耳元で囁いた/アペリ

「ナナ!」

 名前を呼ばれ、振り向くと視界いっぱいの笑顔。身体にかかる重みと温かさ。

「えっと……アペリ、さん?」

「そう、僕だよ」

 抱きしめるというより締め上げる腕から解放された私は改めて相手を見た。

 明るい茶色の髪には相変わらずヘアピンが留まっていて、緑の目は再会の喜びに輝いている。

「……どうしてここに?」

「ちょっと禍根を消しに」

 とても軽い調子で言う為、「禍根」の意味は何だったか頭の中で辞書を引き直してしまった。


 かこん【禍根】――わざわいの起こるもと。


 「消すっていうか、回収だね」と笑いながら言うアペリに尋ねてみる。

「何かしたの?」

「なーんにも?」

 アペリは嘘の笑顔でごまかした。隠す気がない嘘をつくくらいなら、本当のことを話してくれてもいいのにと思う。

「知りたかったら来ればいいよ」

 そう言ったアペリはゆっくりと私に近付いて、耳打ちした。

「他人の代わりに呪いを受ける覚悟があるならね」

 ざわり。腕や背中がざわついた。

 「なんてね」といつものように笑うアペリを見ても、まだ真偽を推し量れずにいた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る