第2話 壮絶なる痴話喧嘩

 受付の奥に向かうと、レイさんとルノーアさんは既にお酒を飲み始めていた。レイさんは大きなコップみたいな物で飲んでいるけどルノーアさんはジョッキだ。ルノーアさん、そんなに酒豪なんだろうか。

 二人は見ていた私に気づくと、席を勧めてきたので大人しく座る。

「トワ、この酒を飲むと良い。これは美味しい酒じゃぞ」

 いや、私はまだお酒は飲まないって決めているので遠慮します…… 。私がそうコップを返すけれど、酔っているのかルノーアさんはにこにこ笑顔を浮かべたまま受け取ってくれそうにない。どう対応しようかてをこまねいていると、

「おいルノーア、酒を勧めるのは程々にしておけよな。トワが困ってんだろ」

 とお酒の入ったジョッキを突き返す。その対応が彼女にとってはまずかったのか、ルノーアさんは頬を膨らませる。

「少しくらい良かろうに。レイは本当に優しい所があるの」

「いや本人が飲まないって言ってんだからその意思を尊重しただけだ」

 何処と無く格好いい雰囲気を醸し出しながら言うレイさんだけど、言ってる事は全然普通の内容すぎる。

 

 そういや見てて思ったんですけど、二人って付き合ってるーーいわゆるカップルとかなんでしょうか?

 そう聞くと、

「そうじゃ」

「違うぜ」

 と正反対の答えが帰ってきた。ルノーアさんは肯定したけどレイさんは否定したって事は真実がどっち?一度自分から言い出した手前、お互いの言い分を聞いて真実を確かめてみよう。

 まずはレイさんからどうぞ。

「俺とルノーアはそんな関係性なんかじゃなくて、共に運命に選ばれた存在同士なんだよ。今は同じギルドの仲間だ」

 コップでお酒を飲みながら語るレイさんはあんまり酔っているようには見えないけれどどうなんだろう。でも言っている事は理解した。

 次にルノーアさん、どうぞ。

「妾はレイに惚れておるぞ。契りを結ぶ前にまず恋人から、とずっと言っておるのに全然聞いてくれないのじゃ。トワなら分かってくれるじゃろう?」

 分かってくれるじゃろう、とか言われましても…… 。ルノーアさんの言い分だと、彼女はレイさんの事が好きだけど本人に認めてもらえないからアピールし続けているという構図が生まれる。

「まー…… そう解釈する事もできるか。でも俺とルノーアは付き合ってない!」

「確かにそれは事実じゃ!レイが妾と同じ道を歩めば良かろう?」

 二人共に互いの意見が納得できなかったのか顔を突き合わせている。ふとテーブルを見てみると始めはかなりの量あったお酒が殆ど無くなっていた。この事実から察すると、二人は結構な量お酒を飲んでる。

「妾はそんなに飲んでないわ!」

 とか言いつつも彼女の周りには既に空いた葡萄酒の瓶が散乱している。散らばっている瓶は全部で五つ…… これ全部を一人で飲み干したのだろうか。

 それはともかくとして、このまま話を進めても平行線のままです。二人で話し合いをしてどうにかして下さい。私がそう提案すると、二人は何故か大胆不敵かつ冷たい笑みを同時に浮かべた。

「話し合い、な…… 。ルノーアと話し合いなんかするよりこっちの方がよっぽど分かりやすいだろ」

 そして、レイさんが天井に右手を伸ばすと何も持っていなかったはずの彼の手には一本の剣が握られていた。これは召喚魔法の類か何かだろうか…… ?

「トワは分からないよな。これ、聖剣の一つでメシアって言うんだ。これでも、俺は勇者って呼ばれていたんだ」

 さらっと彼の口からとんでもない一言が放たれたけど、周りにいる人は誰一人として驚いていないから他の人はみんな彼の正体を知っているのだろう。勇者って噂話になる位だから有名人だろうし。

「おいルノーア、お前も剣出せよ」

 レイさんが剣のきっ先をルノーアさんに向けると、彼女は左手を天井に向かって掲げる。すると彼女の手には黒く輝く一本の剣が。

「レイ、こうやって戦うのは久しぶりな気がするのう。ここで殺りあうとギルドハウスが壊れかねんが、妾が治しておくとするから問題はあるまい?トワは後でヤヨイにそう伝えておくのじゃ」

 そう私に伝えると、ルノーアさんはレイさんに剣のきっ先を向け返した。二つの剣がお互いの喉笛スレスレで止まる。

「始まっちゃった二人の痴話喧嘩。こうなったら止められないからね、トワちゃん逃げるよ。あんまし遠くには使えないけどここから外に出るくらいには移動できるはず。転移魔法、起動!」

 いつの間にかこちらに来ていたヤヨイさんが、私の手を掴むと即座に転移魔法を起動させると視界が急に暗転し、ギルドハウスの中から外に移動していた。

 流石は転移魔法、近くから遠くでも一瞬で移動できちゃう。私にも転移魔法が使えたらわざわざ王都まで歩く必要なんてなかったのに…… 。



 ギルドハウス「フォルニア」にいた客や受付らが全員避難した事を確認してから、レイとルノーアは剣を構える。互いに一度は剣を交えた仲なのでその動作に不自然さは微塵も感じない。

