ファントム・ラブ/HSA

 都会の一画、薄暗い部屋で、煌々と輝きを放つ画面から歓声が聞こえる。その賑やかさに何気なく振り向くと、沢山の照明に照らされたステージの上、華やかな衣装を身に纏った四人が映っている。今話題急上昇中のアイドルグループらしい。

 華やかな舞台で、いいわね。と、手元に視線を戻そうとした時、画面にアップで映し出されたメンバーの一人に釘付けになった。

「え……」

 新曲の宣伝が終わると共に、画面はビールのCMに切り替わってしまった。

 手元の端末で急いで検索をかける。

「HSA──表情筋死んでる系アイドル……?」

 紅く彩られた指先が素早く画面の上を滑っていく。

 メンバー紹介から、目的の人物の情報を見つけた。

「シュク……いいえ、あの子は──」



 * * * * * *


 新曲発表の放映から数週間後、別の番組の収録控え室──スタッフに呼ばれて退室するシュクを目線だけで見送りながら差し入れのお菓子に手を伸ばす。珍しくレイがシュクを気に掛けていることに気付いたアルが問いかける。

「どうした?」

 レイはなんでもないと言いかけて、少し考え直したのか、手にした栗饅頭を口に放り込んでから「最近のシュク、ちょっと変じゃないか?」と自身の中で引っかかっている部分を言語化した。

 その一言に、台本のチェックをしていたアルと斑が手を止めて顔を見合わせる。

「そこまで気にしてなかったけど……マダラはどう思う?」

「健康体ではあると思う」

 話を振られた斑は興味なさげに応えた。

 基本的にメンバー同士、お互いのプライベートな部分には干渉しない。悩みがあっても本人が言い出すまで詮索しないでいるが、レイから見た最近のシュクはいつもと様子が違うようだ。

「まあ、助けが必要なら本人から話すだろ」

「本当にそれでいいの?」

 突然三人の会話に乱入した聞き慣れない声。いや、聞き慣れてはいる。何故なら新譜が発表される度に街中でその歌声が流されるからだ。

 アルが声のした方を見る。

「いつの間に……ってか、ここは俺たちHSAの控え室なんだが?」

 ノックも扉の開閉音も聞こえなかったが、鏡の前で衣装チェックをするアペリがいた。

 くるりと一回転してよしよしと一人頷いている。

「いやぁ、たまたま話が聞こえてきてね。

 ──ねぇ知ってる? HSAのシュクたんには、熱烈なファンが付き纏ってるらしいよ」

 何かのモノマネか、ワントーン高い声でそう言ったアペリは首を傾げたまま目線だけでぐるりと三人の様子を見る。

「付き纏いなら今までもあったし、シュクも対応分かってるだろ」

「今回は母親を自称しているらしいよ」

「は?」

 ちょうどその時、ノックと共にシュクが戻ってきた。

「あ、おかえり〜。じゃあボクはもうすぐ本番だから、ばいば〜い」

 入れ替わるようにひらひらと手を振って退室していくアペリ。

 つられて手を振っていたシュクが振り返る。

「さ、ボク達も準備しよう!」

 確かにいつも通り振る舞おうとしているが、さっきの話を聞いた後ではやはり気になってしまう。

「シュクの母親を自称する人が現れたって聞いたけど──」

「あれは違う」

 食い気味に冷たい声音で否定する様子に、レイと斑が視線を交わした。



 * * * * * *


 その日の収録が終わり帰路につこうとする四人の前に、一人の女性が現れた。

 制止する警備員を振り切って、真っ直ぐ向かってくる。爛々と輝く瞳はまるで獲物を見つけた獣のようだ。

「ああ、ヨハン。やっと会えた! さあ、我が家へ帰りましょう」

 周りの人間には目もくれず、ツカツカと早足で近付くとシュクの手を取ろうとした。しかし、シュクはするりと逃れて彼女の手より距離をとる。

「どうしたの? ほら、こちらに──ちょっと!邪魔しないでよ!」

 再び警備員に取り押さえられながらもシュクに向かって手を伸ばす女性に、アルすら見たこともない冷ややかな視線と声色でシュクは言い放った。

「要らないって言ったのはそっちだよ。ボクが幼かったから覚えてないと思った? 感動の再会を思い描いていた? 都合の良すぎる頭だね」

 可愛らしい口から淡々と研ぎ済まされた鋭い言葉の刃が繰り出され、女性の耳へ、脳へ、心へ、容赦無く突き刺さる。

「今のボクには仲間がいる。居場所がある。お前は、要らない」

「な、にを……」

 突き放す言い方に放心して大人しくなるかと思いきや、女性は激昂した。聞くに堪えない罵詈雑言と支離滅裂な言葉を並べ立て、捲し立てる。

 真正面から言葉の暴力を浴びているはずのシュクは顔色一つ変えず、レイも斑もめんどくさそうに溜め息を吐き、アルはどのタイミングでこいつを黙らせようかと考えている。女性を取り押さえている警備員のおじさんが一番泣きそうな顔をしていた。

「あんたなんか──……っ!?」

 一瞬視界が暗くなったかと思えば、さっきまでけたたましく罵っていた女の口から言葉が消えていた。

「他の家庭の事は知らないし、興味も無いけどさ、仲間に危害加えようとする奴は気に入らないんだわ」

 一歩、二歩と、斑が近付いて、手の内にある小さなパーツを声を失った女に見せつける。

「二度とうちのメンバーに関わるな」 

 再び一瞬の停電の後、青ざめた女性は脱兎の如く闇夜へと消えた。




 * * * * * *



 今日も平和な街に歌が流れる。

「それでは聞いてください。ボクたちHSAの新曲、『ファントム・ラブ』!」






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