第5話 ゾロの聴取
「これはこれは! 調査官殿に監視官殿! 首尾はいかがですかな?」
長い道のりを経てたどり着いた部屋は、暖炉の炎で温かかった。
先程の応接室とは違い、ここはゾロの執務室なのだろう。
壁には一面の本棚があるものの、所々空いている場所がある。
書類の詰まった箱が床に置かれていることから、もしかしたら整理整頓は苦手なのかもしれない。
ゾロは仰々しいほどに細工の施された机から腰を上げ、私たちをソファへ招いた。
「遺体の確認は済ませました。次は状況について詳しく聞かせてもらえますか」
案内役のルーヴは部屋の外で控えているようで、ここには三人しか居ない。
だというのに、ゾロはぐっと首を伸ばし、声を潜めて囁いた。
「やはり、外部犯でしょう?」
「それはまだ」
あっさりとした兄様の答えに、ゾロは気が削がれたらしい。
演技臭い仕草はやめ、今度は大仰にソファへ背中を預けた。
「調査官殿。慎重なのは分かりますがな、無駄に長引かせるのはよろしくない」
「無駄、とは?」
「内部犯なわけがないからですよ!
騎士団長という特別な立場のお方だから貴方がたをお呼びしましたがね。
本来でしたら騎士団の中で十分解決できるものなのです。
犯人は偶然居合わせてしまった外部犯。それで決まりでしょう!」
唾を飛ばしそうな勢いに、私は思わず身体をそらしてしまう。
けれど兄様は迷惑そうな表情すら浮かべず、ゾロに向かって静かに口を開いた。
「ゾロ騎士長は、この事件をどうお考えで?」
「なに、簡単な話ですよ!
犯人は無断で儀礼室に入り込み、偶然通りかかったレオーネ殿に発見された。
慌てた犯人は壁に飾られた宝剣ですきを突いて殺害。
過剰に武器が使われたのは、死んでいないことを恐れたためでしょう!」
推理とも言えない話にため息が出そうだ。
私ですらそう思うのだから、百戦錬磨の兄様はうんざりしているのではないか。
そう思って隣を見上げると、兄様は抑揚のない声を発した。
「遺体発見の状況は、先程の話で変わりないですか?」
早朝四時。
儀礼室の鐘の音に異常を感じ、書記官たちと確認に向かった。
鍵はかかっており、持参した鍵で開けるとそこには磔にされたレオーネが居た。
兄様がすらすらと確認し、ゾロは不満そうに頷く。
「外部犯だというなら、なぜ鐘を鳴らし、鍵をかけたのでしょう?
どちらもしなければ、外部犯の可能性を捨てきれなかったのに」
「そんなことは知りませんな。おおかた、鍵は動揺から。鐘は自己顕示欲でしょう。
帝国に名だたる騎士団長殿を殺害せしめたのですからな!」
筋が通っていないにもほどがある。
どうしてゾロは、そこまでして外部犯にしたいのだろう。
内部犯であることが、そこまでに都合が悪いのだろうか。
それとも、ゾロ自身が罪を犯したから、とか……?
思いもよらない想像が膨らむ中、兄様はふっと小さく息を吐いた。
「騎士団内部から犯罪者を出したくないのは分かりますが、それは僕らに関係ありませんよ」
「そ、そのようなことはありません! 事件解決は重要なことですからな!」
見るからに動揺するゾロを見て、そういうことかと腑に落ちる。
ゾロは騎士団の中でも上位に立つ者で、もしも身内から犯罪者が出れば責任問題だ。
けれどそれを理由に捜査妨害をされるのは困る。
罪は暴くもので、裁かれるものだ。
きっと兄様もそう言うだろう……と、思っていたのだけれど。
「ご心配には及びません。犯人を見つけたらそちらに引き渡します。
皇帝陛下への報告は省けませんが、あとは軍法でお好きに裁いてください」
思わず声を上げてしまいそうになったけれど、ゾロも驚いているようだ。
まさか兄様が……紅玉を賜った調査官がそんなことを言うだなんて。
私たちの驚愕を意外に思っているのか、兄様は薄く笑みを浮かべた。
「皇帝陛下直轄の調査団なんですから、当たり前でしょう?