 レイは酔ったルノーアから距離を取り会話を始める。まだ彼は彼女程酔ってはいない為に、理性が残っていた。

「おいルノーア、本気で殺りあうか?見たらそっちは結構酔ってるみたいだが」

 彼の問いに対し、ルノーアは笑う。

「愚問じゃ。以前の戦いの結末、この手で付けてくれるとしよう。レイが妾を認めぬなら、力を示すまでじゃ」

 その言葉の刹那、ルノーアは剣技などと言う流派に即した物は何一つないただ単純な斬撃をレイにぶつける。

 彼女が剣を一振りする度に、ギルドハウスに置かれていたテーブルが氷細工の如く壊されていく。

 酔っている者の動きではない攻撃と対峙しながら、レイは思考を巡らせる。

 ーー完全にルノーアは酔って思考を無くしている。こんな彼女を見たのは会ってから初めてだが…… これで剣技を知らないってんだから驚き以外の何者でも無いな。でもまだ魔法を使われていないんだ、俺に勝ち目は全然ある!

 勝機を見出した彼は、ルノーアの攻撃を避けながら聖剣「メシア」を構えるとそのまま彼女の方へ向かい走る。

「そう来るなら妾も歓迎しよう!い出よ煉獄炎(インフェルノ)!」

 するとルノーアは剣を握っていない右手に魔法陣を展開すると、灼熱の炎を呼び出しそれを一直線状に放つ。

 レイは転がる様に姿勢を崩して炎の道筋から自らを外す。

「妾は全ての魔法を使えるが、その中でも炎は良い。む、避けたか」

「これしきで元勇者に傷でも付けられると思っていたか……. ?」

 姿勢を直しつつルノーアに牽制をかけるが、彼は焦っていた。

 ーーここからどう攻める?

 飛び散った火花は、木材に燃え移りみるみる内に辺りに炎の世界を作り出す。その世界を言葉で表すのなら、「煉獄」と呼ばれる空間がしっくり来るだろう。

「早く正気に戻れ、ルノーア!」

「妾に挑むか。だが届くまい」

 そう吠えて元勇者は元魔王に挑み続けるも、レイが斬撃を入れようとする度に煉獄炎で妨害を受けルノーアには剣筋一つすら付けられない。

「なあルノーア、俺って弱いか?」

「弱い強い、の話ではないじゃろう。レイは今何を思って剣を振っておる?」

 ルノーアは右手で魔法陣を展開しながら左手で剣を振るう。レイは僅かな勝機だけを信じてルノーアと剣を交わす。

「そうだな…… 今俺はお前と戦えて嬉しいって事を考えてるよ」

 彼は自らの気持ちを分かっていた。

 ーー剣を賭して、本音剥き出しのルノーアと会話がしたい。今は酔っているから思考も曖昧だろうけど。

 彼はそう考えながら、ルノーアは元勇者と本気で戦う事だけを純粋に想いながら互いに全力をぶつけ合う。


 そして一時間程が経過した後。

 レイは聖剣「メシア」を握ってはいるものの力があまり入っておらず少し震えている一方で、ルノーアは黒く輝く剣を彼の喉笛に向けた。少しでも近づけば斬れてしまいそうな程、僅かな距離で。

「この程度か。先程までの威勢はまやかしであったか?」

 燃え盛る炎の空間で嗤いながら剣を向けるその姿は、冷酷かつ残忍ーー全ての魔族を従え世界を滅ぼそうとした魔王の姿そのものだった。

 圧倒的な威圧感、絶望的なまでの力の差に本能が告げる恐怖。一度でもそれらに呑まれてしまえば、もう二度と立ち上がることは出来ないだろう。でも、それでも元勇者は屈しない。自分がルノーアと戦って正気に戻してやるんだと、信念をもっている限り決して諦めない。

 満身創痍の勇者は煉獄炎で火傷を負い感覚の失った右手で剣を固く握りしめてサッと一撃だけを入れると、少しの間の後ルノーアの頬に一筋の血が滲む。

 彼女が僅かな距離にまで近づいてくれたからこそ一撃を入れられたけれども、レイにもう戦う術も体力も無かった。

 このままいけば、必ず負ける。

 彼が覚悟したその時、

「妾は疲れた。だから今回の勝負はドローという事でどうじゃ?」

 ルノーアはそう言い切って力を使い果たしたのかバタン、と倒れる。

「おい大丈夫か?」

「…… ふらっと来ただけだから心配などいらぬ。妾は、少し魔力を使いすぎたのかもしれん。だがレイも大概じゃ。最後にあの状況で剣を普通振るかの?自分ごと斬られてもおかしく無かろうに」

 クスクスと笑いながら立ちあがろうとするが、足に力が入っていないのか立ち上がることすらままなっていない。

 先程の様子とは程遠い、ただ平凡で普通な少女の様なルノーアの姿を見てレイは微笑む。

「何なら、こお姫様抱っこでもしていくか元魔王様?」

「まあそれも悪くなかろう、元勇者様。しっかり運ぶのじゃぞ?」

「運んでもらう側なのに随分と態度デカいな。でもそれでこそルノーアだ」

 元勇者と元魔王のあまりに壮絶な痴話喧嘩は、ギルドハウス「フォルニア」の全焼によってその幕を閉じた。

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