よし、行くぞ!

 俺たちは再び車に乗って、今度は高速自動車道で東京に向かっていた。

 ただし、車はロボットネットワークが開発した運転ロボットが運転している。


「こんなロボット、俺は見たことない。」

「まだ一般公開前なのよ。」


 助手席に座っていた姉さんが答えた。


「安全なのか?」

「シンギュラリティはとっくの昔に超えているの。今はただ認可がおりてないだけ。」


 道路に取り付けられたランプの光が飛ぶように流れていく。

 後部座席の俺の隣で比呂美ひろみが寝息を立てていた。


「だから安心して寝てていいよ、明太郎めいたろう。」


 確かに俺の疲労も限界だった。

 姉さんの声が遠くに聞こえた次の瞬間には俺は、意識が落ちるように眠気に負けていた。


         *


「着いたよ。」


 姉さんの声で俺は目を覚ました。

 隣の比呂美も起きたばかりのようだ。

 俺たちが寝ている間に、姉さんはスーツを着て髪もまとめて化粧もバッチリ決めていた。


「どう? 社会人に見えるでしょー?」

「ああ。すごいな、姉さん。」

「はっはっは! 可愛いやつ!」


 姉さんが俺の頭をワシャワシャと乱暴に撫でた。

 俺たちが乗ってきた車は、大きなビルの前の路上に駐車されていた。

 このビルが国民向上会議のビルなのだろう。

 後ろの大型のバンの中で、万理亜まりあのお父さんと狐面のロボット『たま』がコンピュータの画面を見て話し合っていた。

 

「ビルの警備会社のシステムは昨夜のうちに掌握しました。」

「いくらビルのセキュリティが万全であろうと、マザーの権限では取引先会社のコントロールまではできないからな。これで我々の行動はマザーからは見えないだろう。」

「現在、ビル内には五十台のロボットネットワーク製のスマホ端末があり、そのうち三台がローカルネットワークに接続されています。ここからビルの統制システムに侵入します。」

「どれくらいかかる?」

「五分もかかりません。」

「よし。では、行こう。」


 万理亜のお父さんが俺を見て頷く。

 いよいよ、万理亜を助けにいく時だ。

 俺の腰くらいまでの背丈しかない『たま』が俺の手を握って言った。


「万理亜ちゃんのお父さんとよし子さんが警備と受付の目を逸らしている間に、私と明太郎さんは非常階段から上がります。万理亜ちゃんは八階の執務室です。私は最上階のサーバールームを目指します。」

「わかった。」

「ビルの警備システムは私がすべて押さえていますから、危険はありません。ですが、万が一、マザーに抵抗された場合は……。」

「……やるしかない。」


 あの黒いドローンと、姉さんの超能力をも凌ぐ万理亜の力が脳裏に浮かんだ。

 おそらくマザーAIが本気になれば俺はひとたまりもない。

 いや、たとえ危険があろうと俺は万理亜を救い出すと決意していた。

 今度こそ必ず万理亜を救い出す。

 比呂美が俺の腕を掴んで言った。

 

「明太郎。絶対に私のところに戻ってきてね。私たちは赤い糸なんだからね。」

「……心配ないよ。」


 俺は不安そうな比呂美の顔を見た。

 そっと手を比呂美の肩に触れようとすると、比呂美が俺の胸の中に飛び込んできた。


「比呂美……。」

「約束だから!」

「ああ。無事に戻ってくる。」


 そして、いよいよ万理亜のお父さんと姉さんがビルに入っていった。

 俺たちはビルの外、少し離れたところから二人の様子をうかがった。


          *


 小さな少女サイズのロボット『たま』が、両手で持つくらいの大きさの端末を取り出して画面を映すと、そこにはビルの中が映し出された。


「ビルの中の監視カメラの映像です。マザーにはダミーの映像が見えているはずですが。」


 俺と比呂美はしゃがんで端末の画面を覗き込んだ。

 画面の映像では丁度、万理亜のお父さんと姉さんが受付で手続きに向かうところだった。

 こうやって見ると、姉さんのスーツ姿はさまになっていて秘書のようにも見える。

 二人は本日はアポ無しでの訪問であり、わざと受付で揉めて騒ぎを起こす手はずになっていた。警備員たちが二人に注目をしている間に、俺と『たま』が非常階段を登る段取りだ。


「そろそろか?」

「いえ、待ってください。少し様子が……。音声を聞いてみましょう。」



 ビルの受付の女性の声がする。


「千葉博士ですね。お待ちしておりました。こちら、ゲストパスになります。」

「そ……そうか。」

「所長……これって?」


 明らかに困惑した二人の声が聞こえてくる。

 俺は『たま』に言った。


「おい、もうマザーAIに感づかれたんじゃないのか?」

「いえ、こちらの様子は見えていないはずです。おそらく二人が訪問することまでは事前に予測して手を打っていたんです。ちょっと待ってください。計算します。」

「計算って?」

「出ました。比呂美さん。比呂美さんも二人と一緒にビルに入ってもらえますか?」

「え? 私?」

「はい。」

「わ、わかった。行ってくる。」

「気をつけろよ、比呂美。」

「うん。」


 比呂美が走ってビルの入り口から中に入って、万理亜のお父さんと姉さんに合流した。


「お、お姉ちゃん! ごめん、遅れちゃって!」

「比呂美ちゃん!?」


 姉さんが驚きの声を上げる。

 突然の比呂美の登場に、受付の女性が聞いた。


「そちらの方は? 本日は二名様と伺っておりますが……。」

「あ、あの、私! 見学したくって、ついて来ちゃって! お姉ちゃんが来ていいって!」

「そ、そうなのよ! いいかなって所長に聞いたらね、所長?」

「ああ、そうだった。かまわないと言ったな。確か。」


 女性は明らかに困った顔をしていた。

 ちらりと警備員の方に目をやる。

 警備員の男性二人が受付に近寄ってきていた。


「少々、確認いたしますので。」


 女性が電話を手に取った。

 その様子を見た『たま』が言う。


「電話は繋がりません。私が遮断しています。」


 何度かコールをした後、受付の女性が受話器を置いて警備員と何やら話し込んでいる。

 それを見て、ロボットの『たま』が走り出した。


「明太郎さん、今ならいけます!」

「よし、行くぞ!」


 俺と『たま』は静かにビルの中に入ると、受付とは反対方向の、非常階段の方に足早に移動した。

 さっと非常階段の扉の隙間にすべり込む。


「……お待たせいたしました。それではお手数ですが、お連れ様、こちらで入館の手続きをお願いいたします。」


 俺が非常階段の扉を締めるのと、その受付の女性の声が聞こえたのは同時だった。

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