夏の色

 旅行当日、僕たちは海に行った日と同じ場所に集まった。


 その日は珍しく秋人が一番に来ていた。


「おはよう、秋人。今日はやけに早いな」


「おお、葵。おはよう!いやーやっぱ翡翠館に行けるって思ったら目が冴えちゃって。そういう葵こそまだ集合時間前だぜ」


「僕は遅れるのが嫌だからいつも早めの行動をしてるんだよ」


 楽しみで早く起きたことは隠しておこうと思ったが


「そんなこと言ってほんとはちょっと楽しみだったんだろ」


 秋人は笑いながら言った。


 秋人にだけは隠し事は出来ないな、なんて改めて思った。 


「まあ少し楽しみだったのは否定しないけど」


 そんな話をしていたら


「おまたせー」


 小桜さんが駅から走ってくるのが見えた。


「桃、まってよー」


 その後ろには彼女もいた。


「おはよう、小桜さん」


「おはよー水篠君。秋人も今日はやけに早いじゃんどうしたの?」


 小桜さんは意地悪な顔をして秋人に言った。


「それ葵にも聞かれたんだけど俺が早く来るのてそんな珍しい?」


「「うん」」


 僕と小桜さんは声を合わせて言った。


「ええ?」


「だって秋人ホームルームの時とかいつもギリギリじゃん」


 小桜さんが秋人の普段の様子を語る。


「それはそうだけど…俺だって早く来る時ぐらいあるよ」


 言いくるめられそうになった秋人は苦し紛れに言った。


「あーあ、秋人がいつもと違うことするから雪でも降るのかな?」


 小桜さんは冗談まじりに笑いながらそう言った。


「もー、桃が急に走り出すからびっくりしたよ」


 彼女が追いついた。


「ごめんごめん二人がもういたからつい」


「おはよう、二人とも遅くなっちゃってごめんね」


「全然大丈夫だよ。まだ集合時間前だしむしろ秋人が早く来すぎなだけだから」


 僕が秋人のことを引き合いに出す。


「まだいうか!」


 秋人のツッコミでみんなが笑った。


「電車来ちゃうから行こうか」


 僕はそう言うと水野駅の方へ歩き出した。


 電車に乗り込むと小桜さんが口を開いた。


「ねえねえそろそろ行先教えてくれてもいいんじゃない?」


「ああ、そうだな。じゃあヒント言ってくから当ててよ」


 秋人が言った。


「お、いいねそういうの面白そうじゃん。渚、頑張ろう。しりとりの借りを返す時がきたよ」


 小桜さんは前回の雪辱を果たそうと燃えていた。


「ふふ、しりとりで負けたのは桃だけでしょ。でも面白そうだから頑張る」


「じゃあヒントは俺と葵で交互に出してくから分かったら答えて。じゃあ早速ヒント一温泉が有名です」


 序盤は軽めのヒントからと、秋人ほぼ全ての旅館に当てはまりそうなことを言った。


「う~んさすがにそれだけだと分からない。水篠君次のヒント頂戴」


「じゃあ僕からのヒントはテレビで紹介されたこともある所」


 彼女は難しい顔をしながら


「まだ範囲が広すぎるな~。山岡君次のヒント頂戴」


「そうだな~山の上の方にあって知る人ぞ知る旅館である」


「知る人ぞ知る?全然出てこない」


 二人は難しい顔をしながら考えていた。


 じゃあ次のヒントはちょっと面白い感じにしてみようと思い、


「次のヒントは旅館の支配人の名前だよ。ちなみに名前は矢井田さんていうんだ。これをある順番で読むと別の単語になるよ」


「え?やいだ?いやだ、やだい、だやい、だいや。ダイヤじゃん。ダイヤモンドのダイヤだ!でもこれがヒント?」


 小桜さんは困惑した色を出していた。


 僕はこのヒントは遠回しすぎたかなと思ったが


「ダイヤモンド…宝石。温泉が有名で知る人ぞ知る宝石の名前が付いた旅館…あ、もしかして翡翠館?!」


「星月さん正解!すごいね」


 僕は彼女の推理力に驚いた。


「え?なんで?どういうこと?!全然わからない」


 小桜さんは戸惑いながら彼女を見た。


「あの情報だけでよくわかったね。正直僕も秋人もヒントの範囲が広すぎるし、最後は遠回しすぎたかなって思ったんだけど」


 うんうんと秋人は首を縦に振る。


「お昼の番組でやってるのを最近ちょこっと見たんだ。知る人ぞ知る秘湯みたいなのやってて、桃がダイヤモンドっていったから翡翠って宝石だったなって思って宝石つながりだったら翡翠館かなって」


