩慢さで、ようやくこちらに向き直ったところだった。

 なんなら今になってようやく、海斗とエックスの存在に気づいたような素振りだ。


 海斗はコックピットで毒づいた。


「野郎ォ――余裕かましやがって、岩石ノッポが」

海斗マスター。対象の分析データですが、見た目通りの岩の塊ではないようです。体積に対しての重量と密度が高すぎる。先日のドラゴンと同様、計算が噛み合いません』

「俺たちの常識は通用しないってわけか。ったく、これだから異世界は!」


「オオォォォン……!」


 大樹のうろから響くような唸り声を上げて、ゴーレムが巨腕を振り上げる。

 猫背だった身体を伸ばし、エックスより一回り野太いゴリラのような体型が持ち上がると、その迫力は凄まじいものだった。

 そしてそのまま捻りもなく、身体ごと飛び掛かるような格好で鉄槌の一撃を振り下ろしてくる!


「ちぃ……っ!」


 腕が長い分だけ、リーチも長すぎてかわせない。

 というより、倒れ込むようなその一撃を下手にかわせば、足元の町に被害が出る恐れがあった。


 歯を食いしばって、海斗はエックスの腕を交差させて掲げた。

 巨腕の一撃を受け止めると、凄まじい衝撃が機体中に走り、コックピットブロックまでも激しくめちゃくちゃに震わせられる。

 ズガォッ、といわく言い難い破砕音を鳴らして両脚部が石畳を突き破り、割れ響かせて、地面にめり込んだ。


「ぬぉおおおお!」


 どうにかこうにか、ギリギリで耐える。

 しかし。


「オォーン……!」


 ゴーレムの腕はなおも力を緩めず、エックスを上から押し潰そうと叩きつけた腕をさらにミシミシと押し込んでくる。

 クオから苦情が殺到した。


『両腕部の装甲にダメージ、駆動系に一部支障と断線確認、吹かしたジェネレーターが一部ショートして出力5%ダウン、打撃部からの圧迫で脚部装甲にまで被害が波及しつつあり――』

「あーもーうるせーよ! お前に聞きたいのはひとつだけだ、まだやれるな!?」

『イエス・マスター。戦闘続行に問題ありません』

「それでいい! クオ、エクスブラスターは使えるか!?」


 叫ぶが、否の答えはすぐに返った。


『駄目です。先日の臨界暴走オーバードライブ出力から機能が回復しきっていません。それに、エネルギーが足りない以上に、胸部放射板の損傷が激しく――』

「トカゲ野郎には大盤振る舞いしたからな。仕方ないとは、いえ……!?」


 言っている間に、ゴーレムは次の行動に移っていた。

 ぶつけた右腕をそのままに、もう一本の巨腕もっとい棍棒のように無造作に振り上げる。

 格闘のセオリーもなにもない、このままもう一撃を叩きつけて見舞ってくるつもりだ。


 予備動作を隠すつもりもないテレフォンパンチだが、その必要がないだけの破壊力は間違いなくある。

 これを受けては耐えられない、エックスは押し潰されて破壊されるだろう。

 だが、飛び退ってかわす選択肢は、今ものしかかるゴーレムの右腕の重圧が封じていた。


 退路はない――


「なら、『死中に活あり』だ!」


 ゴーレムの巨腕が降り落ちて、エックスを叩き潰さんと迫りくる。

 だが片腕を振り下ろす動きをすれば、反対側の腕がそのままの圧力を保ってはいられない。

 ゴーレムの体組織が人間の筋肉とはモノが違うとしても、慣性質量の法則まで無視することはできないという寸法スンポーだ。


 その瞬間、一髪千鈞を引く危ういタイミングを見切り、上からの拘束が弱まった刹那に前方へ大きく踏み出す。

 ゴーレムの左腕の追撃をかいくぐり、格闘距離クロスレンジから密着間合いゼロレンジへと潜り込んだ。

 回避の際、肩口の装甲をかすめて嫌な音と振動が機体を揺り動かしたが、敵の懐に飛び込むことに成功した。


「こいつで――どうだ! 黄金の左!」


 巨体を大きく沈ませた体勢、そこから一転して力強く地を蹴り、伸び上がるような勢いで握った左拳を突き上げる。

 ゴーレムの前のめりになった顎に対して、カウンターで強烈なアッパーカットが炸裂した。

 頭を大きく仰け反らせ、岩塊の巨体がぐらりと揺らぐ。


 ほとんど捨て身に近い、超接近距離での渾身の一撃だ。

 手応えはあったが――


(――どうだ!?)


