いじめられっ子と山神の子

【現F冬】

いじめられっ子と山神の子




 冷たい風が頬を撫でる。

 寒く、日没が早いこの時期は皆足早に家路へとつくが、私は一人山へ入った。指定ジャージだけでは寒い。明かりもないし、見付からなかったら早めに諦めて帰ろう。

 足元や枝先など、周囲を見回し草木を分けて山の奥へ。

「探し物?」

 凜とした声に、顔を上げる。

 いつの間に現れたのだろう。背中まである長い髪を風に遊ばせて立つ彼女に、不思議と視線が引き付けられた。長い睫毛で縁取られた目に見詰められる。

「ねえ、聞いてる?」

「……美少女じゃん」

「は?」

「え?」

 沈黙の後、呆れた表情で彼女は言った。

「私が美少女って? 当たり前じゃない」

 その自信はどこから来ているのか。きっと普段から色んな人に可愛がられているのだろう。いいなぁ。

「こっちの質問に答えなさいよ。何か探してるんでしょ」

「はあ、まあ……制服を」

「……せいふく」

「はい。黒地に二本の赤ラインのセーラー服、なん、です、が……あの、すみません。見つかりました」

 見覚えのあるのは同じ学校なら同じ制服だから仕方ないとしても、袖の同じ所に記憶と全く同じ絵の具の汚れを見付けた。縫い付けられた名札は《辻久トメ》。私の名前だ。

「ふぅん。古風な名前ね」

「そのせいで散々弄られるネタになってるんだけどね」

「人の名前笑うなんてろくな奴じゃないわね」

 言いながら彼女はおもむろにセーラー服を脱ぎ出した。その行動に違和感を与えないほど自然に、堂々と。

「ちょっ何して……!」

「え、だってあなたのでしょ? 返すわ」

「今冬! 外!」

「平気よ。はい」

 セーラー服を押し付けるように返して、ほぼ下着状態になった彼女は「早く帰りなさい」と言った。

 返して貰っておいて何だけど、あなたは早く服着なさい。


 そんな、時間にして十数分の小さな出会い。

 別れ際に彼女は言った。

「その服、皆が着てたから、少し……憧れだったのよ。ありがとう。

 何か困ったらここに来て。呼んでくれたらすぐに来るから」

 制服を着られたことが嬉しかったらしい。微笑むその足元には小さな祠。呼び鈴でもついているのだろうか。

「何て呼べば良いですか」

「夏子。敬語も要らないわ」


 空が夜に塗り替えられていくにつれ、町に灯が点る。

 あれは、新しい友人が出来たと考えて良いのかな。そう思うと家に向かう足取りが軽くなった。



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