一緒に作りましょう

 期末試験が終わり、あとの授業は答案が返されるだけだったが、学校が夏休みになるまであと一週間ほどあった。

 俺たち三人は、新しい家から学校に通う。

 今日の朝食は簡単にトーストだけ。

 比呂美ひろみは部活の朝練があるので、一足先に家を出ている。

 家から学校まではギリギリ歩いていけないこともない距離だが、比呂美は自転車通学に切り替えていた。

 そういえば、以前に万理亜まりあが引っ越そうとしていた家は隣の駅だった。


「いえ、電車ではなくて、タクシーで通学しようと思っていました。」

「毎日!?」

「はい。父がそうしろと。」

「へえ……。」


 めちゃくちゃだな……。

 いや、万理亜がお母さんの遺産を相続していてお金を持っていることは聞いたけれど。

 それに万理亜の事故に遭いやすい体質のことも俺は知った。

 万が一、万理亜が事故に巻き込まれた時、電車、バス、飛行機、それら交通機関に乗っている場合に起こる事故の悲惨さは想像がつく。

 万理亜のお父さんが万理亜に日頃から言っていること、それはただの行きすぎた心配性ではない。

 万理亜のお父さんも万理亜の体質のことを知っているということだ。


「今度、聞いてみないとな……。」

「え、なんですか、明太郎めいたろうさん?」

「ごめん。なんでもないよ。」


 万理亜が不思議そうに俺を見た。

 俺は、万理亜のこの超常的とも言える不幸体質を治したいと思っている。

 そうすれば万理亜は自分の運命を取り戻すことができるのだ。スーパーAIに操られたものではない本物の運命を。

 そのためには少しでも情報が欲しかった。



「万理亜ちゃん、学校に行く時間ですよー。」

「了解です、『たま』ちゃん。」


 万理亜のスマホが時間を知らせた。

 学校の支度を終えた万理亜が玄関から俺に声をかける。


「明太郎さん、私たちもそろそろ出ましょうか。」


 今家を出ればギリギリ遅刻しない時間だ。


「そうだな。……あ、俺、部屋に忘れ物した。先に行っててくれ。すぐ追いつくから。」

「わかりました。」


 今日はクラスメートの北条に、借りた漫画を返す約束をしていたのだった。

 万理亜には先に行ってもらい、俺は部屋に戻った。

 えーっと、漫画は……、机の上!

 俺は超能力で漫画を浮かせて手元まで引き寄せた。

 数歩の距離だけど、最近の俺は超能力を便利に使っていた。

 もちろん人には見られないように気をつけている。あの嘘をつけないと言うスーパーAIが、他人にバレたら脳が爆発すると言ったのだ。信じがたいが危険は犯せない。

 俺は玄関の鍵をしめて、万理亜の後を追った。


          *


「うーん……。」


 家の共同スペースであるリビングのテーブルで、成績表とにらめっこしていた比呂美が唸った。

 今日の授業で全ての答案が返されて、全員に成績表が渡されていた。


「評価、よくなかったのか?」

「うん。たぶんこの評価だと、大学までは行けると思うけど、希望の職業になれるかわからないよ……。」

「小学校の先生か。」

「そう。適正の評価がAじゃないと厳しいって……。」

「先生って大変そうだもんな。」

「明太郎の成績はどうだった?」

「俺も大学は進学圏内。職業は……、希望を適当に書いたからなぁ。」


 エンジニア評価B。公務員C。冗談で書いたパイロットの評価はDだった。

 高校生にもなると、将来の方向性も決まってくる。

 成績とスーパーAIが判断した適正が良ければ大学進学を許可されるし、希望の職業にも就ける。逆にスーパーAIに適正が無いと判断されれば、どんな夢でもその道は閉ざされるのだ。

