第16話 ブルアンへの追求

 外に出ると、訓練場から大きな掛け声が響いてきた。

 朝とは違う勢いのある声は、人が変わったのか指導者が変わったのか。

 迷うことなくたどり着くと、新米とは顔つきからして違う騎士たちが剣を振っていた。


「全員、止めっ!!」


 鋭い声に従い、一糸乱れぬ動きで静止する騎士たち。

 帝国騎士団の名に相応しい迫力に、思わず私も背筋を伸ばしていた。

 続く指示によると、昼休憩に入るらしい。

 汗を拭きながら食堂に向かう人波に逆らい、残った指導者のもとへ向かった。


「ブルアン副団長、少しいいですか?」


 ブルアンは私たちの姿を目にすると、話していた騎士たちに退席を促した。

 すれ違う騎士たちは、紅玉を持つ私たちに敬意と畏怖をにじませている。

 けれどブルアンに心配そうな目を向けてもいるから、やっぱり慕われているのだろう。

 そんな部下たちを見送ったあと、ブルアンは私たちに向き直った。


「かまわん。汚れたままなのは容赦してもらいたいがな」


「もちろん。お勤め、ご苦労さまです」


 口先だけの命令ではなく、自らも身体を動かす方針らしい。

 砂埃で汚れた顔を布で拭い、水瓶からすくった桶にそのまま口をつけた。

 事件当日、国境付近まで遠征をしていたブルアンに犯行は不可能だ。

 だとしても、タレイアの話を聞いたら無視するわけにもいかない。

 けれど、どうやって話を切り出すのだろう。

 共犯関係だとしたら、ここで直接的な話をするのは避けるべきだろうし……。


「ブルアン副団長は、ルーヴ書記官とどのような関係で?」


 私の思考を砕くように、兄様はあっさりと問いかけた。

 ブルアンもさぞ警戒するだろうと目を向けると、予想と違う顔をしていた。


「あの子が疑われているのか!?」


 驚きに満ちた顔は、先程の威厳ある指導者のものではない。

 感情をそのまま表す様子は、上に立つ者として不向きではないか。

 無駄な心配をしてしまうけれど、兄様が気になったのはそこではないらしい。


「あの子、ですか」


 含みをもたせた呟きにブルアンは顔をしかめた。

 ずいぶんと素直な人だ。

 嘘をつけない体質なのかもしれないけれど、これほど都合のいいこともない。

 それは本人も自覚はしているようで、すぐに肩を丸く落とした。


「もしよかったら、教えてもらいたいんですがね」


「俺もあの子もやましいことはない。隠し立てするようなことでもない」


 白髪の交じった頭を振りながら、深いため息をつく。

 正直、もっと粘られるかと思ったのに。

 ブルアンは潔い言葉のあと、布を放って遠くの塀に視線を向けた。

 その先にあるものはなんなのか。

 地理を思い浮かべると、その方向には地方都市があることに気付いた。


「クリシュナさん、だったか。これから話すことは、無闇に広めないでもらえるか」


「事件に無関係なことだったらわざわざ口にしませんよ」


 つまり、関係があれば言ってしまうということだ。

 嘘になるかもしれない約束をしないのは、兄様なりの誠意なのか。

 ブルアンも同じように受け取ったのか、薄い苦笑を浮かべていた。


「一人で路上生活をしていたあの子を見つけ、孤児院に連れて行った。ただそれだけだ」


 一息で済んだ話は、表情に見合った苦いものだった。

 帝都ですら存在する路上生活者が、地方都市でいないはずもない。

 子どもとなったらなおさらだろう。

 珍しくもなんともない関係だけれど、本当にそれだけなのだろうか。

 タレイアの言い方になんとなく引っかかりを感じ、続く兄様の言葉を待った。


「本当に?」


 端的な問いかけに、ブルアンは深く頷いた。

 けれど、ブルアンの存在が故にルーヴは入団したという。

 それほどまでに、路上生活からすくい上げてくれた相手に感謝していたのだろうか。

 分からない。

 私は路上で生活などしたこともなく、そもそも決められた場所からでたことすらない。

 外の世界を知識でしか取り込めない私が、ルーヴの気持ちを推し量ることなどできるだろうか。

 そんな不安の中、兄様が小首を傾げた。


「ルーヴ書記官は、あなたの存在を追って騎士団に入ったそうですね。

 たった一回助けた程度で、その後の人生を捧げたということですか?」


「騎士団は広く人員の募集をしている。誰だって一度は考え……」


「ルーヴ書記官はずいぶんと華奢な体付きをしていますよね。

 だったら、教会の修道士として働くほうが自然だとは思いませんか?」


「それは……」


「それでも騎士団に入団した。それはたった一回の出会いで決意できるものですか?」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 確かに、ルーヴの体格だったら修道服を着て畑仕事をしているほうが自然だ。

