第2話 VSドラゴン
「喰らえや赤トカゲ、鋼の右ッ!」
間合いに入ると同時に放ったエックスの右ストレートが、迫る赤い巨竜の顔面をカウンターで打ち据えた。
唸るアクチュエータ、鋼鉄が雄々しく躍動し、ギガプラズマエンジンが生み出す80万馬力が鉄拳を通して炸裂する。
巨人と巨竜、巨躯と巨体のぶつかり合う衝撃が、豪風を巻き起こして山を、木々を、大気を震わせて走り抜けた。
「――――!」
爆発するような凄まじい破壊力が、分厚い鱗を貫いてドラゴンの巨体を仰け反らせる。
続けざまに海斗は逆側、左腕部に直結するレバーを握って押し込んだ。
赤竜が下がった分だけ、さらにエックスが一歩踏み込んで、追撃の左フックを打ち放つ。
「まだまだぁっ! 黄金の左!」
豪腕が、頭を上げてがら空きになったドラゴンの胴体部を殴り抜いた。
超硬質の鱗をぶち割り、分厚い皮膚と筋肉の層を抉る拳。
濁音にまみれた鈍い悲鳴を上げて、ぐらりと竜の巨体が傾く。
こいつが生き物であるなら、体内には内臓もまた必ず存在するはずだ。
剛拳の衝撃が、そのいくつまでを貫いたかは分からないが、ダメージは間違いなく与えられている。
岩を打ったような反動と感触の向こうで、エックスを通して確かな手応えを感じながら、海斗は胸の内で吠えた。
(だったら、やれる――いいや勝つ! こいつはここでぶっ潰す!)
「おぉらあぁぁぁっ!」
左右の連打。
フェイントなど
ドラゴンの顔面が、胴が腹が、鱗の鎧に覆われた図体が、連続する衝撃の形にボコボコとへこんでいく。
「グゥオオオ――!」
たまらず苦鳴を上げた竜の巨体が、ズズズ……と音を立てて大きく後退する。
四つん這いの巨体が大きくよろめいて、半ば目を回しているのが、モニター越しの海斗の目にもはっきり映った。
隙だらけだ。
速戦即決、ここが勝機。
エックスの両手を重ねて掲げ、海斗はそれを力強く振り下ろした。
「ぶっ潰れろ!
そのもの、ハンマーのように真っ直ぐ打ち下ろした両拳の一撃が、ついにドラゴンを地面に叩き伏せた。
四つの足ががくりと地につき、もたげていた首が遅れて落ちる。
ズズ……ゥン、と、大きく地鳴りの音を立てて、赤竜は地に倒れ込む。
コックピット内でビシッと指を立て、海斗は
「っしゃオラァ! 見たかコラァ! 今度道ですれ違う時ゃーてめえが端っこに寄るんだぞウラァッ!」
『測量したところ、すれ違うような大きさではないように思われますが?』
「分かんねえだろ。“異世界?”なんだから。交通整理とかちゃんとしてると思うか? 常識の成り立ちからしてまるっと違うかもしれねえじゃん」
『む。一理あります。まさか海斗に正論で返されるとは』
「あぁん? ほざきやがったなーてめえ、コンソール割るぞコラ!」
などと、しょうもないことを言い合っていた時だ。
「――ガアアアアアッ!」
「う、おおっ!?」
ぐおっ、と不意に大きく身を起こしたドラゴンが、勢いそのままエックスに飛びついてきた。
巨体の突撃に踏ん張りが効かず、こちらの機体が大きく傾く。
装甲の前面に前脚を押しつけ、ガギリと爪を立てた赤い巨竜は、さらに大きく翼を広げた。
そして地を蹴り、飛び立った――
構造的に不可能な質量にもかかわらず、だ。
メリメリ、グシャグシャとエックスの両足が地面にこすれて、耕すように土をめくれ上がらせていく。
押し寄せる迫力のせいで勘違いしたが、ドラゴンは空までは飛び上がっていなかった。
だが、刃物のようなかぎ爪で黒い装甲をガリガリと引っ掻きながら、半ばこちらを引きずるようにして滑空している。
要はジャンプして、跳びつきタックルをぶちかましてきたような格好だ。
「こぉ、ンのトカゲェ――!」
機体ごとコックピットも轟音と衝撃にさらされながら、海斗は歯を軋らせて唸った。
エックスの両手を持ち上げ、ドラゴンの首根っこを押さえようとするが、地に足がつかないままではろくに反撃もできない。
そのまま100メートル近く後退させられたあげく、背中から地面に押し倒された。
背面装甲が地面を削り出し、土砂をすり潰しながら畳返しに巻き上げて、木々や岩石の残骸を猛烈に撒き散らす。
激しく鳴動する大地と、エックス本体もまた、悲鳴を上げるように大きく軋み歪んだ。
堅固で分厚い
コックピット内にけたたましい
操縦系にもエラーが発生、出力低下、動力部にダメージ、あと、クオがなにかごちゃごちゃ言っているがやかましすぎていちいち聞き分けていられない――
「調子――こいてん――じゃあ――」
回転するような勢いで激震するコックピットの中で、海斗はきつくレバーを握り直した。
どうやらまだ寝ぼけていたらしい頭に活を入れ、叫ぶ。
「ねえっての、体温調節ド下手くその変温動物がッ!」
握る鉄拳をアッパーカットに打ち上げて、暴れるドラゴンの下顎をぶん殴る。
まともに捉えた。
二本角を生やした頭がぐらりと揺れ、反り返る勢いで跳ね上がり、衝撃でぶち折れた牙の何本かがバラバラと地面にばら撒き散らされた。
ちょうどそのあたりで、森林地に押し倒された勢いが完全に止まった。
ただし、のしかかられた体勢は変わっていないままだ。