 基本的にはB評価以上なら希望すれば就職が可能だが、競争率が高い職業や高度な能力を求められる職業はA評価が無いと難しいとされた。


「万理亜はどうだったんだ?」

「私の成績表ですか?」


 万理亜が見せた成績表の評価にはAが並んでいた。

 あの赤い糸のスーパーAI『たま』は、スーパーAIにも担当があると言っていたので、この評価は『たま』がやったのではない。本物の万理亜の実力だ。

 それは万理亜と一緒に授業を受けていればわかる。


「これなら、職業選び放題じゃん。」

「そうなんでしょうか?」


 しかし、万理亜の職種希望欄は空欄だった。


「まだ、何になりたいのかわからなくて。」

「それなら俺も同じだ。だから、こうやって自分の適性がある職業を探してるけど、評価Aが出たこと無いんだよな……。」


 本当は一度だけ評価Aを取ったことがあった。

 あれは中学でまだ水泳部にいた時だ。あの時、俺は体育教師で評価Aを取った。

 このことは比呂美にも言っていない。

 でもその後、いろいろあって水泳を辞めた後は、二度と評価Aを取れなかった。

 結局、どう生きるかによってスーパーAIの評価は変わるのだと俺は実感した。

 だから比呂美にもまだ充分にチャンスがあると俺は思っている。


「まだ先の話さ。ゆっくり決めていけばいいと俺は思うよ。」

「……そうですね。」

「えー、私は焦ってるんだよー! 教育学部が無い大学しか候補にならなかったらどうしよう!?」

「評価を上げるために、なんか人に教える活動をやってみるのはどうだ? ボランティアとか。」

「それだ! 明太郎、たまには頼りになる!」

「たまにかよ。」


 比呂美はさっそく自分のスマホで何か検索しだしていた。

 万理亜を見ると、万理亜もスマホで何かを見ている。

 万理亜も職業について調べているのかな?