 教会も信者という働き手を求め、広く雇用を受け付けているのだから。

 騎士団と違って女社会だろうけれど、男性だって普通に存在する。

 どこかしらの教会に配属されることも可能だったはずだ。

 それでも不向きな騎士団を選んだということは、それなりの事情があるはずだ。

 兄様と私の視線を受けたブルアンは、細く長く息を吐いた。


「何度か……孤児院に顔を出したくらいだ。

 併設された修道院に多少のお布施はしておいたが、大した額じゃない。

 それで恩を感じたとしたら、あの子が真面目すぎるからだろう」


 観念したように頭を振り、丸まった肩をさらに落とした。

 孤児院と修道院は切っても切れない関係だ。

 ルーヴの礼儀作法は大したものだったが、きっと熱心なシスターでも居たのだろう。

 読み書きができるだけで平均以上なのだから、ルーヴの入団に十分な効果を与えたに違いない。


「入団に際しては、何か手助けしなかったんですか?」


「何も。むしろ、入団したことすら知らなかったんだ。

 せめて事前に相談に乗れればよかったんだがな……弱音を吐かれることもなかった」

 

 弱々しい口調は、もしかしたら寂しさの現れなのかもしれない。

 資料によると、二人の年齢差は三十以上あるらしい。

 となると、親心のようなものでも生まれたのだろうか。


「ブルアン副団長、ご結婚は?」


 私の疑問を読み取ったように、兄様はブルアンの手元に目を向けた。

 その手に装飾品は見当たらず、ゴツゴツとした指が握りしめられているだけだ。


「馬鹿をいえ。そんなもん、一度だって縁があったこともない」


 ブルアンはさもおかしいと言いたげに歯を見せた。

 副団長という立場は、配偶者として問題ないように思うのだけれど。

 とはいえ、世間一般の結婚感などまるで分からない。

 そんな私たちを見て、ブルアンは荒れた手の平に目を落とした。


「戦いばかりの生活じゃ、洒落たこともしたことがなくてな。

 たまたま女と顔を合わせても、気の利いたこと一つ言うこともできねぇ。

 その上、老いた両親が裏町で貧乏職人をやってんだ。

 そんな野郎に嫁ぐ変わり者なんざ、居るわけないだろうよ」


 乾いた笑いは本心なのか。

 まるで自らを見下すような発言に、どこか捨て鉢な雰囲気を感じてしまう。

 レオーネのような圧倒的な権力か、ゾロのような貴族的な家柄か。

 どちらかでもあれば、ブルアンの考えは変わっていたのかもしれない。

 憐憫を抱くのは失礼だろう。

 気持ちを事件に向け直していると、兄様も直接的な聴取に戻った。


「現場不在証明があるのに、ゾロ騎士長はブルアン副団長の名前を載せました。

 強い動機があるかと思いますが、教えてもらえますか?」


「誰だって知ってることだ。隠す気なんてさらさらないな」


 そう言って、ブルアンは淡々と動機について語りだした。

 前にも聞いたとおり、ブルアンとレオーネは先輩後輩の関係だったらしい。

 先に出世したのはブルアンで、年齢や所属年数を考えて妥当なものだったそうだ。

 けれど、レオーネはそれを許せなかった。

 たった数年の差で、圧倒的に立場が変わることに納得ができなかったのだ。

 ありとあらゆる策を巡らせて上官の評価を集め、三年前。

 妥当と思われたブルアンを押しのけて、団長の座を手に入れたのだという。


「あくどい手を使ったなんて噂をする奴はいたが、あいつのやる気は本物だったからな。

 別に俺は偉くならなくていい。意欲のある奴が上に立てばいいと思っていたんだ」


「過去形、ですね」


「容赦ねぇな、あんた」


「これも仕事なんですよ」


 二人は薄い笑みを交わし、ブルアンはさらに続けた。


「団長になってから、あいつは変わった。

 自分に媚びる奴らをはべらせて、気に食わないやつは何をしても潰す。

 団員を駒としてしか扱わない、そんな傲慢な支配を始めたんだ」


 遠い視線での話に、イグナスも同じようなことを言っていたことを思い出した。

 きっと二人は、計略渦巻く環境に順応できないのだろう。

 かといって離れることも出来ず、ただ状況に飲み込まれる。

 どこの世界も同じものだと思っていると、ブルアンの口調が苦々しく、途切れがちなものに変わった。


「俺は仮にも副団長だから、あいつも簡単には切り捨てらんなかったんだろうな。

 その代わりに……まぁ、いろいろやってくれたよ」


 立場が逆転したというのに、レオーネはブルアンを認められなかったらしい。

 もはや逆恨みでしかない感情を理由に、レオーネはブルアンを貶め続けたそうだ。

 親しくなった部下は残らず排除され、騎士団内で孤立させる。

 幼稚な嫌がらせは延々と続いたようだから、ブルアンの精神は着々と蝕まれていたのだろう。

