仲がいいんですね

明太郎めいたろうー。朝食の当番、忘れてるー。」


 コンコンコンと言うノックの音と、部屋の外で比呂美ひろみの声がする。

 あ、あれ?

 俺は寝起きの頭でスマホの画面を見た。

 アラームが止まっている。

 そうだ……、スヌーズにするつもりが停止にした気がする。


「ごめん、比呂美。すぐやるから!」

「いいよ、今日から休みだから、ゆっくりで。」

「そうか、夏休みだ。」


 今日から夏休みに入ったのだった。

 初日は祝日で、比呂美の部活も休みだった。

 俺は簡単に着替えて部屋の外に出た。

 部屋の外では比呂美が待っていた。


「もー。昔みたいに私が起こしてあげないとダメなのかな?」

「いや、今日はたまたまアラーム消しちゃったんだよ。」

「鍵もさ、かかってなかったけど、一応プライバシーのために入らないであげたんだよ。」

「ありがとな、比呂美。」


 俺と比呂美が一階に降りると、万理亜まりあがテーブルの椅子に座ってお茶を飲んでいた。


「ごめん、万理亜。これから作るから。」

「はい。」


 俺は冷蔵庫を開けた。たしか、今日の献立では目玉焼きと、ご飯は昨日炊飯器のスイッチを……入れたっけ?


