第2話 Ship's bottom

登場人物

ボストラ12期新入社員:ジュリア・ピート

ボストラ12期新入社員:ファシテリア・ロングレイア(通称:ファシー)

ボストラ12期新入社員:リジェンヌ・オーフェン


② Ship’s bottom

「ジュリア・ピート、君の試験結果だが」

 会議室にはボストラ12期新入社員が集まっていた。今日は研修最後の試験結果発表日である。この試験結果により、各配属先が決定される。

 ジュリアはごくりと息をのみ、人事の顔を見上げる。ジュリアだけではない。同期のみんながその試験結果に注目していた。

「最下位だよ、最下位。機器設計、軍事戦略、営業話術、どれをとっても適性がない。ダミードールとして我が社に貢献することを期待するよ。なに、心配いらないさ。FASTは大した操縦技術はいらないからね」

 そう告げられた時、会議室ではドッと笑い声が響いた。ジュリアはいたたまれなくなり、自分の試験結果を受け取ると、席に戻り伏せた。

 すると、隣に座っていた女の子がジュリアに近づき、耳打ちをする。

「気にすることないよ。私たちはまだ入社したばかりだ。これから学んでいくこともある」

 彼女の名前はファシテリア。みんなファシーと呼んでいた。


今日の業務時間が終わり、ジュリアは会議室をでた。寮舎に戻る前に1人で散歩に向かった。今はだれとも話したくない気分だったからである。甲板に出ると、潮風が強く吹いている。ジュリアはこの潮風が好きだった。甲板の休憩スペースに向かう。

1人の女性がいた。ベンチに腰掛けて、本を読んでいる。ファシーだ。

「驚いたわ。先客がいるなんて思ってもみなかったから。ファシー、どうしてここに?」

「私は人混みが好きではないからな。それにこの場所はいい。海を見ていられる。ジュリアはどうしたの?」

「今日の試験結果見たでしょ。最悪。あんな会議室にいたくないじゃない。私はもう配達員決定よ」

 ジュリアはおどけた仕草で言って見せた。

「ジュリアは、配達員か。それはいいな」

 ファシーは海を見ながら言う。ジュリアはその発言にムッとした。その様子に気づいたのか、慌てて訂正する。

「すまない、悪い意味で言ったんじゃないんだ。私も配達員を志望する。ジュリアと一緒の職場で働けることがうれしいんだ」

「どうして?ファシーは私たちの中でも上位のほうじゃないか。軍事部だろうとどこにだって行けるでしょ」

 ジュリアは驚いた。船上会社ボストラにおいて、所属する部署がヒエラルキーに直結する。軍事部は社内でもエリートと呼ばれる存在だ。一方、配達員はほぼ使い走りとしての扱いでしかなかった。

 しかし、今度はファシーがムっとして答えた。本を閉じてベンチから立ち上がる。

「何で好き好んで戦争の道具を作らなきゃいけないの?それに私の営業話術の成績はあなたよりも下よ。ううん、そうじゃないわね。私はあの機体『FAST』に乗りたいの。たとえダミードールと呼ばれてもね」

 そう言い残して甲板を去っていった。


 ダミードールとは、配達員の蔑称である。ボストラはもともと自律制御運搬用ドローンを開発していた。この時に配達員が必要なくなるとして、多くのリストラが発生した。しかし環境への適応がうまくできず、開発は断念され、新たに配達員を募集せざる終えなかった。配達員という存在がドローン開発の失敗、経営判断ミスの証であり、快く思わない上層部は多くいた。そんな中でボストラ社長が「配達員は労働者というより、開発のために必要なダミードールである」と揶揄したことがきっかけにこの蔑称が広まった。

その後、開発されたのが半自動制御モデルのFASTである。FASTはFlexible And Semi-automatic Transporterの略であり、高機動、可変式、半自動をモチーフとしている。しかし、装甲が薄く、スピードが速いその機体は、事故があれば操縦者の命はまずないだろう。


「戻ってきたね。まさか落ち込んでたってわけ?」

 寮舎に戻ると、同室のリジェンヌから、からかわれた。

「別に、関係ないでしょ」

 ジュリアはプイと顔をそむけた。

「関係なくはないだろ。今日で研修も最後、明日には配属ごとに寮舎が再割り当てされるんだからさ。最後の夜くらい一緒に過ごしたいじゃないか」

「リジェンヌはいいよね。軍事部に配属でしょ。エリートじゃん。うらやましいわ」

「拗ねるなって。私が言いたいのは、違う配属になっても同期は同期ってわけ。何か困ったことがあったら助けあえたらいいだろ」

「あら、エリート様がダミードールに頼みたいことがあるってわけ?」

「また、時が来たら話すよ。今は、聞いてもくれないだろうしね」

「なんですって!」

 ジュリアは憤って怒鳴り上げる。しかしリジェンヌは飄々と受け流す。

「ハハっ、それじゃあおやすみ、今までありがとね」

 リジェンヌはそう言いながらベッドに入り眠りについた。


 翌朝、配達部には新入生が7人集まっていた。その中にはジュリアとファシーの姿もあった。

「リジェンヌの言っていることは間違ってないと思う」

「えー、そうかな。絶対嫌味だよ」

「リジェンヌにどんな意図があったかは私にもわからない。でも、研修は仕事を覚えるのと同じくらい、同期とコミュニケーションを深めることも大事だ」

「そんなのファシーが一番できていないことじゃん。いっつも1人で行動しててさ。大体ファシーはさあ――」

 ――友達っているの。そう言いかけて言い淀む。いたとしてもいなかったとしても失礼な言い方だったからだ。

「ファシーはさあ、恋人とかいるの」

 慌てて、言い直して、変な質問になる。何を聞いているんだ、私は。

「こ、恋人か。いないけど、急にどうしたんだ」

 慌てて返答してくる。ファシーが慌てた姿を初めて見たかもしれない。ジュリアはそう思った。

「私は、あまり他人に対して強い感情を抱けないんだ。誰かを好きになることは素敵だとは思うが、自分がそう思うことが来るとは想像もできないな」

「えー、そういうタイプの人こそ、好きになった人に尽くして、甘えちゃうんだって。ファシーもきっとそうだよ」

「ハハっ、どうだろうな」

 ファシーは軽く鼻で笑った。


それから3年後――

ファシーは瞬く間に出世して、今では配達員を束ねる配達長になっていた。

ファシーは、マークセル部長と交際して、大いに甘えている。やっぱり人は変わるんだな。ジュリアはそう思った。そして、こいつは変わらないなとも思った。

「久しぶりだな、ジュリア」

「リジェンヌ……」

「ダミードールの仕事はどうだ。退屈だろ」

「また、バカにしに来たわけ?」

「違うって、今日はお前らダミードールに頼みたいことがあるんだって」

 はいはい、と受け流しそうになるが、その時思いだした。前にも似たようなことを話したことがある。そして、そのときはこう言っていた。時が来たら話すと。

ジュリアはリジェンヌに向き直って、唾を飲み込んだ。

「頼みたいことって何?」

 リジェンヌは高笑いをした。そして、笑いが収まった後、ジュリアの耳元に顔を寄せ、こう告げた。

「一緒にこんな会社から逃げないか。集団ストライキするんだよ」

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叛逆のFAST エルサリ @Elsally

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