謎の色

「ただいまー」


 二人がドアを開けて勢いよく入ってきた。


「おかえり。二人とも全制覇できた

 の?」


「おう全部入ってきたぜ。でも入りすぎて少しのぼせた」


 秋人は部屋に入るなり横たわった。


「だからほどほどにしとけって言ったのに」


「私も全制覇できたけどのぼせちゃったよー」


 二人の顔は真っ赤になっていた。


「桃も気合入れすぎだよ。はいこれお水」


 彼女は冷蔵庫で冷やしていた水を小桜さんに渡した。


「ありがとう渚」


 小桜さんは勢いよく水を飲みほした。


「ぷはぁ、生き返るー」


「桃、俺にも一口くれよ」


 長い腕を小桜さんの方に伸ばす。


「残念もう全部飲んじゃったよ」


「ええ?マジかよ」


 残念がる秋人に僕は水を渡す。


「秋人。ほら、水だよ」


「おおサンキュー葵」


 こうなるだろうと予想して準備しておいてよかった。


「落ち着いた?」


 僕は寝転んでいる秋人に聞いた。


「ああ、水飲んだらだいぶ回復したよ」


「それはよかった。夕飯までまだ少しだけ時間あるけどこのままゆっくりしてようか」


「そうだな。まだまだ旅行は長いからな」


 秋人がそういうと小桜さんもそれに賛同して


「ごはん来るまでに回復するように頑張るよ」


 小桜さんはそう言うと畳に寝転んだ。


 僕は外の景色を見ようと窓の方へ向かった。


 ここの部屋は二階で外の景色がよく見える。


 新緑に染まった山を見ていたら心が包み込まれるように落ち着いていった。


 何か視線を感じ、ふと下を見ると小さい女の子が見えた。


 その女の子は僕に気付いてもらえてうれしかったのか大きく手を振った。


 僕もそれに答えて手を振る。


 女の子はかわいらしい笑顔をこちらに向けてきた。


「葵君、どうしたの?」


 彼女が窓の外に手を振る僕を見て聞いてきた。


「下に女の子がいて手を振ってきたから振り返してあげてたんだ。多分泊まってる人の子どもだと思う」


「えっどこどこ?」


「ほら、あそこに…ってあれ?」


 さっきまでいたはずの女の子がそこにいない。


「おかしいなさっきまでそこにいたのに」


「宿の中に入っちゃったのかな?」


「そうなのかな」


 不思議な子だったな、僕はそう思いながらまた窓の外の景色を眺めた。


 しばらくすると扉が開く音がした。


「お待たせしました。こちらが本日の夕食になります」


 女将さんが直接部屋に持ってきてくれた。


「お、来た来た。ありがとうございます」


 秋人が待ってましたとばかりに姿勢を正した。


 お刺身に山菜の天ぷら、牛肉の鉄板焼きなど、いかにも旅館という感じの料理が次々とテーブルに並べられていく。


「こちら食べ終わりましたら部屋の外にある台車に乗せておいていただければ片づけに参りますのでごゆっくりお楽しみください。では失礼します」


 女将さんたちは部屋をあとにした。


「やばいめっちゃおいしそうなんだけど」


「桃、あんまりがっつくなよ」


 すぐに食べようとしている小桜さんを秋人が静止する。


「なによ。秋人だって料理が来た途端に姿勢正しちゃって、ほんとは楽しみだったんでしょ」


「うっ…それを言われると何も言えない」


「まあまあ、みんな楽しみだったのは同じだよ。温かいうちに食べちゃおう」


 いつものような二人のやり取りを僕が止めた。


「そうだね。こんなにおいしそうなのに冷めちゃったらもったいなよ」


 彼女が微笑みながらそう言って食べ始めた。


 僕も山菜の天ぷらを食べた。


 山の幸が豊富なところだから、今まで食べた山菜よりも格別においしい。


「ん~おいしい。この天ぷらすごいおいしいね葵君」


「うん、そうだね。衣の厚さがちょうどよくってこんなサクサクの天ぷら初めて食べたよ」


 天ぷらの美味しさで盛り上がっていると小桜さんが口を開いた。


「そういえばさ渚、さっきから水篠のこと下の名前で呼んでるよね?いきなりどうしたの?」


「ああ、それ俺も気になってた」


 秋人も疑問に思っていたらしい。まあそれもそうだよな。


 友達同士が苗字で呼んでいたのに、いきなり名前呼びになっているのは僕でも気になる。


「さっき二人が山登り勝負してるときに下の名前で呼んでもいいんじゃないかなって葵君に話したんだ。ほらみんなで出かけたりしてるから、だいぶ仲良くなったんじゃないかなって思って」