「あ、米を炊き忘れた。」

「やっぱりね。そうだと思った。出来てなかったから私、やってあるから。」


 比呂美が炊飯器の蓋を開けると、白いご飯に湯気が立ち上った。


「ほんと、ごめん。」

「いいよ。あと、サラダだよね。そっちは私が手伝うよ。」

「じゃあ、俺は目玉焼きをやればいいのか。」

「そう。」


 エプロン姿の比呂美がテキパキと皿に盛り付けをする。

 俺はフライパンに三つ卵を割って蓋をした。


「はい、お皿ここに置いておくね。」

「ありがとう。」

「あー、明太郎、寝ぐせが酷いね。」

「まだ鏡も見てないんだ。」

「私がお湯で濡らしたタオルを持ってきてあげる。」

「……助かる。」


 俺はフライパンの上で焼けた目玉焼きを三等分して、比呂美が置いてくれた皿の上に盛り付けた。

 それをテーブルまで運ぶ。


「できたぞ。」

「明太郎さん、ありがとうございます。」


 比呂美が茶碗にご飯をよそい、万理亜が三人の席に箸を並べた。

 俺が席に座ると、比呂美はお湯で濡らしたタオルで俺の寝ぐせを整えた。


「これでよし。あとは顔でも拭いて。」

「何から何まで、悪いな。」

「ほんとにね。明太郎は私がいないとダメなのかなー?」

「いや、今日は本当にたまたまだって。」

「でも昔から、ちょっと抜けているっていうかさ。中学校でもさ——」

「む、昔のことはいいだろ!?」

「はぁ?」


 比呂美がタオルで俺の頭をぐしぐしと掻き回す。


「ふふふ。いいですね。」


 万理亜が、俺と比呂美のそんな様子を見て笑った。

 なぜか俺は比呂美との漫才のようなやり取りを、万理亜に見られていたことが恥ずかしくなった。


「比呂美! ほら、朝食、冷めないうちに食べよう!」

「しょうがないなー。」


 俺はタオルで何度も顔を拭った。

 自分の顔が赤くなっていないか気になって仕方がなかった。



 朝食を食べた後すぐ、比呂美は友達と約束があると言って出かけていった。

 朝食の後片付けは比呂美の当番だったが、俺が代わりを買って出た。

 時間が遅くなってしまったお詫びだ。

 皿を洗っているところに、万理亜がやってきて言った。


「二人は本当に仲がいいんですね。」

「まあ、昔から一緒だったからな。兄妹みたいなもんかな。」

「羨ましいです。」

「そうか?」

「はい。……私もそうなりたい。」


 そう言った万理亜が見ていたのは俺ではなく、先ほどまで一緒に朝食を食べていたテーブルだった。


        *


 夕飯の片付けを終えると、万理亜がテレビの前のソファから俺を手招きした。

 テレビにはドラマの番宣が大写しになっている。


「明太郎さん、スペシャルドラマ始まりますよ。」

「この間、最終回になったやつか。続編?」

「そうです。『たま』ちゃんのお奨め番組に出てきて。」

「はー。あいつも役に立つことあるんだな。」


 俺は自然に無意識にソファの万理亜の横に座った。

 俺の家に万理亜が居候していた時、こうやって二人でドラマを見ていたのだ。

 リビングを通り過ぎざまにテレビを見た比呂美が言った。


「明太郎、そのドラマ見てたんだ。」

「ああ、万理亜に誘われてさ。」

「ふーん……。」


 ドラマは変わらず面白かった。

 ゲスト俳優が出てきたが、連続ドラマと同じ展開で笑える要素はそのままだった。

 俺も万理亜も笑って楽しんだ。

 比呂美は少し離れて、ダイニングのテーブルの椅子に座っていた。

 あっという間の二時間だった。

 俺は誰かに感想を言いたくて隣の万理亜に言った。


「面白かった。さすが、この大きさのテレビは迫力が違うよな。」

「そうですね。すごい見応えがあって。」

「ほんとそれだよな。夏のドラマも何か見たくなるなー。」

「それだったら、私はこれがお奨めです。」


 万理亜が俺の方に寄ってスマホの画面を見せる。

 画面には、若手の男女の俳優が映っていた。


「へー、恋愛?」

「いいえ、コメディなんですけど。」

「もう一話は終わってるのか。」

「大丈夫です。見逃し配信が見れますから。今から見ますか?」

「いいねぇ。」

「私、紅茶入れてきますね。」

「ああ、ありがとう。」


 キッチンに向かう万理亜。

 入れ替わりで比呂美がソファに座った。


「万理亜とずいぶん仲いいじゃん。」

「……そうかな?」

「そうだよ。まるで、……兄妹みたいに見えた。」

「ええ?」


 万理亜が紅茶の入ったカップを二つ持って、キッチンから俺たちのところに戻ってきた。


「あ、比呂美さんも一緒に見ますか?」

「……私はいい。」


 比呂美はそう言うと、自分の部屋にひっこんでしまった。

 なんだ、比呂美も一緒に見たらいいのにな。

 その日、俺と万理亜は時計の針が回るまでドラマを見ていた。

 そういう日が何回かあったと思う。

 俺にとって万理亜とドラマを見ることは、日常になっていた。

 それを比呂美がどういう気持ちで見ていたのかなんて、俺は気にしていなかったんだ。


         *


 当然だけど、この家は風呂場は一つで共同だった。

 俺たちは自分の部屋から着替えを持って風呂場に向かう。

 各々が風呂に入る時間割は、あらかじめ相談して決めていた。