海斗は叫んだ。
「クオ、エクスブラスターだ! この冷血野郎の飛びトカゲ、中身までウェルダンの黒焼きにしてやる!」
『――駄目です。出力低下。ブラスター再チャージまで最低3分は必要かと』
「なんだとぉ!? 他に使える武器は――」
『
「てめっ、このポンコツ――なら、ダインスレイヴは!? あれならマニュアル操作でぶん回せるだろっ!」
『背部マウントされていません。探査――周辺にも反応なし。紛失しました』
「おいおいおい、嘘だろ、この土壇場でそんなことあるかぁ!?」
怒鳴り返している間に。
「グルオォォォ――ッ!」
揺れていたドラゴンの瞳が焦点を定め、エックスを睨み下ろした。
さしもの海斗も刹那、戦慄した――その目が、まるでパイロットの海斗自身を見据えたように見えたからだ。
どう考えてもあり得ない、錯覚だ。
だがそれを考えている時間もなかった。
大口を開けたドラゴンが、大顎の鋭い牙をむいてエックスの首に噛みついてきた。
「ぐおっ!?」
危険な攻撃だった。
エックスのコックピットは頭部にあり、頭そのものが丸ごと操縦席だ。
寸胴で半ば埋もれてはいるが、首はエックスの致命的な弱点なのだ。
このドラゴンがそこまで見抜いていたはずはないが、生物が全力で戦うとなれば、首を狙うのは確信めいた本能だろう。
なんであれ、操縦系統の中枢近くに牙を突き立てられて、コックピットには再び警告音と警報の嵐が吹き荒れた。
人間で言えば神経や血管、気道を攻撃されているに等しい。
コンソールにエラーメッセージ、『
いくつかの機器が火を吹き、小さな爆発とともに破片を散らした。
「くそ、このままやられっぱなしかよ!? なにか手はねえのかポンコツ!」
『海斗、残念ながら言っておきますが、クロスカッターパンチも使用できま――』
「ダジャレで言ったわけじゃねえよ! もういい!」
海斗は半ば捨て鉢に叫びながら、エックスの両腕を動かした。
汚らしい唾液をこぼして噛みつきを続けるドラゴンの、その頭部の二本角をがしりと握り込む。
そして。
「――やってやるよ、上等だ! ブラスターにエネルギー回しとけ、きっちり3分だからな! その間はこのわんぱくトカゲはこっちで引き受けてやる!」
『やれるんですか、
「なーめーんーなー? ステゴロ、タイマンは俺の得意分野だぞ。四つ足で這い回ってるだけの爬虫類とは、年季が――」
『飛びますけどね、このドラゴン』
「
互いの身体の隙間に右足を差し込み、そのまま、赤い巨竜を巴投げにして投げ飛ばす!
変則的な形での捨て身技だが、ここではエックスの火事場の馬鹿力が勝った。
というか、無理を押し通したせいで、手足の駆動系がいくらか火花を散らしてイカれたわけだが。
ともかくドラゴンの巨体は派手に宙を舞い、数秒後に地面に激突した。
したたかに蹴り上げて勢いをつけてやったのだ、あの翼を広げたところで受け身を取ることもできず、減速もかなわなかっただろう。
天が落ちてきたような凄まじい轟音と衝撃、大気と大地がビリビリ震え、身悶えするドラゴンの絶叫が、空と雲を衝くほど高らかに割れ響いた。
重しがなくなったところで、海斗もエックスを立ち上がらせた。
首の装甲がいくらか食いちぎられて持っていかれたが、黒鉄の威容はいまだ頼もしく健在だ。
生き残った計器と出力メーターにざっと視線を滑らせても、こいつはやれる、まだまだやれると確信するのみである。
「オラオラどうした飛びトカゲ! 根性見せてみろよ、第2ラウンドだ!」
ガツッと両拳を打ちつけて気合いを改め、煽るように叫んだ。
聞こえるわけがないし、聞こえたところで意味も分からないだろうが。
ズズン、と重い音を響かせて、ドラゴンの長い尾が地面を打った。
身を起こす。
四つ足が再び地を掴んで、獰悪な視線がエックスを、あるいは海斗を見据えて怒りに燃える。
調子出てきたな――と、海斗がひとりでギアを上げていると。
横合いからクオが言ってきた。
冷ややかに、ただし緊張感を漂わせて。
『――いえ。いいえ海斗、絶好調のところに水を差すようで、気は引けるのですが』
「なんだよクオ、今が最高にいいところじゃねえか。
『ちょっと別の意味で
「あん?」
言われ、と同時に正面モニターに端から別の映像が滑り込まされて、見やる。
どうやらドラゴンが今いる足元、その望遠拡大カメラのようだが。
気づいた。そして思い出した。
さっきクオが言っていた、あれがそうだ。
『人里――町です』
「マジかよ……もしかして、俺、やらかしちまった……?」
『不可抗力とはいえ、考えなしに暴れすぎです。
ぐさりと言われるのと同時、町のほうからけたたましく鐘の音が鳴った。
文字通りの警鐘、と言うには遅すぎるが、とにかく避難誘導の類には間違いない。
その音に噛みつくように、手負いのドラゴンが激しく咆哮した。
ゴッ、と振り回した尻尾が町を、その建物を蹴散らすように踏み潰す。
――第2ラウンド。
市街戦に突入だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます