第3話 元勇者と元魔王の話

 ギルドハウス「フォルニア」が全焼してから少し後、レイさんはルノーアさんをお姫様抱っこした状態で出てきた。

「トワは知らないと思うけど、以前にも何回かこんな感じでギルドハウス壊されてるんだよね。ルノーアが魔法で外見は元通りにしてくれるけど、中にある書類とかは完全にアウト。また始末書行き確定だ…… 」

 溜息を付きながらぼやく声が聞こえてきた。でも炎がすごく燃えていたのに周りの建物に燃え移っていないだけでも儲け物ではないでしょうか?

「うん、それはルノーアが建物を復元した時につけた防御魔法。結界みたいな奴をこの周りに張ってるみたい」

 ヤヨイさんが指差した方を見ると、ルノーアさんが右手に魔法陣を展開しながら何かぶつぶつ唱えていた。きっとああやって魔法を使い建物を復元しながら、防御魔法も張っているのだろう。

 レイさんは魔法を使えないのか何もする事が無いらしく、私とヤヨイさんの所まで来て腰を下ろした。

 どうしたんですか?

「魔法に関してはルノーアの方が上手だし任せても良いかなと思ってさ。いるだけで邪魔しても悪いだろ?それにーー」

 と一度言葉を区切って、右手からメシアとか言ってた聖剣を出してきた。でも今何故それを出す必要があるのだろう?

「ヤヨイはこの話知ってんだろうから少し黙ってろよ。今から俺とルノーアの過去の話をするから」

「あの話をするんだ。それを明かした人って今まであたしとか一部例外を除いていないよね。どんな風の吹き回し?」

 そう聞くヤヨイさんの顔は今日見せていた営業用の笑顔では無く、真剣な表情を浮かべていた。この話はそんなに大事な話なんだろうか。

「確かトワってまだ何処のギルドに所属するか決まってないんだろ?ならうちのギルドの観光課で引き取ろうと思った」

 え、私ってレイさんとルノーアさんのギルドに加入するんですか?

 振って沸いたギルド加入の言葉に私が戸惑いを隠せないでいると、レイさんはふっと笑った。

「それは俺の話を聞いてから決めな。まず何処から話そうか…… 取り敢えず俺が歩んできた人生から話すよ」

 そして、レイさんはゆっくりと彼自身が歩んできた物語を語り始めた。



 俺が覚えている一番古い記憶は、昔に読んだある物語だ。

 その話は、人間で誰よりも強い勇者と呼ばれる人物が強大な悪である魔王を打ち倒す勧善懲悪の物語。

 今思えば魔王=悪い奴だなんてとんでもないレッテルであり嘘なんだが、そんな事実に気づくことも無く俺は造られた綺麗な物語に憧れていった。

 

 ある日、王家に仕える騎士の一人が家にやって来て、

「一緒に王城まで来て貰います。こちらにどうぞ」

 と俺を王城まで連れていった。

 連れてこられた王城で、優しそうな顔をした国王は俺に言う。

「そなたには勇者としての素質があると話を聞いてな。だから是非勇者になってほしいのじゃ。今からその話をしよう」

 そして国王は魔王の話を語った。

 国王の話によると、魔王とは全ての魔族を統べる王であり、悪逆非道の限りを尽くす存在。かつて何度も人間の国で有数の大きさを誇るこの王都フォルニアに侵攻してきたそうだが、その時はかつての勇者が何とか撃退していたらしい。

「そこでかつてのような侵攻が起こらぬように、貴君には魔王領にある城ーー魔王城まで向かい魔王を討伐して欲しい」

 そんな頼みをされなくても、俺の心はとっくに決まっていた。

「分かりました」

 

 そうして俺は魔王を倒す為に旅に出る事に決まったのだが、その時の俺は当時トワと同じ十五歳。魔王を倒すとか言っても剣技も魔法も大したものが使える訳じゃ無かったから、旅をしながら鍛錬を積む事となった。

 俺は色々な場所を巡った。

 青く光る海が綺麗な港町。

 花の咲き誇る美しき都。

 自然豊かな山村。

 旅の中で、平和な風景を沢山見てきたが何度も誰かが争う光景も見てきた。

 俺は勇者として何度も自らの剣を振るい多くの魔王軍を殺した。話し合いで解決出来るならそれで良いと最初の最初は考えていたけど、それは子供が抱く妄想に過ぎないと現実を知る事にもなった。

 戦場では戦って生きるか、敗れて死ぬかの二択しか存在していなかった。人間の名誉の為に魔族を殺した事を俺は今でも後悔している。

 魔族だって人間だって他の種族だって尊い一つだけの命。それを奪わずに済む方法がもしかしたらあったのかもしれないけどな...... 。

 そして一年もの時間を経て、俺は魔族領にある魔王の本拠地である魔王城まで辿り着き魔王城の衛兵二人に告げる。

「俺は勇者のレイだ。魔王に用事があるんだが、通してくれるか?」

 俺が聞くと、

「良かろう、ここを通れ。魔王様と闘うのなら覚悟をしておく事だ」

「噂は聞いている。せいぜい魔王様に殺されぬよう、尽力するが良い」

 とあっさり道を開けてくれた。まあ俺が勇者と呼ばれている存在なのは世界各地に広まっているだろうし、下手に戦って死ぬよりは素直に通した方がマシだと判断を下したのだろう。

 魔王城の中を道なりに進んでいくと大広間のような空間に、赤いティアラを付けた一人の魔族の少女が、赤い液体が滴る剣を握っていた。

 その少女は、満月の様に輝く金色の髪とルビーの様に赤い瞳を持っており顔の作りも人形と見間違う位に整っていた。

 赤いティアラに、身に纏うは黒と金を基調とした戦装束。彼女が俺と闘うべき存在の魔王なのだろうか。

「お前が、魔王なのか」

 俺は右手を宙に向け、勇者しか権限させる事の出来ない伝説の聖剣「メシア」を取り出す。

 俺が問いかけた質問に答えないまま、彼女は俺にルビーの瞳を向けた。

「妾からも問わせよ。貴様が勇者と謳われし存在で合っているか?」

 一つ言いたいのだが、小さい頃に「質問を質問で返してはいけない」って習わなかったのかこの魔王。別に今気にする事でも無いから言葉にはしないが。

 俺は自分の名を名乗るべく口を開く。

「俺は勇者のレイだ」

「貴様が名乗ったのだ、礼儀に則り名乗るとしよう。妾は魔王ルノーアじゃ」

 飾りのひとつも無い大広間に、俺と魔王の二人の声が反響する。そして生まれた少しの沈黙の後、俺と魔王ーールノーアとの闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 そしてどれ程の時間が経っただろう。

 半日だったと言われても、一日だったと言われても。時間の感覚なんて忘れてしまう程勇者と魔王の闘いは白熱した。

 俺は凄まじい勢いで聖剣を振るい、ルノーアも血で濡れた魔剣(後でそれの名前が魔皇剣「ブラッド」だと知った)を振るい続ける。それだけでは無く彼女は魔法にも長けていて、途切れる事なく攻撃の魔法を放ち続けていた。

 そしてある時、プツリと魔王からの攻撃が止んだ。俺はそれが何かのブラフだと考え、握った剣は絶対に離さない。

「何のつもりだ、魔王?」

「この闘い、果たして意味はあるか?」

 どう言う事だ。

 何となく言いたい事は分かったけれど説明を入れろ的な視線を向けると、魔王は溜息を一つ付いてから話し出す。

「もし仮に妾と勇者のレイのどちらかが勝ったとしよう。それで長きに渡り続いた人間と魔族との争いが綺麗さっぱり消え去ると思うか、と聞いているのじゃ」

 ここは現実であり勧善懲悪の物語じゃないから悪の象徴を倒したからと言って世界が良くなるとは限らない。

 もし今魔王が討たれれば、元々良好ではなかった人間と魔族の関係性が「優劣を決める為に争う関係性」から「互いを憎み合い殺し合う関係性」に変わる可能性だって十分にあり得る。

 こいつ、まさかそれも全部分かっていた上で俺と闘っていたのか?争いに意味は無い事も全て分かっていながら。

「だから貴様に言うておる。この闘いに本当に意味があるのか、と」

 薄々、気づいていた。今やってる事は殆ど物語に憧れたただの自己満足だって。悪の象徴を打ち倒して正義が勝つ。

 そんな世界が夢物語だって、分かっていた。なのにそれを求め続けてしまったせいで俺は沢山の魔族を殺してしまった事はは変えようのない事実だ。

 だから、贖罪を果たす義務がある。

「そうだな…… まず人間と魔族の争いにすら意味は無いのかもな。だから争いを全て終わらせようぜ、魔王」

「ならば、少し話そう勇者」

 まず事実として、人間と魔族の争いは簡単には無くならない。長きに渡り争ってきた二つの種族の間にある溝は簡単には埋まらない。これだけは俺と魔王がどう動こうと変わらない。変えていくのは今を生きている一人一人だからだ。

 なので、俺と魔王は上っ面の方をどうにかするべく知恵を働かせた。まず勇者と魔王は互いに闘った事はかなり広まっている話なので、それをもみ消す事は難しいだろうので戦いの結果を隠蔽する為に、「勇者が魔王を討ち倒した」と言う嘘の結果を広める。だが魔族側が他の種族に恨みを抱かないように魔王がどうにかやってみると言っていたので本人を信じよう。

 魔王は代々全ての魔族とその領地を統べるが、ルノーアは圧政などは全くしていない事が彼女の話で分かった。税の取り立てなども少なく、民の為に尽くし魔族みんなで協力して生きていたとの事。かつては侵攻なども行なっていたがそれはもう遥か昔の話だと言っていた。

「妾の後継者には、信頼できる宰相へディアに任せようと思う。これで政治については問題あるまい」

 魔王のが信頼しているんだ、その言葉は信じるに値するだろう。

 まとめると、表向きは勇者が魔王を倒した事にしておくが裏では魔王は生存しているままと言う事になる。でも魔王ルノーアだって無益な殺生をしたくは無いはずだから悪くない話だと思う。

 話がまとまった後、魔王は何処か遠くを見つめながら呟く。

「妾はこれから何をしよう」

 これから何をしようって...... 生きてる事がバレなきゃ良いんだから、田舎で農業をしてみるとか趣味を見つけてみるとかしたい事をすれば良いと思う。魔王ルノーアにそう振ると、彼女は何か決心したみたいな笑顔を俺に向けた。 

「そうじゃな、妾は貴様に着いて行く事にしよう。勇者と魔王が共にいるのもまた一興」

 マジか。彼女がそうしたいと言うなら止める権利は無いが…… 。

「不服か?共にいたい理由を挙げれるとするならば、一目惚れしたからじゃ。魔王が勇者に惚れるのは可笑しい?」

 魔族の少女は、金色の髪を揺らしながら照れ臭そうに微笑んだ。



「てな話があったんだよ。そしてヤヨイに計らってもらって、ギルドを立ち上げて今に至るって訳だ」

 レイさんとルノーアさんにそんな過去があったなんて。元勇者と元魔王が一緒にいる訳も分かった。

 でも私はこの話を聞いてどうすれば良いのだろう…… 。別に私に出来る事があるとかそういう事では無いんだろうし。

「この話をしたって事はトワちゃんにギルド加入して欲しいんでしょ、元勇者」

「お前本当に心読むの得意だよな。ああそうだ、俺はトワに俺達のギルド『観光課』に臨時で良いから入って欲しい」

 ギルドに臨時加入と言わずに普通に二人のギルドに加入しても良いです。このまま行く場所も無いし、私がこの王都に来た理由は主に出稼ぎですし。

 何より酔い潰れただけで戦う二人を放ってはおけない様な気がします。

「どっちにしろ今回の件をどうにかしないといけないし、お目付役みたいな感じでトワちゃんをギルドに入れておいたら?それに人手があれば嬉しいでしょ」

 そうだな、とレイさんが頷いたので私は二人のギルドに加入する事となった。

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