夕日の色

 僕一人ならどうにかできるが子どもを抱えたまま上がるのは無理だった。


 せめてこの子だけでもと思ったとき誰かの手が伸びてきた。


 僕はとっさにその手をつかみ引き上げてもらった。


「ぷはっ、はあはあ」


「大丈夫か葵」


 僕に差し出された手は秋人の手だった。


「ありがとう助かった」


 秋人にそう言って子どもの方を見るとぐったりとしていた。


「秋人!この子を岸まで連れてってくれ、僕より秋人の方が早い」


「まかせろ」


 そういうと秋人はすごいスピードで子どもを岸まで運んだ。


 僕も後から追いかけたが、着いた頃にはおぼれていた子は事務所のような場所に運ばれた後だった。


 その後少ししてから秋人が出てきて


「とりあえず命に別状はないって言ってたから大丈夫。パニックになって水を飲んだだけって言ってたよ」


 あの子の様子を聞かせてくれた。


「よかった」


 僕はほっとした。


「秋人が来てくれてほんと助かったよ。僕だけだと危なかった」


 あのまま僕一人だったら確実に溺れていた。


「岩まで泳いで後ろ向いたらなんか様子がおかしいなって思ったんだ。最初は葵が知らない子とぶつかったのかと思っただけだったけど、いきなり沈んだからびっくりしたぜ」


「水篠君!大丈夫?」


 後ろから彼女の声が聞こえてきた。


「うん、僕は大丈夫」


「いきなり泳いで行ったからびっくりしちゃった。どうしておぼれてるのが分かったの?」


「昔、弟がプールでおぼれたことがあって、その時と様子が似てたから」


 嘘ではないが色のことは秘密にしているので黙っていた。


 すると向こうからあの子の母親らしき人が近づいてきた。


 母親は秋人に対し何度もお礼を言っていた。


「息子を助けていただいてありがとうございます。あなたがいなければ息子はどうなっていたか」


「いえいえ困っている人を助けるのは当然です。それに先に気付いたのはあいつの方です」


 僕の方を指でさしながら言った。母親がこちらを向いて


「ありがとうございます。ありがとうございます」


と何度も頭を下げた。


「何事もなくてほんとに良かったです」


 僕はそう言ったが母親はまだ何か言いたげな色をしていた。


「どうかしましたか?」


 僕がそう聞くと母親は口を開いた。


「あの、もしよければ皆さんでうちの旅館に来ていただけませんか?もちろんお代は結構ですので」


「旅館ですか?」


と聞き返し僕は三人を見た。


「夫婦で経営してる小さな旅館ですがぜひ」


「せっかくだから行かしてもらおうぜ」


 秋人がそう言った。


「じゃあ、よろしくお願いします」


「そしたらお名前をお伺いしてもいいですか?」


「僕は水篠葵と言います。こっちは山岡秋人です」


「水篠さんと山岡さんですね。よければそちらの彼女さんたちも一緒に来てくださいね。お待ちしております。今日は本当にありがとうございました。」


 僕は連絡先と名前の書かれた紙を渡された。


 僕も連絡先を聞かれたので、もらった紙の余白に書いてちぎって渡した。


 母親は僕たちに頭を下げ子どものところへ戻って行った。


 小桜さんと秋人は少しうつむいて顔を真っ赤にしていた。


 彼女は海の方を向いていて顔がよく見えなかった。


「こんなこと本当にあるんだな」


 僕は独り言のようにつぶやいた。秋人がそれを聞いて


「びっくりだよな、こんなの漫画でしか見たことねぇよ。まあ、あの子が無事だったのが一番よかったよな」


「そうだね、じゃあそろそろ僕たちも帰ろうか」


 あの子を助けてからだいぶ時間が経って、真っ赤な夕日が海を赤く染めていた。


「よしじゃあ帰ろう。忘れ物ない?」


「うん、大丈夫だよ」


 僕たちは来た道を通って海野駅まで向かった。


「帰りの電車もしりとりやるからね。今度は絶対負けないから」


「いいぜ、またひっかけてやるよ」


 二人が前で帰りの電車の話をしていた。


「ねえねえ水篠君」


「ん?どうしたの星月さん」


「海楽しかったね」


 前を向きながら彼女はそう言った。


「うん、途中トラブルがあったけどみんなで来れて楽しかったね」


 僕も彼女の方に視線は向けないまま答えた。


「あの時の水篠君すごいかっこよかったよ」


 彼女は笑顔でそう言った。


「ありがとう、あの時は夢中だったからあんまし覚えてないんだけどね」


 僕は少し照れながらそう返した。


 駅に着くとちょうど電車が来ていた。僕たちはその電車に乗った。


 さっきまで元気だった二人がすぐに寝てしまった。


 隣を見ると彼女も少し眠たそうだった。


「星月さん寝ててもいいよ。僕が起きてるから駅に着いたら起こすよ」


「うん、ありが…と…」


 言い切る前に目をつむって寝てしまった。


 みんな相当疲れたのだろう。


 秋人と小桜さんが目の前で寄り添いながら寝ている。


 僕は二人の写真を撮った。


 家に帰ってから小桜さんにあげようと思いスマホをしまった。

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