 自分の部屋の中なら、人の目を気にせず超能力が自由に使えるから楽だ。

 俺は風呂に入るため超能力で着替えを浮かせて飛ばして、持っていた袋に詰めた。

 超能力を使えばこんな面倒なことも一瞬で出来る。

 比呂美と万理亜に見られたらいけないとはわかっているけれど、ついつい超能力を使ってしまう。

 危険だよなとは思ってるんだけどさ。

 だから、部屋のドアを開けてすぐ横、まるで俺を待っていたかのようにそこに立っている比呂美に気付いた時は、俺は心臓が飛び出るかと思った。

 比呂美は二階の廊下の手すりに寄りかかりながら、部屋から出てきた俺を見ていた。

 二階は吹き抜けになっていて、廊下からは一階を見下ろせる。


「明太郎、これからお風呂?」

「ああ。先に悪いな。」

「今日はそういう順番だからね。」


 今日の順番は、俺、万理亜、比呂美だった。


「明太郎……。昔はさ、一緒にお風呂入ったこともあったよね。」

「……小さいころな。」

「久しぶりに一緒に入る?」

「な、何言ってんだよ!?」

「冗談! 冗談だよ。」

「びっくりさせるなよ、比呂美……。」

「でもさ、水着ならどう?」

「どうって……。」

「私たち赤い糸じゃん。ちょっとくらいさ……。」


 俺は二階から下のリビングを見た。

 万理亜はリビングで一人、テレビを見ている。

 あの様子なら、あと一時間はテレビの前から離れないだろう。


「万理亜は関係ないでしょ……。」

「でも……。」

「最近、明太郎は万理亜とばっかり。私とは?」

「いや、俺は……。」

「ねえ……。」

「わかったよ、水着だけなら別に。ちょっと遊ぶだけだよな、昔みたいに。」

「そう。ちょっと遊んだら出てくから。」


 俺と比呂美はそれぞれ自分の部屋で水着に着替えて風呂場に向かった。

 なんとなく音を立てないように。

 万理亜に気付かれないように。

 まるでこれからしようとしていることが人に知られてはいけない悪いことのように感じられて、背徳感からか俺の鼓動は速くなった。



 風呂場で比呂美がシャワーを出す。

 比呂美が来ていたのは学校指定の水着ではなく、黄色いツーピースの水着だった。そんなの持ってたんだ。

 比呂美がシャワーの水温を下げて、自分の肩から水をかける。


「あはっ。冷たい!」


 風呂場の中にいる比呂美が、まだ脱衣所にいた俺の手を引く。


「ほら、明太郎も早く。」

「あ、ああ。」

「来たね。これを食らえ!」


 いたずらっぽく笑った比呂美が、持っていたシャワーを俺の体にかけた。


「ちょっ、待て! 冷たいだろ!」

「あはははは!」

「やったな、貸せ! お返ししてやる!」

「ひゃあああ!」


 二人で入るには少し狭い空間の中で、俺と比呂美はふざけ合った。

 小さいころの思い出もこんなだったっけ?

 違うと思う。

 俺が向けたシャワーが比呂美の肌を濡らす。

 抵抗する比呂美の手が俺の肌に触れる。

 身体をよじって冷水から逃がれようとする比呂美の曲線が揺れる。

 比呂美の黄色い声が、俺の気持ちを高ぶらせる。


「もう、明太郎ったら。」

「比呂美……。」

「あ……。」


 俺は勢い余って、比呂美の手首を掴んでいた。

 俺は比呂美の目を見つめた。その瞳は視線を探して揺れている。

 このまま、この気持ちをどう収拾つければいいんだ?

 見当違いの方向に当たっているシャワーの音だけが響く。

 俺はゆっくりと比呂美の顔に、自分の顔を……。


 ガラガラ!


 その時、風呂場の脱衣所のドアの開く音がして、俺は慌てて比呂美から離れた。

 風呂場の外にいる人影。万理亜だった。


「もう、二人でズルいです! 私も仲間に入れてください!」

「ま、万理亜!」


 そう言うと万理亜は身体にバスタオルを巻いただけの格好で風呂場に入ってきた。


「そ、その格好!」

「あれ、お風呂で水着ですか? 私てっきり。」


 狭い風呂場に三人。一気に距離が近くなる。

 万理亜のバスタオルがシャワーで濡れて、万理亜の身体に貼りつく。

 万理亜の豊満な身体の線がくっきりと浮き上がる。


「ちょ、ちょっと! 万理亜、身体隠して! えーっと、明太郎! 出てって!」

「俺!?」

「とにかく、明太郎は万理亜を見ちゃだめだから!」

「お、おう……。」


 俺の風呂の番だったはずなんだがな……。

 俺は入り口付近に立っている万理亜とすれ違って風呂場から出ようとした。

 俺の足が触れそうなところに万理亜のお尻が近づいてくる。

 これはやばい。


「明太郎!」

「見てない、見てない!」


 俺は脱衣所に出て、体を拭くためのタオルを探した。

 あ……。

 万理亜が脱いだばかりの下着がちらりと目に入った。

 って、ダメだ、今これを見たら自分を抑えられる自信がない!



 俺はタオルでざっくりと自分の体を拭くと、急いで自分の部屋に戻った。

 まだ、心臓がバクバクする。

 なかなか気持ちが収まらない。

 比呂美とも万理亜とも、今日は危なかった……。

 赤い糸で結ばれた女子二人との生活。

 これは危険な罠が多すぎる!

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