 しかし果たして、ここでは凶と出た。

 ガクン、と首を振り戻したゴーレムは軋んだ動きはそのまま、だがダメージの気配はない。


 くり抜かれただけの無機質な目がこちらを見据える。

 そして、すぐ間近にいるエックスの胴体部を両腕ごと、引き戻した腕で抱え込み、熊の抱擁ベア・ハッグのように潰しにかかった。


「あ、てめ、このやろっ!」


 ミシミシ、メキメキとABS-MXの装甲材が軋み、弾け飛びかねない圧力が機体に襲い掛かる。

 たちまちに警報とアラートの音声がコックピット中に響き渡った。

 装甲強度低下、外部からの圧力上昇、機体損壊の危機、退避行動を推奨――


 いちいち読んでもいられない警告文を、クオが一言でまとめた。


『海斗! 脱出を!』

「分かってるっ、でも、くそっ、両腕ごと挟まれてこの馬鹿力じゃ……うおお!?」


 さらに、メインモニターの全面に大口を開けたゴーレムの顔が映し出されて、海斗は驚愕の声を上げた。

 オォォォ……と不気味な唸りを響かせながら、ゴーレムはエックスの頭部ユニットに、コックピットに噛みつこうとしているようだ。

 どういう行動原理でそうしているかは不明だが、なおさらピンチなのは変わらない。


 機体が折り潰されるか、コックピットを食い破られて海斗が潰れるのが先か。

 どっちもごめんだと胸中で叫びながら、クオに怒鳴った。


「クオ! なんだっていいから、使える武器を! このままじゃ仲良くサバ折り寿司だぞ!」

『はい、海斗。26時間の休眠スリープモードで、クイックシューターの復旧が完了しています』

「弱っ! 牽制武器じゃん! バルカン的なやつじゃん! ええい、この際それでいいから、今すぐ発射準備!」

Qの力を使う武器なのにこの言われよう。ちょっとムカつきますね』


 文句言いつつ、コンソール脇のQの文字のアバターが発光し始める。

 四隅の水晶のマークが点灯したところで、クオが告げた。


『チャージ完了。照準は』

「しゃくれ岩石野郎の顔面だ! 照射モードで根性焼きかましてやれ!」

了解ラージャ


 瞬間、エックスの稲妻の双眸ツインアイがひときわ強い光をみなぎらせ、そこから鮮黄色シャルトリューズイエローのまばゆい閃光が収束して撃ち放たれる。

 バシュンッ! と衝撃とともに、圧縮された光線の束がゴーレムの鼻先に突き刺さり、顔の岩石の表面を焼き焦がして蒸発させた。


 ただし、それはほんの小さな面積の表皮だけだ。

 連続して照射したところで大したダメージにはならない。

 逆に時間が経つだけ、ゴーレムの両腕が装甲に深く食い込み始めて、エックスの機体が上げる悲鳴が大きくなっていく。


 クオがぼやいた。


『……まあ確かに、これは我ながら非力すぎますね。征服ロボNo.17、私のQのボディがもはや恋しい――』

「いや。まだだ!」


 ビームの照射を続ける中、わずかにゴーレムが身じろぎしたのを、海斗は見逃さなかった。

 これまでの攻撃を意にも介さなかった敵が、なにかを嫌がるように顔を逸らしたということは――


 野生めいた勘で、海斗は狙うべきマトを見定めた。


「クオ! 野郎の眉間にあるなにかのマークだ、あれを狙え!」

『“真理エメス”と“メス”の伝承ですか? しかし、異界の魔物にそんなセオリーが通用するかは』

「それは知らねえけど、喧嘩の常套手段でな、敵の嫌がることをやるのが勝ち筋なんだよ。構えろ、狙え! クイックシューター――バーストモード!」


 叫び、マニュアル操作で照準をきっちり合わせながら、連射モードで光線を放つ。

 的が小さすぎて2発はかすめたが、3発目がゴーレムの額のど真ん中を捉えた。


「…………!」


 途端、ゴーレムが声もなく身悶えして、衝撃を受けたように頭をもたげさせる。

 抱えていたエックスの拘束も緩んだ。


 その隙を見逃さず、海斗は両手のレバーを押し込んで、全力でゴーレムの両腕を押し開いた。

 締めつけを力ずくでブチ切ったところで飛び退り、敵の懐から離脱する。


 損傷チェック。

 全身あちこちやられているが、致命的な破損部位はない。

 戦闘続行可能だ。


 海斗とエックスが態勢を立て直すのと、ゴーレムがゆっくりとこちらに向き直るのはほとんど同時だった。

 向かい合う巨人2体。

 エックスは空手からてを開いて格闘の構え。

 対するゴーレムは――両腕を持ち上げ、頭部を覆うようにカバーしていた。


 ちっ、と海斗は舌打ちした。


「厄介だな。弱点が分かっても、あの防御力タフさでガードされたら手が出せねえ」

『海斗、手といえば、なのですが――』

「はいはい。クロスカッターパンチは使えないんだろ。そのダジャレはもう聞いた」


 うんざりとうめくのだが。

 しかし、クオの返答はまったく予想外のものだった。


『いえ。クロスカッターパンチ、使用可能になっています』

「……は? おい待てクオ、さっきはクイックシューターの修復で手一杯だったって」

『原因不明ですが、なぜか――いえ。映像記録に痕跡あり。アクセス。再生します』


 と、正面モニターの右下に録画映像らしきものが映し出され、流れ出す。

 そこに映っていたのはエックスの胴体部と――そして、青い作業服を着た人影。

 早回しの映像の中で、その人物がエックスの左右の腕を調べるように往復し、工具らしきもので叩き、回し、ねじり、締めて、そしてなにかを剥がすような動きをして――

 そうしてひとしきり作業を終え、立ち去る間際にふっとエックスの内蔵カメラに気がついたらしく、こちらに顔を向ける。


 それは、数時間前に海斗の牢屋を訪れた、あの眼鏡をかけた少女だった。

 名前も知らない彼女は、そのままひらひらと手を振って去っていく。


 海斗はたまらず叫んだ。


「――いや、どういうことだよ! 誰だあの女! 俺のエックスになにしやがった!?」

『信じられませんが海斗、彼女が“目詰まり”を直してくれたおかげで、武装が復活したのは事実です。彼女と面識が?』

「ついさっきな! やっぱりろくでもない女じゃねーか、エックスには近づくなって言ったのに!」

『映像は昨夜のものですので、仕方ないかと』

「なにひとつ仕方なくないっての! ああもうっ!」


 ひとしきり叫んで、海斗は頭を振って切り替えた。

 事情と経緯はともかくとして、この局面で使える武器が出てきた意味は大きい。


 それもとびきり・・・・強烈なやつが、だ。


 もはや迷うまでもなく、海斗はその武装を選択した。

 腕部レバーを握り直してエックスの構えも変える。


 ズズン、と歩み寄ってくるゴーレムの巨体にすら、もはやなんら脅威を感じない。

 エックスの両腕をそちらに向け、銃口をするように拳を突きつけると、海斗は武装レバー先端のスイッチを押し込んだ。


 機体の左右の前腕部、そこから十字を切るように4枚の刃が飛び出し、さらに肘から先が振動とともにゆっくりと回転を始めた。

 すぐさまそれは激化し、抑えきれないパワーが両腕にみなぎる。

 高速で旋転するカッターが空気を引き裂く轟音。

 噴射ノズルから、強装推進剤の白煙がこらえきれないとばかりに尾を引きたなびく。


「こいつはただの鉄拳とはわけが違うぜ――」


 握り込んだ武装桿をさらに倒すと、正面コンソールのロックオンマークが緑色に変わった。

 軽い電子音とともに、同色の文字が浮かぶ。


 『照準完了IN-SIGHT』。


 牙をむくようにして海斗は笑った。


「ぶっ飛ばしてぶっ倒す! 喰らえ必殺ッ、クロス『X』カッターCutterパンチPunch!」


 叫ぶと同時、レバー操作と音声入力によって武装が解放され、エックスの両腕が凄まじい勢いで発射された。


 4枚刃が猛烈に回転し、大気を細切れに寸断しながら、一対の拳が宙を飛ぶ。

 風を巻きながら風を切り、空気の層を貫いて突破し、剛拳がハヤブサのように標的へと飛翔した。


「…………ッ!?」


 激烈な衝撃の一閃がゴーレムのどてっ腹に突き刺さり、その巨体をよろめかせた。

 いいや、それだけでは終わらない。

 その巨体が半ば宙に浮き、つま先で地面の石畳をこすりながら押し込まれ、吹き飛ばされていく。

 そのまま何十メートルも……いいや、100メートルを超えるほど巨体が弾かれ、ついには町の外まで押し出されたところで。


 後を追うように飛来したもうひとつの拳が、宙に浮いたままのゴーレムの頭を打ち据えた。

 眉間の中央。

 ガードの隙間を無理矢理にこじ開けて、そこに刻印された弱点マークの真上に、突き刺さり、突き立って、抉り出し――


 轟音を上げてゴーレムの頭を貫通した。


 遠く、悲鳴すら届かない遥か遠くで、ゴーレムの身体が崩れてただのつちくれ・・・・に変わった。

 町外れに降り注ぐ土砂の山。


『――対象より発せられていた微小な生体反応、消滅』


 それを眺めながら、海斗はクオの声を聞いた。


『勝ちましたか?』

「見れば分かるだろ。楽勝だったぜ」


 逆噴射で戻ってきたエックスの両拳を打ち鳴らして、海斗はふふんと鼻を鳴らした。




 そして――


「自業自得とはいえ、どうにもバツが悪いな」


 自嘲気味につぶやいて、海斗はパイロットシートからカメラ越しに周囲を見下ろした。


 散り散りバラバラに逃げ出した町人たちが、戦場跡の町の中心に戻ってきている。

 あるいは、騒ぎが収まったのを見聞きしてやってきた人々も混じっていたかもしれない。

 町中に佇立するエックスの周囲には、かなりの規模の人だかりができていた。


 そして今も増え続けている。

 やや遠巻きになっているのは、恐れや戸惑いからというより、単にあの鎧甲冑姿の騎士団員たちが前に出て群衆を押しとどめているからだろう。


 これだけの人数になると囁き合うつぶやきですらかなりの音量だ。

 頭部の操縦席、遮蔽シールド越しにもざわめきが聞こえてくるほどである。

 細かくすべては聞き取れないが――内容については、想像に難くない。


 その大半が、未知の存在への恐怖と怯え、排斥と、怒りだろう。

 いきなり現れた“ゴーレム”に自分たちの町を、住処を、家々を荒らし回られたのだから当然だ。

 その権利が、彼ら彼女らにはある。


 海斗も覚悟はしていた。

 その上で意地を通したのだし、これが正しい行いだと信じるからこそ、今も逃げずにこの場にとどまっている。

 エックスはエネルギー切れで既にろくに動けないが、本気で遁走しようと思えばいくらでもやりようはあるのだから。


 なのだが――

 詮無いことを考えていると、クオの電子音声が声をかけてきた。


『行かないのですか? 海斗』

「行くさ。ずっとこのシートに座ってるわけにもいかないし。ただ、踏ん切りがつかないんだよ」

『あなたも悩むことがあるんですね、マスター』

「当たり前だろ。お前、俺を恥知らずの山猿だとでも思ってたのか?」

『――怖いんですか?』


 図星を刺されて、ぐっと言葉に詰まる。

 だが、クオがこういう言い方をする時は、海斗は決まってこう言い返すのだ。


「ンなわけあるか、誰がビビるかよ! ――ハラぁ決まったぜ。フライヤー分離してくれ。降りるぞ」

『了解』


 ぼしゅっ、と軽い音と白煙を立てて、エックスの頭部ユニットが機体を離れる。

 群衆がまた一段とどよめき立つのを感じながら、ゆっくりと路面に降下していく。


