第4話 仕事依頼
元勇者のレイさんと元魔王であるルノーアさんが争い私がお目付役としてギルド「観光課」に加入した翌日、私は二人に案内されながら街の外れにある一軒の家の前まで来ていた。
「ここが俺達のギルドハウスだ。何処のギルドも大抵そうなんだが、ギルドメンバーは共同生活して絆を育むんだ。だからトワもこれからここで暮らしてくれ」
「中の物は好きに使って良いからの」
そんな二人の言葉を聞きながらギルドハウスに入ると、木で作られたテーブルや石造りの暖炉が見られた。これ手作りって位にレベルが高くてお城とかにありそうなレベルで豪華な感じ。
「それは妾が創造魔法で魔王城の家具を再現した物じゃ。トワも創造魔法は昨日見たじゃろう、建物を直した時に使ったのがあれじゃ。思い浮かべた物を再現することが可能故に、こんな事も出来る」
ルノーアさんが左手をかざすと、何も無かった場所に一冊の本が表れていた。その本をパラパラ開いてみると、ちゃんと文字が書いてあって私にも読める。
この魔法は、使用者が創造した物をそっくりそのまま再現できると言う事みたいだ。流石は元魔王様、これしきの魔法は訳ないみたいで驚きを隠せない。
因みにルノーアさんが今出した本は魔法に関する本らしく、色々と魔法の出し方が書いてある。私も練習したら凄い魔法とか使えるようになるのかな。
「今日は何をする?昨日あっちのギルドハウスぶっ壊しちゃったから流石に依頼とかも受けられないだろうし…… 」
「そうじゃな。たまにはゆっくり過ごすのも悪くなかろう」
レイさんもルノーアさんも昨日激闘を繰り広げた影響で疲れているらしく、気力のない発言をする。
かく言う私だって王都まで旅をしてきた身だから、疲れていないと言えば嘘だ。だから今日位は休んでいたとしても罰は当たらないだろう。
そう自分の中で結論付けて、私は二人と同じようにぼーっとしようかと思った正にその時、
『御免下さい誰かおられますか?』
ドアの向こうから男の人の声がした。
この家のドアは窓がついていないから誰がやって来たのかは分からないけれど、もしかしたら依頼人かもしれない。
「レイさん、この人は依頼人かもしれないので入れて良いですよね?」
「勿論だぜ、トワ。おいルノーア、客人用の紅茶を頼む」
レイさんはさっきまでの腑抜けた雰囲気から、一瞬で接客する時みたいな真剣な顔に変わった。ルノーアさんもレイさんの指示に従って、奥に消える。
「どうぞお入り下さい」
レイさんがドアを開けると、そこにいたのは派手で高級そうな服に身を包んだ一人の男の人だった。
髪の色はかつて金色だったのだろう薄い金色で、目の色は緑。そんなありふれた特徴はどうでも良くて、何より目立つ特徴的な場所は人間には存在し得ない背中から生えている黒い羽。
精霊族は人間と似た様な見た目だし、獣人族なら獣のような耳をもっていて羽等が生えているという話は聞いた事が今までに無い。
あなたは魔族…… で合っていますか?
「そこにいる少女の考え通り、わたしはれっきとした魔族だ。最近まで人間と争ってはいたがわたしは蚊帳の外にいた」
男の人は優しげに笑う。そこには悪意が含まれているようには見えず何処か悲しそうな顔をしていた。
「どうぞお座り下さい」
男の人は、レイさんに勧められた椅子に座り腕を組んだ。依頼人だから多少大きな態度でいるのは勝手なので言及とかはするつもりは無い。そんな事を考えながら私がレイさんの横に立っていると、
「自己紹介をしよう。わたしの名はロイと言う。かつて、『雷神』との異名を持っていた元魔王幹部の一人だ。今は貴族として人間と魔族の仲を取り持っている。ここにかつての魔王様であるルノーア様がおられるのだろう?」
元魔王幹部…… 。その言葉に私は一瞬だけ戸惑った。
かつて人間を滅ぼそうとした魔王直属の配下の魔王軍の中で、実力を持つ者は魔王幹部として畏怖を集めていたらしいとの話は遠い噂話で聞いた事がある。私の故郷は平和ボケする程に平和そのものだったから実感こそ無かったけど。
ルノーアさんが客人用の紅茶を入れてこの大広間に戻ってきたと同時に瞳を大きく開いた。いきなり元魔王幹部の一人がやって来た事に驚くのは仕方が無い。
「む、ロイか。何の目的でやって来た?それ以前に、何故妾が生きている事を知っておるのかも問おうか」
紅茶をテーブルに置きつつ、ルノーアさんは「雷神」のロイさんに訝しげな瞳を向けた。レイさんの話だとルノーアさんーー元魔王はもう死んでいる「扱い」になっている筈。なのに何故?