「万理亜も調べ物か?」

「いえ、父にメールを。成績表が届いたので。」

「そうか。」

「それにこのスマホ、検索は出来ないみたいで。」

「え? どういうことだ?」


 万理亜が適当にキーワードを入れて検索を押した後の画面を俺に見せてくれた。

 検索結果は、なぜかサメの絵が出てブロックされていた。

 このスマホ、お子様フィルターがかかっている……。

 アプリも自由にインストール出来ないようだった。


「おい、スーパーAI。」

「……。」


 俺は万理亜のスマホの中のスーパーAIを呼んだが、応答が無い。


「スーパーAI! おい……『たま』!」

「はーい、なんですか、明太郎さん?」


 俺が観念して『たま』と呼んだとたん、万理亜のスマホに虹色の髪の女の子のアバターが現れた。

 こいつ、すっかり『たま』のつもりかよ。


「なぜ万理亜のスマホにフィルターがかかってるんだ? 万理亜はもう十六歳なんだぞ?」

「でも、まだまだスマホ初心者なのでー。」

「お前が過保護なだけだろ。」

「失礼な。スーパーAI『たま』のやることに間違いはありません。」

「ありまくりじゃないか。」

「ぶー。」


 スマホの画面の中の『たま』は頬を膨らませてブー垂れている。

 俺と『たま』の間が険悪になったためか、万理亜が慌ててフォローに入ってきた。


「大丈夫です、明太郎さん。私はこれで不便はありませんから。」

「でも、これじゃスマホの意味ないだろ。」

「そんなことないです。ほら、これ、料理のレシピは検索できます。」

「そうそう。万理亜ちゃんが欲しい情報はこの『たま』が、しっかりお届けするので問題ありません!」


 万理亜の見せた画面には料理のレシピと、なぜか威張っている『たま』の姿が映っている。


「メールだって、私『たま』が届けますから安心してください!」


 それは検閲しているということだろうが……。

 さっきから、その『たま』アピールは何なんだよ。

 俺が『たま』を睨んだままなのを見かねたのか、万理亜が再びスマホを操作して、俺に別の画面を見せた。『たま』は画面の隅に後ろ姿だけ映っている。


「これ、ちょうど『たま』ちゃんにレシピを頼んでいたんです。クッキーを作ろうと思って。明太郎さん、比呂美さん、一緒に作りましょう!」

「クッキー?」

「はい! 材料も買ってあるので!」


 万理亜が気を遣っているのがわかる。

 ……俺が気を遣わせているのか。『たま』は何も言ってもきっと折れないだろうし。


「わかった。作ろうか。比呂美、どうだ?」

「いいよ、クッキーね。久しぶりかも。万理亜は作ったことあるの?」

「実は無いんです。父の誕生日にケーキを作ったことはありましたが、クッキーは初めてです。」

「へえ! それなら私が教えてあげるよ! そのレシピ見せて!」


 比呂美は、ふむふむとレシピを見たあと、おもむろに用意されたボールに薄力粉をバサッと入れた。


「おい、比呂美?」

「比呂美さん、量は計った方が……。それにこちらのふるいを使うとレシピには。」

「大丈夫。前に作った時はこれでうまく出来たから。はい、明太郎これ混ぜて。」

「……ああ、わかった。」

「万理亜はこっちね。ほら、こっちのページに書いてあるチョコ入れてみようよ。」

「なるほど、アレンジですね。」

「比呂美、これ、すごい粉っぽいんだが……。」

「卵が足りないのかな。足してみよっか。」

「大丈夫か、本当に?」

「大丈夫、大丈夫。」

「明太郎さん、それはおそらく薄力粉の量が四百グラムなのでレシピ通りならバターが百グラムほど足りないです。バターを入れてください。卵は卵白も入ってるので一個で十分かと。」

「ありがとう、万理亜。」

「比呂美さん、チョコは電子レンジではなくて、湯煎で溶かしましょうか。」

「え? あ、そう?」

「お、うまく生地がまとまってきたぞ。」

「万理亜、これってどう入れればいいの?」

「何回かに分けて少しずつ混ぜましょうか。」


 最初は自分が教えると言っていた比呂美だったが、いつの間にか万理亜の指示に従っていた。

 出来た生地を伸ばして広げて、俺たちはそれぞれ好きな型でクッキーの形を抜いていく。

 俺は無難にマル型にしていたが、比呂美は凝って動物型にしようとして苦戦していた。


「ダメだ、うまく抜けないよ! こうなったら自分で形を作る!」

「……それって、鳥か?」

「猫だよ!」

「猫!?」


 万理亜は黙々と、星やハートの型を抜いていた。


「あとは、オーブンで焼けば出来上がりですね。……この量だと三回くらいでしょうか。」

「これじゃ、晩ご飯も明日の朝ご飯もクッキーだね。」

「比呂美がレシピ通りに作らないから……。」

「三人分作らなきゃって思ったんだもん!」

「ふふふ。みんなで料理するのは楽しいですね。」

「そうだなぁ。」

「そうだねぇ。」


 万理亜の手で焼き上がったクッキーが、テーブルに山盛りになっていく。

 俺と比呂美はそれをつまみ食いしながら形を見てあれこれ品評会をした。


「これは?」

「犬。」

「ハズレ! 兎だよ!」

「わからん……。」


 万理亜が最後の皿を持ってきて俺たちに言った。


「そうです、みんなで写真を撮りましょう!」

「いいね。」


 万理亜がスマホを台の上に立てて置いて、俺たちの横に回ってきた。


「『たま』ちゃん、写真お願いします。」

「はーい。撮りますよー。はい、チーズ!」


 カシャリ!


 シャッター音と同時に、撮影された写真が俺たちのスマホにも送られてきた。

 その写真には、クッキーを見せて笑っている比呂美と俺と、万理亜、そして『たま』が写っていた。


「『たま』が写り込んでる……。」

「ま、私も万理亜ちゃんと写真撮りたかったので。」

「また勝手なことを。」

「でも、これはこれで良い写真じゃない?」

「私は嬉しいです。一生の思い出です!」


 そんな、思い出なんていくらだって作れるじゃないか……、って俺は何を忘れているんだ?

 この生活は俺の家が直るまでの間の期間限定の生活のつもりだ。

 それに万理亜との関係も赤い糸があることが前提で、俺はそれを解消するために万理亜の不幸体質を治したいんじゃなかったのか?

 いつかは終わる。それも遠い未来の話じゃない。

 俺は手元の写真に写った万理亜の笑顔をしばらく見つめていた。

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