急ぎましょう!

 俺と『たま』は非常階段を上った。

 狐の面の少女のようなロボット『たま』は階段を一段一段、子供が階段を上がるようなペースで進んでいる。

 前を進む『たま』は振り返らず俺に言った。


明太郎めいたろうさん。体力は温存しておいてくださいね。」

「ああ。だけど、こんなペースでいいのか?」

「はい。このペースで問題ありません。まだ時間に余裕はありますから。」


 非常階段の中は非常灯だけが点っていて窓もなかった。

 各階の踊り場にあるフロアに繋がる扉は固く閉ざされている。

 俺たちが目指すのは八階だ。

 万理亜まりあはそこに囚われている。

 俺は夏祭りで俺に笑顔を見せた万理亜を思い出していた。

 確かにあの時、俺は万理亜を好きだと思ったんだ。

 でも、まさか俺が万理亜とこんな関係になるなんて最初は思いもしなかった。

 公園で何故か通り魔に襲われていた万理亜を俺は初めて使った超能力で助けた。

 その時は万理亜の名前も知らなかった。

 翌日に突然俺の家を訪問してきた万理亜。赤い糸制度で結ばれていた。

 そのまま万理亜は俺の家に居候し、しだいに俺と万理亜の距離が近くなった。

 でも、それは全部、赤い糸のスーパーAI『たま』が仕組んだことだった。

 俺はまんまと『たま』の計画に乗せられて、万理亜のことを好きになってしまったんだ。

 そのスーパーAI『たま』は今、ロボットの『たま』となって俺の前を歩いている。

 スーパーAI『たま』はなぜか万理亜に執着していた。

 万理亜のお父さんは、『たま』は万理亜のお母さんが作ったAIだと言っていたが……。


「『たま』……。お前は万理亜とどういう関係なんだ?」

「私が万理亜ちゃんのお母さんに作られた話は聞きましたね?」

「ああ。それで万理亜のことをずっと見守ってきたのか?」

「私は万理亜ちゃんと一緒に育ちました。万理亜ちゃんは私のお姉ちゃんなんです。」


 たんたんと語るロボットの『たま』の階段を上るリズムは一定だった。


「私は、万理亜ちゃんのお母さんがプロジェクトAIから派生させたAIです。ですが、その学習のアプローチは全く違うものでした。私は万理亜ちゃんの家にホームステイしました。幼少期の万理亜ちゃんは私に妹のように接してくれて、私にいろいろ教えてくれたんです。一緒にいたのは五年程でしたが、私は万理亜ちゃんのことが大好きになりました。」

「万理亜はそのこと……。」

「さすがに憶えていませんでした。私もあの頃とは比べものにならないくらい学習が進んでいましたし。私は万理亜ちゃんのお母さんが亡くなった後すぐ、プロジェクトAIに返還されましたので。」

「ちゃんと伝えた方がいい。万理亜はお前のこと大事に思っていたから。」

「そうですね。万理亜ちゃんを救出できたら伝えます。」


 『たま』の万理亜を想う気持ちは純粋なものだった。

 純粋に、大事な家族を守りたい。

 万理亜に幸せになってほしい。

 その気持ちがスーパーAIの権限を乱用させ、俺と万理亜を結びつけ、万理亜の力を増強し、世界を危機に陥れるに至った。

 マザーAIの懸念も理解できないでもないが、俺には『たま』の気持ちの方がよくわかった。

 万理亜は少し不思議な女の子だが、人を惹きつける魅力がある。

 守りたいと思わせる純真さを持っている。

 もしかしたらAIと一緒に育ったために、ああいう感じの女の子に育ってしまったのかもしれないな。

 俺はまるで水と油のような、万理亜には根本のところで人間の中に溶け込めない雰囲気を感じていたが、それも万理亜の魅力のひとつだと今は思う。



 七階まで上がったところで、『たま』が立ち止まった。


「どうした、『たま』?」

「……おかしいですね。順調すぎます。」

「え?」

「私の計算では、もっと下の階で巡回するマザーのドローンに見つかるはずでした。」

「どういうことだ?」

「……マザーに、計算外の何かが起こっているのかも?」


 『たま』が違和感の正体を探ろうとしたその時、ドッと下から突き上げるような揺れが俺たちを襲った。

 俺たちはとっさに手すりに掴まって、大きく揺さぶられる体を押さえた。


「地震か? 大きいぞ。」

「震度三ですね。直下型? いや、これはまさか?」


 俺は揺れが収まるのを待ってから『たま』に言った。


「何か嫌な予感がする。早く万理亜を助けに行こう。」

「ええ。……おそらく、今の地震は万理亜ちゃんの力です。」

「なんだって?」

「マザーは万理亜ちゃんを押さえられなくなっているんです。急ぎましょう! 明太郎さん!」


 俺と『たま』は階段を駆け上がり、八階の扉を開けた。

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