「情報屋から手に入れたのですよ。世間話はこれ位にしておいて、本題に入りましょう」
その情報を渡した人が誰なのかは聞かぬが仏、なのかな?大事な部分を流してロイさんはレイさんと私の方を見る。
「わたしが今回したい依頼は、近日フォルニア城で開かれる舞踏会をプロデュースに関してだ。話はある程度通しているが細かい部分は決めていない」
貴族の方々が豪華な場所に集まって踊りをしたり優雅な音楽を楽しんだりする、あの舞踏会で合ってますか?
レイさんは軽く頷いてから、依頼主の元魔王幹部を瞳ごと見据える。
「一応聞いておくぜ。元魔王幹部の一人である『雷神』ロイが俺達の、元勇者と元魔王の所属するギルドまでやって来たんだ。依頼の他にもあるだろ?」
そう投げかけた瞬間、この空間の空気が止まってしまった様に感じた。まるでそこだけ時間を切り取ってしまったみたいに誰も動かず喋ろうともしない。ただ私だけがこの空間では異質だ。
レイさんもルノーアさんも初めから聞きたかったのだろう問い。
ーーロイさんの「本当の」目的は一体何なのか。
固まってしまった空気にヒビを入れたのは元魔王のルノーアさん。
「この王都で行われる舞踏会、とロイは言ったじゃろう。この王都はあらゆる種族にも開放的じゃーー例え、人間と永い間争って来た魔族でさえも」
この言葉は事実であり、核心だった。
この王都フォルニアは前述した通りあらゆる種族に対して“昔から”寛容だ。他の町が魔族に対して寛容では無い場所がもの凄く多いのは、レイさんが言っていた話の中にあった魔王軍が色々な場所に侵攻していた過去があるからだろう。
レイさんも元魔王の言葉に続く。
「要するに、舞踏会を成功させる事=戦争の火種を残すなって事だろ、ロイ?人間に敵意を持つ輩とかもいるだろうし、そいつらが暴れれば俺とルノーアが一時的に収めた人間と魔族の争いがまた始まっちまう可能性が出てくるからな」
成る程、今の話からそこまで読み取る事が出来るんだ…… 。舞踏会の失敗が必ずしも戦争も結びつく訳じゃ無いけれど、まだ争いが落ち着いてから短いから新たな火種を作る訳にはいかない。
戦争なんて私には到底分からないし、理解も出来ない。けれど元勇者と元魔王が誰かが傷ついたり悲しんだりするのは嫌だと望んで争いを止めたのなら、私も同じギルドメンバーとして協力したい。
「王城での舞踏会を成功させましょう」
言葉にすると、
「ああそうだな。それに舞踏会を成功させれば、観光課の功績になる。一石二鳥でお得なんだ、やる価値は十分ある」
「同感じゃ。妾はレイと共にあると誓った身の上、異論など無い」
じゃあ今日から早速準備するんですか?
近日中と言われてもいつから舞踏会が開かれるのかは見当が付かないけれど。
「舞踏会は一週間後の夜に開かれます。それでは皆様のご活躍を期待しております」
優雅な一礼をしてから、ロイさんは観光課のギルドハウスから出て行った。転移魔法を使わなかったのは礼儀の一つと考えても良いのだろう。
今日から一週間…… 。その期間で舞踏会を開けるまでに準備するのは簡単では無いと思う。何とかなるかな?
「何とかするのが俺達『観光課』の依頼なんだぜ、トワ。今日から忙しくなるから覚悟しておけよ二人共。俺もだけど」
忙しくなりそうだ、と言う割にレイさんは新しいおもちゃを見つけたみたいな楽しそうな表情を浮かべていた。
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