第7話 蒼い少女との出会い
王都での祭りを回っていると時間はあっと言う間に過ぎていき、いつしか空に昇っていた太陽は沈もうとしている。
辺りの露店も少しずつ灯りをつけ始めていて人の通りも心なしか昼よりも多い気がして落ち着かない。
ギルド「観光課」の仕事はこれからが本番と言える。これから王城で行われる舞踏会の成功こそ今日の一大事。
「それじゃあ王城に移動する前に前に確認するぜ。俺とルノーアは舞踏会に客人としての参加。『雷神』ロイに推薦状を書いてもらったからな。トワは舞踏会の司会を担当してもらう。良いな?」
初仕事で失敗できないからなるべく頑張ろう、と気持ちを込めて頷く。
「おいおい緊張してるから、トワ?動きがぎこちないぜ」
レイさんが私の背中を叩くけど、緊張がそれで消えてくれたらどんなに楽か。
だってこれから初仕事、しかもそれが舞踏会の司会だなんて…… 。これで緊張しない方が難しい。心臓の鼓動がバクバクと息をする度に伝わって来る。
ああもうこれどうしたら良いの⁉︎
私がパニック寸前の状態まで思考を巡らせていると、ルノーアさんが急に私の体をぎゅうっと抱きしめた。
え、え、え、どう言う事?フル回転していた思考が急にフリーズする。
「目を閉じるのじゃ」
言われるがまま目を閉じるとトク、トクと動くルノーアさんの心臓の音を感じる。
次に感じたのは今頭が抱き締められている胸の感触。ルノーアさんってスタイルがメリハリ付いているし巨乳だから女の私としても羨ましいな…… 。
こうやって誰かに抱き締められていると
不思議と落ち着く。昔こうやってお母さんにもやってもらってたからかな。
「どうじゃ、落ち着いたかの?」
取り敢えずは落ち着きました。ありがとうございます。
「いえいえじゃ。妾とて緊張の対処の仕方はこれしか知らぬ。昔は妹によくやったものじゃが、今は元気かの」
沈みゆく夕日を細目にして眺めながらルノーアさんが語る。いつか元魔王の過去を話してくれる日が来たら聞いてみたい。
「それじゃ転移魔法で王城、フォルニア城まで向かうのじゃ。妾の手のどちらかを握っておるのじゃぞ」
指示に従って彼女の左手を、レイさんは右手をぎゅっと握る。ちゃんと握っていれば問題は無いと言う事は以前ヤヨイさんが使ってくれた転移魔法で証明済み。
次の瞬間、
「転移魔法、起動じゃ!」
威勢の良い掛け声と共に、王都から私達の姿は消えていた。
「私が」転移したのは王城の中にあるメイドさんの控え室だった。レイさんとルノーアさんの二人は舞踏会に参加するきぞくとして格好悪くない衣装に着替えているのだろう。多分。
本来、転移魔法というのは一箇所にしか移動する事が出来ない魔法なんだけど元魔王様の手にかかれば二箇所別々に移動させる事も出来るらしい。
いきなり王城のメイド控え室に飛ばされれば他に人だっているから驚かれるのも無理はないと言うか、人が急に虚空から現れたら驚かない方が無理でしょう。
まだ舞踏会が始まる前だからかなりの人がここで着替えをしていたらしく、十人くらいの視線が私に集中する。
「え、えーと。こんばんわ?」
たどたどしく言うと、他のメイドさん達はわーきゃー驚きながら皆駆け足でこの場から消えていく。私も舞踏会の司会があるから大広間に向かわないと。
「あなた、メイド服は無いのー?」
声がした方向に振り向くと、そこには私より背丈の小さい少女がいた。
メイド服を着ているからこの子はメイドだと考えるのが自然だろう。目の色も髪の色も透き通る空の様に蒼い。
この子、パッと見て判別できないから人間か精霊族かな?どっちだろう?
「精霊族だよー、あたし」
おちゃらけた感じで答えながらサファイアの瞳が私を捉える。その瞳は「メイド服も着てない奴が何故ここにいるの?」的な事を言いたいみたいだ。
ならばその質問に答えよう。
「私はトワ。観光課に所属していて、今は舞踏会の司会を任されているんだ」
「なら早く行きなよー。なんならあたしも着いて行こうか?心配だしー」
私って初対面の人にすら心配されてしまうような体質なのかな…… 。そんな私ってドジっ子じゃないと思うんだけど。
「この子なら何も知らないねー。なら一緒にいても問題無いや」
小さな声で蒼髪の少女は何かブツブツ言ってたみたいだけど、私には何を言っているのか聞き取れなかった。それよりも舞踏会が行われる大広間に急がないと。
「急ぐのも良いけどー、メイド服が余っているみたいだし借りたら?着てると良い事あるかもしれないよー」
廊下を駆け出そうとした私に、赤髪の子は控え室のハンガーにかかった特注メイド服を一つ投げてくる。
このメイド服は着ているだけで体力と魔力を少し上昇させたりする便利な代物らしいと言うのは前に舞踏会準備で王城に訪れた時に他のメイドさんから聞いていた。
確かに着ておく分に損は無いだろうと判断した私は、急いで今着ている服から特注メイド服に着替える。
「これでどうかな?」
くるり、と蒼髪の少女に見せるように一回転するとメイド服に付いたフリルも可愛く揺れる。
「おー悪くない。似合ってるー」
ぱちぱち、と拍手してくれた。
それじゃあ気を取り直して大広間まで向かいましょう!
そうしてメイド服を着た私と蒼髪メイドさんが大広間に着いた時には既にかなりの貴族達が大広間に集まっており、皿に盛られた豪華な食事を楽しみつつ会話に花を咲かせていた。
少し遅かったみたい。
私が肩を落としていると、
「舞踏会の前にはこーいう社交辞令的なものがあるんだよー。あたしも生まれは貴族の家だから分かる」
へー。私は庶民かつ村育ちの身だから全然知らなかった。あらかじめレイさんかルノーアさんに聞けば良かったな。
私の仕事は舞踏会の司会だから、それまでは大広間の様子でも見ながら休憩。
周りにいる人も人以外の種族も揃って煌びやかな格好をしている。ここにいる誰もがここを外交の場、社交場として意識しているからここにいる者達からすれば「普通の考え方」なのだろう。
「舞踏会の司会、やるんでしょ。ならあたしも手伝ってあげよーか?」
出会って数十分も経ってないはずなのにこの少女はフレンドリー精神が凄い。所々伸ばし棒がある所もまたチャーミングだと言えるし、何となくこの人ーー精霊族だけどーーなら信頼しても良いと思う。
それじゃあ、宜しくお願いします!
私が右腕を差し出すと蒼髪の少女も右手を差し出した。その手首には引きちぎられた手錠みたいな頑丈な輪が嵌まっているけれど、これ聞いても良いのかな?
「これ?ファッションの一環」
またも私の考えを読んだのか、少女は早口で答えた。
本人がそう言うのならそう言うことにしておこう。最も、私はそれが何なのか考える気なんてさらさら無いけど。
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