道化と雑用

1 『道化師が泣いた』




 借り物のだぶだぶの服。左目の下に涙のメイク。胡桃色の髪をした少年は、おどけた仕種で舞台へ上がる。

 飛んで跳ねてパントマイム。様々な音色の楽器、魔法のような手品。

 少年が動けば会場が花を咲かせる。


 道化の少年は喋らない。

 舞台の上でも、役者小屋でも。誰も彼の声を聞いた者はいない。理由を知る者もいない。

 公演の無いときは、いつも独りで空を見上げていた。


 パントマイムは上手いくせに、運動神経は並以下だった。

 楽器を奏でるのは得意なくせに、声を出すことは決してなかった。

 人に笑顔を咲かせるのが得意なくせに、外で見かけるといつも寂しそうに笑う。

 お前は一体何なんだ。問われても首を傾げるだけ。

 貼り付けた笑顔で。泣きそうな瞳で。


『にんぎょひめってしってる?』

 少年は有名な童話を話題に取り上げた。それを知っているかと、たどたどしい文字で聞く。

 もちろん知っている。答えると、緑の目が笑った。

『こえをとられたからしゃべれない』

 それが少年の答え。信じなかったけど。だって人魚も魔法使いも作り話だ。少年だって「人魚姫」な訳ないだろ。

『そうだね ぼくはにんぎょひめじゃない』

 ペンと紙を押し付けて、少年は立ち上がる。

 ぴょこっと跳ねておどけて見せて、役者小屋まで跳ねて行った。


 借り物のだぶだぶの服。左目の下に涙のメイク。胡桃色の髪をした少年は、おどけた仕種で舞台へ上がる。

 飛んで跳ねてパントマイム。様々な音色の楽器、魔法のような手品。

 少年が動けば会場が花を咲かせる。


 だけど少年は喋らない。心の内を明かさない。

 あの夜聞いた啜り声。途切れ途切れの哀しい歌を、私は誰にも話さない。



********************


2 『信じて欲しくて言ったんじゃないんだ』



 まるで呪いだ。人の前に出ると、声が出なくなる。喉が詰まる。

 気持ちを伝えるのは表情、パントマイム、音楽。文字は……知らない。

 雑用係の彼がよくこちらを見ているのは知っていた。何度か話し掛けられもした。だけど声が出ない。

 衣裳もメイクも無い、本当の自分で本音を言えたら良いのに。苦しさを隠すために道化の少年はおどけて見せる。


 声は出ないけど、伝える方法はひとつじゃない。


 少年は独学で学んだ文字を使ってみた。雑用係の彼からしっかりした反応があった。

 よかった。通じた。

 伝わる事の喜び。

 しかし声の出ない説明は難しい。確か人魚姫は――


『こえをとられたからしゃべれない』


 紙の端に小さく書いた呟きに、雑用係の彼が反応した。

 そうだねと、少年は返す。貼り付けた、寂しい笑顔で。

 ぴょこっと跳ねておどけて見せて、役者小屋まで跳ねて行った。彼に気持ちを悟られないように。


 ああ、もう。信じてほしくて言ったんじゃないんだ。次に繋げる為の呟きだった。それを彼は読んでしまった。それだけのこと。

 それだけのこと、なのに。

 零れる涙。慰めるのは故郷の歌。

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