第7話
伊庭の計画は成功した。あき子がイタリアへ出帆予定だった日の翌日の毎日新聞には、藤原の好きな女優髷に髪を結ったあき子の写真入りで、彼女がイタリアへ無事出発したという旨の記事が大きく載っていた。もちろん、毎日新聞社以外の新聞にはあき子出国の記事は掲載されていない。
これで一安心だ、と伊庭は思った。とにかく、あき子は無事に藤原のもとへ出発できた。それに、記者がやや同情的にあき子の身の上を書いてくれていたのも救いだった。
それから二ヶ月が経ち、伊庭のもとにあき子から手紙が届いた。あき子はなんとかイタリアへ辿り着き、ミラノで無事結婚式を挙げたようだった。
しかし、日本国内では、伊庭の想像通り、今や国民的歌手となった藤原と、上流階級のあき子との不倫に、世間は熱狂していた。藤原が日本を不在にしている間にも、メディアでは二人の記事がしょっちゅう取り上げられ、忘れられる気配がない。藤原があき子をミラノへ残し、一人で日本に帰ってきたのは、そんな折だった。
「女性の貞節を踏みにじった藤原を、舞台に出すな!」
藤原の演奏会には、二人の関係に抗議する人々が殺到した。
「良いか、君は裏口からこっそり入るんだ。外のことは私に任せてくれ」
伊庭は藤原を匿うようにして駅から会場まで送ると、自分は会場には入らず、会場を囲むようにしている人々の前に出ていった。
「皆さん、落ち着いてください。あなた方は藤原があき子さんを辱めたと言いますが、果たして本当にそうなのでしょうか? 親に決められた家同士の結婚に、女性の意思は反映されません。藤原とあき子さんは、この封建主義の楔を打ち切ったのです。むしろ、彼らは男女が平等に惹かれ合い、生活を共にする、新時代の鏡ではないでしょうか」
伊庭は、それほど大きくはない声で、しかし堂々とそう語った。伊庭の言葉に、それまで藤原に対する反対の声を出していた群衆は黙り込んだ。
「あなた方にもいずれわかる日がきます。そのときまで、せめてそっと二人を見守ってやってください」
伊庭はそう言って頭を下げると、人々が彼をじっと見つめる中、会場の中へ入っていった。その場に居合わせた人々は誰彼となく顔を見合わせた。抗議をしていた人々ももう何も言わず、静かに会場へと入っていった。
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