 力のない表情も無理はない。


「部下が理不尽な目に会ってんのに、俺は何も出来なかった。

 それでも慕ってくれる奴らはいたってのに……情けない。

 せめてあいつに目をつけられないよう、距離を置くくらいしか思いつかなかったんだ」


 自分への被害よりも周りのことを気にする姿は、気弱さなのか優しさなのか分からない。

 けれど、実際に人望があるのはブルアンだったのだろう。

 騎士たちに囲まれていた姿を思えば、そう考えて当然のものだった。


「それでは、ブルアン副団長はレオーネ団長に何かされたことはないと?」


「直接はないな……あ、いや」


 ふと思い出したような言葉に、兄様の目が一瞬鋭くなる。

 ブルアンは気づかなかったようで、ふと自分の右肩に目を落とした。


「肩を、な……いつも叩かれてたんだ。左手で、右肩を。

 背後から来て、警戒するさまが面白かったんだろう。それがなくなるのは、正直ほっとしてる」


 騎士にとって、利き腕は特に大事なものだろう。

 それをからかい目的で触れられていたのだとしたら、確かに重荷になっていたのだろう。

 排除できないならと、小さな嫌がらせで追い詰めることを考えたのかもしれない。

 なんて幼稚なことか。

 そんな人物が最高責任者になれるだなんて、帝国の三大勢力の名が廃るというものだ。

 責任者たるもの、手本になれる存在でないといけない。

 誰よりも優秀で有能な兄様を見上げると、なぜか口角が下がっているように見えた。


「偉くなんてならなくていいと言いましたが……それは、本心ですか?」


 どこか労うような声色に、ブルアンは僅かに眉根を落とした。

 けれどそれも一時のことで、すぐに気弱そうな顔に戻った。


「ああ、本当だ」


 ブルアンはそう答え、肩を丸めて私たちに背を向けた。

 もう話は終わりということか。

 現場不在証明のあるブルアンに聞くことはそうないだろう。

 そう思っていたけれど、兄様は最後にと言いながらもう一つだけ問いかけた。


「ルーヴ書記官を連れて行った孤児院。名前を聞かせてもらえますか?」


「……必要があるか?」


「言えないのなら結構です。本人に聞くなり、諜報部門に探らせるなり、方法はありますからね」


 そこまでして聞く必要があるということなのか。

 どこの孤児院から来たかなんて、大した話でもないだろうに。

 なのに兄様は、そしてブルアンも、なぜか危うい扱いをしている。

 私の疑問が目に映ったのか、ブルアンははっとしたように目を開き、僅かに息を呑んだ。

 そうして口に出した名前は、私に僅かな衝撃を与えるものだった。


 ブルアンが去ったあと。

 土埃の治まった訓練場には、兄様と私しか居なかった。


「兄様……」


 腕を組んで空を見上げていた兄様は、小さな囁きにも気付いてくれた。

 骨ばった大きな手で私の頭を撫で、眼帯にそっと指を滑らせる。

 隠されていない目で見つめると、兄様は小さく息を吐いた。


「お前が行くはずだった場所だよ」


 先程ブルアンの口から出てきたのは、本来私が送られるはずの修道院の名前だった。

 教会の中でも高名で、いわゆる、やんごとなき立場の者が入る場所だ。

 模範的で、慈愛に溢れ、清らかな淑女が敬虔な信者になるための場所。

 そんな修道院に併設されているなら、孤児院としては最上流の場所に違いない。

 きっとお布施も大した額では済まないのではないか。

 それほどまでに、ブルアンはルーヴを大切にしていたのだろう。

 そう考えれば、ルーヴがブルアンに抱く感謝の念も納得できる。


「私は……行かなくてよかったです」


 私が居たい場所は、清廉で安全な箱庭の中ではない。

 血に塗れ、悪意に満ちていようとも、兄様の隣に居たいのだ。

 そのための苦労はもう忘れた。

 兄様と一緒にいられる喜びに比べたら、てんで些細なものなのだから。

 冷たく乾いた手に触れていると、ふと頭をよぎるものがあった。

 兄妹の私たちと、親子のようなブルアンとルーヴの関係は、似ているのではないだろうか。

 もしも兄様の頼みならば、私はなんだってするだろう。

 それはルーヴも同じなのでは……。

 タレイアに言われた考えを反芻していると、また別の考えが割り込んでくる。

 それを言ってしまえば、ゾロとポルクにだって関係がある。

 貴族的な馴れ合いならば、そっちだって手助けをすることがあるだろう。

 隠れた関係を知ったところで決定的なことにはならないのだ。

 実にならない考えにがっかりしながらも、頬に触れる体温に癒やされていった。

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