 遮蔽シールドを開いて、海斗が地に降り立つと――

 まだしばらくはざわめきが続いていたが。

 それが弱まってくる頃を見計らって、海斗は前へ進み出た。


 こうなったら、悪役ヒールだろうがなんだろうがやってやる。

 その気概を込めて口を開こうとした、その瞬間だった。


「勇者様――だ」

「え?」


 民衆のひとりが発したその声は、思いがけずあたり一帯に響いた。

 人いきれの中にあってなお響く声、というよりは、その言葉そのものが静寂の呼び水になったように。


 海斗がなにも言えないうちに、群衆が口々に言い始めた。


「そ、そうだ……勇者だ。あの魔王軍のゴーレムを倒した」

「聖極騎士団が総出でかかって、犠牲を出しながらようやく倒すような魔物を、ほとんど一撃で」

「お、俺は見たんだ。昨日は町の西でドラゴンと戦ってた。町を守って……あの恐ろしい魔炎竜を、倒してくれた!」

「勇者様――感謝します、おお、神よっ!」


 異様な熱気が立ち込め始める。

 海斗を置いてけぼりにして。


 好き勝手なざわめきは、しかし次第にまとまりつつあった。

 感謝と、歓声と、礼賛を叫ぶ声に。


「うおおおおお!」

「万歳! 勇者様、万歳! 万歳ぁいっ!」

「勇者様、ありがとう、ありがとうございます、ありがとうっ!」

「黒い巨人の……そう、そうだ。黒鉄の――黒鉄の勇者だ」

「ありがとう、黒鉄くろがねの勇者様!」


「うえええ!?」


 面食らってうめく海斗を尻目にして、群衆の熱気と気勢は最高潮に達しようとしていた。

 もはや凄まじい合唱で、雪崩れのような怒涛の勇者コールである。

 名前がそのまんま入っているせいもあって、異常に恥ずかしい。


『大人気ですね、海斗――おっと失礼、勇者様?』

「なっ、クオ、お前までふざけんなよ!?」


 背後のフライヤーから声をかけてくるクオに。


『怖いんですか?』

「――――」


 クオは、冗談めかして言ってくる。


 ……ああ、まったく。冗談じゃない。

 勇者なんて柄じゃないが、それ以上に。

 あのクソ生意気なポンコツAIに舐められるのなんて、それだけは海斗は我慢がならない!


 グッと右拳を握った。

 つかつかと群衆の輪の中心、一番よく見える場所まで移動すると、海斗はわずかに身をたわめる。


 そして勢いをつけて、握った右拳を高々と、天を衝くように大きく掲げてみせた。


   ワアアァァァー――――ッ!


 熱狂に沸き上がる群衆ギャラリーに、もはや海斗もやけくその笑顔で応えた。


 ヒーローの凱旋は祭りの華だろう。

 経緯はどうあれ理由はなんであれ、今日、その役は海斗に回ってきた。

 だったら全力で応えてやるよ、最高に痛快な勝利ユメを魅せてやる。


 町全体を揺るがすほどの大歓声。

 鳴り止まない勇者への讃歌に、誰ともなしに歌とダンスまで付け始め、それこそ祭りのような大騒ぎに発展しつつあった。

 それを制止する騎士団員たちが、もう押しとどめるのを諦めて騒ぎに呑まれかけた頃。


 ふと海斗は視線を感じて、少し離れた路地の隅のほうを見た。

 そろそろ夕闇が下りつつある上に、遠目ではっきりとは見えなかったが。


 ――多分、そこに立っているアトラは、有り余る怒気でブルブルと肩を震わせていた。




 そして、またそして――


 翌日の朝。

 ちゅんちゅんと鳥が鳴くのを格子窓の向こうに聞きながら。


「えーと……」


 昨日とはまた別の牢の中で、ぽつんとひとり、海斗はつぶやいた。

 今度は向かいの部屋もどこも無人で、本当にひとりきりだ。


 海斗はげっそりと嘆息した。


「……俺、またなんかやっちゃいました?」

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