分かっていただけましたら、そろそろきちんと捜査に協力していただけませんかね」
面倒くさそうな深いため息。
ゾロは音を立てた呼吸のあと、がっくりと椅子にもたれた。
私も同じことをしたい気持ちだけれど、あえて背筋を伸ばした。
「……本当に、秘密裏に処理していいのですかな?」
「皇帝陛下がお許しになれば。こちらがそう報告すれば、おそらく異議は出ないでしょう」
兄様が胸の紅玉を指で弾くと、薪が爆ぜるような甲高い音がした。
全権を委任された調査団相手に、何を言うだろうか。
想像するまもなく、ゾロはゆっくりと首を振った。
「それでもわたくしは……外部犯だと思いたいのです」
「思うのはかまいませんよ。調査の妨害さえしないでもらえれば」
冷淡にも聞こえる声に、ゾロは諦めたかのようにため息をつく。
逆に私は溢れてしまいそうな言葉を飲み込むため、唇を強く引き結んだ。
声がなくなったのを了承と取ったのか、兄様は再びゾロへの質問を開始した。
「鍵がかかっていたと言いましたが、鍵の管理は?」
「……警備の詰め所に一本。わたくしが一本。レオーネ殿が一本所持しておりました。
しかしわたくしが持っていた鍵は書記官たちに預けておりました。
夕方、掃除をさせましてな。それ以降の所在は複数の者が確認しております」
「詰め所の鍵は?」
「もちろん所定の場所に。こちらも複数が確認を」
「となると、あの扉に鍵をかけたのはレオーネ団長の鍵になりますかね。その鍵は?」
「検死の際に所持品の確認はしましたが、発見されておりませんな」
扉以外の出入り口はないけれど、現状、レオーネの鍵でしか開閉はできない。
ますます外部犯説が遠のく中、兄様は別の視点へと目を向ける。
「儀礼室の鐘は、外からは鳴らせないものですか?」
「ええ。先程申し上げましたとおり、部屋の中からしか引けない作りでしてな。
その上、鐘つき室への扉がまた狭くて狭くて。わたくしなど到底入り込めませんわ」
肥え太った身体を揺らすゾロは、多くの隙間に詰まってしまうのだろう。
さっきは見る余裕がなかったけれど、再び儀礼室の調査はしなければ。
その時にはもっと細かく見ようと胸に留め、二人の話に意識を戻した。
「事件があったとされる時間は、団員の皆さんは敷地内にいたんですか?」
「いえ、ほとんどが国境沿いへ遠征に行っておりました。
残っていたのは騎士や後方支援部が少数だけですな。こちらが一覧になります」
分厚い羊皮紙に並ぶ文字は、遠目でもいくつかしかないのが分かる。
何百人も所属している組織と思えば、この程度で済むのは僥倖と言えるだろう。
この中に犯人がいるのだろうか。
あんなにも残虐に、凄惨に、壊滅的なまでに遺体を損壊した犯人が。
名前があることでますます現実感に襲われ、知らぬ間に身体を掻き抱いていた。
冷静に、落ち着かなければ。
ゆっくりと息を吸い込むと、兄様から苦い薬のような匂いがした。
「レオーネ団長が居なくなった今、次はゾロ騎士長が団長に?」
どこまでも落ち着いた声は、私の動揺を溶かしていく。
手を重ねて背筋を伸ばすと、ゾロは苦笑を浮かべていた。
「いえいえ! 副団長のブルアン殿がおりますからな」
その人がさっきルーヴの言っていた、遠征から戻ってきた偉い人ということか。
国境といえばどんなに馬を走らせても一晩で往復できる距離ではない。
となると、遠征に参加していた者は全員容疑者から外れるだろう。
偶然とはいえ、こんな事件の最中に離れていたのはいいのか悪いのか。
調査する側としては、容疑者は少ないに越したことはないけれど。
「なるほど。では、騎士団で上位の方を教えてもらえますか」
「団長のレオーネ殿。副団長のブルアン殿。その次にわたくし、ですな。
しかしもう武術はめっきりで……こうして文官の真似事をするのが似合いなのですよ」
順当にいけばゾロが副団長になるだろうに、どこか捨て鉢な口調で吐き捨てた。
騎士団内部で武官としての誉れが望めないなら、文官としての名誉を欲しても異論はない。
とはいえ、騎士の花形は武力のはずだ。
胸に勲章を常にぶら下げているのだから、相応の名誉欲はあるのではないか。
そんなゾロにとって、今の立場は受け入れられるものだったのだろうか。
私の疑いの目に気づいたのかもしれない。
ゾロは浅いため息のあと、遠くを見つめてこう言った。
「レオーネ殿が居なければ……わたくしの人生は、多少変わっていたかと思いますよ」
それはいい意味か、悪い意味か。
ゾロの顔色からだけでは判断できなかった。
「レオーネ団長に不満がありましたか?」
感傷に浸る余裕など与えず、兄様はさっぱりとした口調で問いかける。
それに気を悪くした様子もなく、ゾロは諦観を滲ませながら答えた。
「騎士団員が平等に浴びるべき栄光を、レオーネ殿は独占されておりましたからなぁ……」
いくら団員が武勲を上げても、持て囃されるのは騎士団長だ。
庶民の人気も高く、皇帝も教会も立場を認める団長こそに。
それがゾロにとってどのような気持ちに繋がったか。
悪意を持って想像することは容易いけれど、どこか振り切ったような雰囲気に邪魔される。
「それでも、あの方の力は認めねばなりますまい……力は、ですがね」
あえて強調した言葉の理由はなんなのか。
けれどそれを問いただすすきを与えないように、ゾロは膝を叩いて立ち上がった。
「さて! 検死結果については軍医のタレイア殿に任せております。
昨晩在籍していた者たちへの話もありますでしょう。書記官は引き続きお使いください」
まるで追い払うような行動に文句を言いたくなったけれど、兄様はすんなり部屋を出た。
聞くべきことは聞いたということか。
私にはまるで足りていないように感じるけれど……。
黙って壁に背中を付ける兄様を見て、邪魔をするのは気が引ける。
けれどどうしても聞きたいことがあったので、思い切って声をかけることにした。
「どうしてあんなことを言ったのですか?」
「あんなこと、とは?」
目元の隠れた顔を向けられ、一瞬怯みそうになる。
けれど監視官として、調査官と共にいる立場として聞いておかなければいけなかった。
「本当に、公表しなくていいと思っているのですか?」
この国において、戦場以外の殺人は重罪だ。
裁判を経て刑を執行されなければいけない。
それなのに身内で処理していいだなんて。
信じられない気持ちを吐き出すと、兄様はふっと息を吐いた。
「僕たちは、三日で事件を解決しなければならない」
たとえ何をしてでも、三日で事件を解決する。
そう、調査団は定められている。
それが紅玉を賜りし者の責務だからだ。
それができなかった者は、調査官の立場を剥奪されるのだと聞いている。
兄様はたった一人でその定めに従い、すべての事件を三日以内に解決してきたのだ。
「そのためには、あくどい真似もしなければならないんだよ」
自分を卑下するかのように、弱々しい笑みを浮かべる。
兄様は決して、私利私欲のために特権を乱用しているわけではない。
綺麗事だけでは調査団は務まらない。
事件解決のためなら、利用できるものはなんでも利用しなければいけないということなのか。
納得はできないけれど、それは仕方のないことなのだろう。
「私は監視官ですから……兄様の行動に、従います」
そう伝えると、兄様はどこか悲しそうな顔をしていた。
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