 彼女は断片的な情報から正解を導き出した。


「渚すごーい探偵みたい!」


「そんなことないよ。桃がダイヤモンドって言ったから当てられたんだよ」


「じゃあ私たちの勝ちってことで」


「勝ち負けだったのかよ!」


 秋人は小桜さんにツッコミを入れた。


「でも翡翠館ってすごく有名なところだよね。そんなところに本当に泊めてもらえるの?」


 彼女が驚きながら聞いてきたので


「うん。ほんとだよ」


と返した。


「すごいね。そんなとこに泊めてもらえるんだ。空き部屋があって良かったね。あんな人気の旅館だったら一部屋しかなくてもしょうがないよ」


「そうだね。あの人に感謝しなきゃ」


 小桜さんは手を合わせた。


 そうこうしてるうちに山野駅に着いた。


 僕たちは電車を降りて旅館の方へ向かった。


「山の方にあるから駅からちょっと歩くみたい」


 僕は携帯の地図を見ながらみんなに言った。


「着いたら早速温泉入ろうぜ」


 秋人は汗を垂らしながらそう言った。


「お昼から温泉なんて贅沢な考えだね、秋人は」


 小桜さんもウキウキしているけど、秋人に気づかれないようにしていた。


「いいだろ別に、旅館に行けること自体が贅沢なんだから楽しまないと」


「確かにそうだ。じゃあさ秋人また競争しない?海のリベンジ!」


 秋人の前に立ち塞がり再び勝負を挑む。


「懲りないな桃は」


 秋人は呆れたように言う。


「泳ぎじゃ負けたけど持久走なら私も自信があるからね」


「いいぜじゃあ旅館まで勝負な」


「よし、あ、二人はゆっくりでいいからね」


 秋人と小桜さんはまた張り合っている。


「うん。そうさせてもらうよ。山道走ってばてたら温泉入らずに寝ちゃうかもしれないし」


 僕は即答した。


「私も山の空気を味わいながら行くよ」


 彼女も周りを見ながら山の空気を感じていた。


「よし、じゃあ桃、行くぞ。よーいスタート」


 二人は勢いよく走り出していき、あっという間にぼくたちの視界から消えた。


「やっぱあの二人すごい速いね」


「うん。運動系のことは何でも出来ちゃいそうだよね。私たちは景色でも見ながらゆっくり行こう」


 セミの鳴き声や川の流れる音、夏だなと思いながら彼女と二人歩いていた。すると彼女が


「突然なんだけど水篠君ってなんで下の名前が葵なの?」


 本当に突然で少し驚いたが僕は答えた。


「名前の由来?何だったかな。確か葵の花言葉の一つに温和っていうのがあって、誰に対しても優しく誠実な子に育って欲しいみたいな感じでつけたって前に聞いたような気がする」


「へぇーそんな花言葉があるんだね。実際水篠君はその通りに育ったね」


「そうかな。星月さんはなんで渚っていうの?」


 僕も彼女に聞いた。


「私はね、穏やかな海のようにおおらかで優しい子になってほしいって」


 彼女はそう言った。


 確かに彼女はいつも穏やかで、怒る所なんて想像も出来ない。


「いいね。まさにその通りって感じ」


「ふふ、そうなれてたらいいな」


「人の名前の由来って意外と面白いよね」


「うん」


 彼女は少しうつむきながらそう言った。


「どうしたの?」


 僕が聞くと彼女は


「いや、水篠君ともだいぶ仲良くなれてきたしそろそろ下の名前で呼びたいな…なんてね」


 僕は予想外の提案に一瞬ドキッとした。


 まさかそんなことを言われるなんて考えてもいなかった。


「ダメ…かな?」


「いや、全然。下の名前で呼んでくれていいよ。水篠ってちょっと言いづらいしね。自己紹介とかで名前言うときに毎回嚙みそうになっちゃうもん」


 僕は内心ドキドキしながらなんとか鼓動を抑えようと、早口で喋ってしまった。


「よかった。いきなりこんなこと言ったら断られるんじゃないかなって心配だったんだ。もしよかったら私も下の名前でよんでほしいな」


「あ、うん。分かったよ渚…さん」


「ありがと葵君」


 その話が終わると立派な旅館が見えてきた。


「あ、葵君あそこじゃない?」


「そうだね。秋人と小桜さんが見えるよ」


 二人は入口の邪魔にならないところで座り込んでいた。


「お待たせ、今回はどっちが勝ったの?」


 すると秋人が手を挙げた。


「今回も俺の勝ち。けど途中ちょっと危なかった……山道は桃の方がちょっと速くて焦ったぜ」


「途中までは私が勝ってたのにー。最後の直線で負けたー」


「途中まで秋人に勝ってたんだ。すごいね」


僕はまたしても小桜さんの運動神経に感心した。


「ほんとに最後の直線が無ければ勝てたのに」


 小桜さんはものすごく悔しそうだった。彼女は小桜さんを慰める。


 すると旅館の中から女将さんが出てきた。


「水篠様、お待ちしておりました。どうぞ中に入ってください」


「こんにちは、急なお願いだったのにありがとうございました」


 僕は深々と頭を下げた。


「いえいえとんでもないです。山道でお疲れでしょう早速お部屋の方ご案内しますね」


 僕たちは女将さんの後ろをついて行った。


「こちらが今回止まっていただくお部屋になります」


 部屋を見るなり秋人は


「おお、すげぇめっちゃきれいじゃん」


と驚きを隠しきれず声に出していた。


でも声が出てしまうのも無理がないほど整った部屋だった。


 仕切りのようなものは無かった。


 だが四人で寝泊まりするには十分な広さだった。


「温泉の方もすぐに入れますのでごゆっくりおくつろぎください。夕食のお時間は何時頃にいたしますか?」


「夕飯どうしようか」


 僕はみんなに聞くと


「六時ぐらいでいいんじゃないか?温泉はいってちょっとゆったりしてからご飯にすれば、ちょうどいいんじゃん?」


と秋人が口を開き、それに賛同するような形で小桜さんも


「そうだね。あんまり早くてもあれだしね」


と答えた。


「じゃあ六時でお願いします」


「かしこまりました。ではごゆっくりお過ごしください」


 女将さんはそう言って部屋を出た。

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