船長王都へ行く
歌の得意な旅人を乗せた船は、商船に扮装して王都最寄りの港――より少し外れた所に停泊している。
商船に扮していると言ったが、実際髑髏マークの旗が無ければ商船と間違えられるような船だ。
海賊らしい衣装に身を包んだ少年が、旅人と共に陸に降り立つ。
「楽しかったよ。俺たちの仲間になってほしいくらい」
「ボクも楽しかった。けど、仲間には入らないよ」
笑顔で断り船員に別れを告げると、旅人は歩き出す。数メートル進み、止まって、振り返る。
ぴったりと距離を保って船長がついてきていた。
「……えっと~……何してるの?」
「俺も行くよ、王都まで」
きっとまた航海士になにも言わずの勝手な行動だろう。
「船が心配じゃないの?」
「うちの船員を甘くみるなよ!」
甘くみている訳ではないけれどと言いかけて止めた。このままでは終わりがなさそうな争いになりそうな気がして。
* * *
黙々と歩くうちに目に見えて船長の元気が無くなっていくのが分かる。普段戦うことのない小さな海賊船の長は陸地を歩き続けるには向いていないのかもしれない。
旅人は軽くなった水筒――無くなった中身はほとんど船長の腹の中――を船長に渡した。
「ほら、もう見えてるんだからがんばれ~」
なんだったら放置することも出来るが、そんなことしたらあっさり捕まりそうだと思った。旅人ではなく船長が……。
「仮にも海賊な訳だし、もう少し体力つけたら?」
「ふっ…俺の全力を見せてやる!」
言うが早いか、船長は街と外を隔てる門の前まで走った。案外速い。そして案の定呼び止められた。
「なんていうか……楽しい人だよね~」
旅人の言葉に、成り行きを見守っていた黒猫が呆れたように応えた。
その夜、店主より閑古鳥が働き者の古本屋には珍しく来客があった。とは言っても、たどり着いたのは偶然。つまり迷子だ。
妙に立派な服を着た彼は、船長と名乗った。
「うちは宿屋じゃないんだけどね」
しかし捨てられそうな本と困っている人は見捨てられないと、店主ラジストは船長に部屋をひとつ貸すことにした。
「仲間が探しに来るなら下手に動かない方が良いですよ。この街は本当に迷路みたいですから」
「店長さん優しいー」
「ラジストでいいすよ」
船長は嬉しそうに笑う。
話を聞けば、彼は海賊なのだとか。しかしそんな雰囲気は皆無で、ともすれば頭の周囲にデフォルメされた花が浮いているような印象を受ける。
無断外出する船長――船員達は苦労してそうだと苦笑いして、家の二階へ案内した。
周囲を見回していた船長が「広い店だね」と言ったがそれは間違いで、ただ単に店と家の境無く本が溢れているだけだ。
廊下は扉の前にまで本が積まれている状態で、その中でも比較的片付いて居る扉の部屋は普段から使っている場所なのだろう。
「――で、今夜貴方にお貸しするのはあちらの……船長さん!?」
ラジストが少し目を離した隙に、船長は案内された部屋とは別の扉を潜っていた。
本が溢れる部屋、日焼けしないように閉じられたカーテン。唯一家具として機能しているらしいソファーには、誰かが毛布に包まって横たわっていた。
「船長さん、そっちじゃないですっ」
起こさないように配慮してか、小声で呼び戻そうとするラジストに船長は尋ねた。
「家族?」
「いいえ」
「恋人?」
「……いいえ」
「ていうか、人?」
「人ですよっ」
何なんだその質問はと思いつつ、手を捕まえて連れ出そうとしたが、船長はあっさり部屋の奥へ。
「ちょっ……!」
それ以上近づかないでと制止しきる前に、船長の目の前で風を切る音がした。
無音の中、むくりとソファーから起き上がる毛布の塊。宙を睨む目は明らかに不機嫌だ。
「お、はよう~……」
「とっくに夜ですよ」
不機嫌な視線がゆっくりと船長に向けられる。手にはナイフ。さっき風を切る音がしたのはこれらしい。
立ち上がると肩から滑り落ちた毛布。
「……お前か」
「っ!」
身の危険を察知した船長は、扉から中を覗いていたラジストを連れて逃げ出した。
「アル君は寝てる時に知らない気配が近付くと防衛本能でああなるんだよ」
「なにそれっ先に言ってよ!」
「君が聞かなかったんだよ……。
で、どうするの? このままこの街中を逃げても、アル君に捕まっちゃうよ」
「うーん……じゃ、ユイの所に行こう! ユイならきっと何とかしてくれるよ!」
男二人駆ける夜。
「ところで、いきなり口調崩れたね」
「船長君に敬語は必要無いと判断したからね」
夜の街に足音が響く。近所迷惑だとかそんなことは言っていられない。
「なぜならっ止まれば命の保証はないから――痛いっ」
「黙って走ってくれるかな?」
船長にツッコミや注意をしつつ、寝起きで不機嫌なアルから逃走中。背後の足音はつかず離れずだ。起きぬけで全力が出せていないのか、立ち止まりさえしなければまだ捕まりそうにはない。
「黙ってれば美人そうなのにっ、もうちょっと髪伸ばして整えたらそれなりによさ気なのにっ、ねぇそー思わない!?」
「……えー。黙るかもう少し声のボリューム落としてくれないかな」
いくら寝起きに機嫌が悪くても、走っている内に目が覚めてくる。それでもアルが二人を追い回しているのは、さっきから船長が地雷を踏みまくっているからだった。
「本当に……狙ってるとしか思えないような、精密さだよ……」
「何が?」
地雷を踏みまくっている本人に自覚と悪気が無いのが余計に厄介だ。
細い道に入ったり広い道に出たりを繰り返していると、船長が前方に手を振りながら声を上げた。
「ユーイ!」
声に反応して振り返るなり、黒髪の青年・ユイは船長を叱り付けた。が、セリフが長くなるので割愛させていただきます。
「彼は船長君の仲間……だね?」
「そう! うちの航海士だよ!」
「……なんで追われてるんですか」
声をかけて駆け寄ってきたくせに止まらなかった船長について、追われている理由を知らないユイは問う。傍目から見れば奇妙な光景の原因は予想を外すことなく眼帯の少年だった。
「勝手に船を離れて、人様に迷惑をかけて……」
また説教が始まるのを恐れた船長は通りの角を指し示した。
「こっち曲がるよ!」
「あっ、その道は……」
船長が選んだ道は行き止まりだった。壁に囲まれて聞いたのは、ラジストのため息と、そのさらに後ろの足音が速度を緩める音。
振り向くと、背に外灯の光を受けながら不敵に笑うアルがいる。赤紫色の目には殺気、右手が握るのは剣の柄。
「覚悟は出来たか」
抜刀。
しかし切っ先は何にも触れず、動きを止めた。
男三人――主に船長――を護るように立ちはだかったのは、ふわふわ春色髪の少女。アルに突き付ける武器は、物干し竿。
「私の船長に何するのよ!」
「何って……」
「むしろ怒らせる事した船長が悪い」
「ちょっと、ユイ!?」
庇う気も無い発言をしたユイの隣では、ラジストが大きく頷いている。
そのやり取りを見ていたせいか、怒る気が失せたアルは剣を収めた。
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:と、半端ですがここまで。
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