「えっ何それめっちゃいいじゃん。私も葵君って呼びたーい」


 小桜さんのテンションが上がる。


「俺のことは秋人って呼び捨てなのに葵は君付けなのかよ」


 逆に秋人のテンションが少しだけ下がった。


「ええ…そこそんなに気にするとこなの?水篠は葵って感じじゃなくて葵君って感じだから、秋人は秋人って感じだし呼び捨てになってるだけだよ」


 小桜さんは笑いながら秋人に説明していた。


「なんだそれどんな感じだよ」


 秋人も笑いながら返した。


「てことは葵君も渚のこと下の名前で呼んでるの?」


「一応ね、まだ慣れないけど」


「じゃあさじゃあさみんなの名前を下の名前で呼んでみてよ」


 小桜さんが提案してきた。


「まってまって何その名前呼ぶだけの恥ずかしい提案」


「ええ?だってまだ慣れないならいっぱい呼んどいたほうがいいじゃん」


「それはそうなんだけど」


 僕はたまらず秋人の方に目をやった。


「いい機会じゃん。これからの友達づくりのためにやっとけよ」


 秋人はご飯を食べながら言った。


 助けを求めたつもりが逆のことを言われた。


「ねね早く早く~」


「分かった分かった」


 僕は観念して名前を呼ぶことにした。


「じゃあ行くよ。秋人」


「おう」


 秋人は手を軽く上げて返事した。


「渚さん」


「はい」


 彼女も軽く手を挙げて返事した。


「桃…さん?ちゃん?」


「なんで私だけ子ども扱いなの?!」


 小桜さんは頬を膨らませながら怒った。


「なんとなく子供っぽいところがあるからちゃんの方がしっくりくるような気がして、冗談だよ」


 僕がそう言うと秋人が


「確かにそうやってほっぺふくらましてるとことか思いっきり子供じゃん」


「秋人にだけは言われたくない」


 小桜さんはさらに頬を膨らませた。


彼女はそれを見て


「桃はちっちゃくてかわいいからねー」


と言って頬を手ですりすりした。


「もー渚までそんなこと言って」


 小桜さんはますますむくれていった。


 夕食を食べ終わり片づけをしに廊下に出たら、さっきの女の子が玄関の前にニコニコしながら立っていた。


「うわっびっくりした」


 僕はとっさに声が出てしまった。


 女の子は「しー」と言いながら指を口の前に出した。


 僕はごめんねという仕草をしながら小さい声で


「さっき外にいた子だよね。どうしたの?お母さんとお父さんは?」


と聞くと女の子は


「いないよ」


と寂しげな顔をして言った。


 だがすぐに笑顔に変わりこう言った。


「そんなことよりおにいちゃん、あのね私と遊んでほしいの」


「遊ぶ?どこで遊ぶの?」


「ん~とねじゃあ私がさっき遊んでたところに時計の長い針と短い針が一番上で二つ重なった時に来てね。絶対だよ」


「一番上で重なった時?十二時か、なんでそんな時間に…」


「お~い葵~。これもそっち持ってっていいのかー」


 秋人の声が部屋の中から聞こえた。


一瞬部屋に視線を移し


「ああ、こっちまで持ってきてくれ」


と言い、女の子の方に視線を戻すと女の子はいなかった。


「どうしたんだよ、ぼーっとして」


 食器を持ってきた秋人に声をかけられて我に返った。


「いや何でもない。それここな」


「おうサンキュ」


 秋人は食器を置いて部屋に戻っていった。


 僕も秋人に後ろについて部屋に入った。


「二人ともありがと」


 彼女は僕たちにお礼を言った。


「どういたしまして」


「桃は食べ過ぎて動けなくなってるし。おい大丈夫かよ。食べ過ぎは体に良くないぞ」


 秋人が寝転がる小桜さんに向けて言った。


「渚が食べないっていうからつい」


「ごめんね、桃。無理させちゃって」


「ううん、無理なんかしてないよ。おいしかったからむしろありがたい」


 そんな会話をしている横で僕は一人考え事をしていた。


[あの子は一体何者なんだ。突然いなくなるしお母さんもお父さんもいないって。しかもあんな小さな子が真夜中に遊ぼうなんてどう考えてもおかしい。着ているものもボロボロだったし]


 この時僕はあの子の正体になんとなく気付いていた。


 だけど初めてのことで確証が持てなかった。


「葵君?」


 彼女に声をかけられ我に返った。


「大丈夫?何か考え事?」


 彼女は心配そうな顔で僕を見ていた。


「お?なんだ葵幽霊でも見たのか?」


 秋人がそう言った。


なんでこんなことだけは鋭いのかと思ったが、余計なことは言わない方がいいと思い


「ううん、何でもないよ」


と笑顔に変えた。

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