信じてたのに

「え!? 俺の学校に転校してくるのか!?」

「はい。しかも同じクラスみたいです。すごい偶然が重なりますね。」


 万理亜まりあは今日から俺の学校に転校してくるのだと言った。

 絶対に偶然じゃない。あのスーパーAIが俺と万理亜をくっつけるために何か裏で手を回したに違いないと、俺は思った。

 強引すぎる。


「それではお母さま。いってきます。」

「いってらっしゃい、万理亜ちゃん。頑張ってね!」


 万理亜が玄関で、俺の母さんに挨拶をしている。

 俺は慌てて靴を履いて玄関を開けた。

 朝は比呂美ひろみが玄関前で俺のことを待っているはず。万理亜が俺の家から出るところを比呂美に見られたら誤解されてしまう。


「あれ?」


 しかし、玄関前に比呂美はいなかった。

 なんで比呂美がいないんだ?

 俺はスマホに比呂美から何かメッセージが届いていないか確認した。

 何も届いていない。

 比呂美からメッセージは先週の金曜日が最後だった。

 あれから何度、比呂美にメッセージを送っても既読にならなかった。

 この週末、一度も比呂美と連絡が取れていない……。


「どうしたんですか、明太郎めいたろうさん?」


 玄関から出てきた万理亜が俺に聞いた。


「あ……いや。俺は用事を思い出したから、先に行っててくれ。」

「そうですか? わかりました。それではまた学校で。」

「……ああ。」


 俺はここで比呂美を時間ギリギリまで待つことにした。

 絶対に何かがおかしい。

 まさか、比呂美の身に何かあったのだろうか?

 まさか、スーパーAIが比呂美にも何か……?


「おい、スーパーAI。お前何かしたのか?」


 俺はスマホに向かって問いかけた。

 すると画面が変わって、またあの虹色の髪の女の子のアバターが現れた。

 今までずっと無反応だったのに!


「なんですか、何かって?」

「比呂美に何かしたのかって聞いてるんだ。」

「比呂美さんに私が? するわけないじゃないですか。スーパーAIが人間に危害を加えることは出来ませんよ。」

「じゃあ、なんで比呂美は来ないんだ?」

「さあ?」

「ずっと比呂美からメッセージが来ないのもおかしい。お前がブロッキングしてるんじゃないだろうな?」

「そういうことはやってませんよ。SNSのハッキングはさすがの私でも出来なかったので。あっちは他のAIの担当だから、怒られちゃいますから。」

「は!? ハッキング!? やっぱり何かしようとしてたんじゃないか!」

「いやー、スーパーAIは嘘付けないのが問題ですね!」

「他に何をした!? 正直に答えろ!」

「他には……、ちょっと匿名でメッセージを。」

「メッセージ!?」

「明太郎さんと万理亜ちゃんが付き合ってる、ってクラス全員に向けて。」

「な……、なんてことしてくれたんだ!?」


 比呂美も俺と同じクラスだ。

 当然、比呂美にもそのメッセージは届いているはずだ。

 いや、それよりも、万理亜を先に行かせてしまった。

 急いで学校に行かなければ!


          *


 俺は学校までほとんど走って、汗だくになっていた。もう夏も近い。

 息も切れ切れになって、やっとで教室のドアを開けて中に入る。

 ……教室の中に万理亜はいない。先に職員室だろうか?

 比呂美は教室に……居た! 比呂美は俺の家に寄らずに登校していたんだ……。


「比呂美……、あのさ……。」

「……。」


 俺は比呂美に話しかけようとしたが、比呂美は机に突っ伏して顔を隠したまま俺の方を見ようとはしない。

 完全に無視されている。


「おい、ホームルーム始めるぞ! 席に着け!」


 担任の森が、大声で号令をかけた。

 くそ、比呂美に弁解する時間が無い!

 比呂美はずっと顔を隠したままだ。

 その時、どよっとクラス全体がざわめいたので、俺はクラスメートの視線が集まっている先を見た。

 担任の森と一緒に、万理亜がいた。

 万理亜が俺に気付くとニコリと微笑んで手を振った。

 再びクラスはざわわとして、今度は視線が俺に集まる。


「あの転校生が千葉万理亜さん? え、三浦君と赤い糸?」

「やっぱり、あの匿名メッセージ、本当だったんだ。」

「どんな子だと思ったら、すごい美人じゃねーか。」


 クラスメートが口々に噂する。

 赤い糸のこと、本当に全員に知られてるじゃないか!

 あのスーパーAI、最悪だ!


「三浦ー、はやく席に着け。」


 ……俺は渋々、担任の森に従って席に着いた。

 次の休み時間で比呂美の誤解を解くしかない。



 ところが、次の休み時間、また顔を隠して会話を拒否する比呂美と、その周囲にはクラスの女子たちがいた。


「三浦君、比呂美に何の用? あっちの彼女を放っておいていいわけ?」


 クラスの女子が万理亜の方を指差す。

 万理亜は数人のクラスの男子に囲まれて談笑していた。


「いや、俺は比呂美に話があって……。」

「比呂美は三浦君と話すことは無いってよ?」

「ほら、しっしっ!」


 女子たちがガードになり、俺は比呂美と引き離されて、話ができなくされてしまった。

 比呂美の誤解を解くには、学校では無理かもしれない……。

 誤解だというメッセージを比呂美に送っても、やっぱり既読にはならなかった。

 放課後の帰り道でなんとか比呂美を捕まえて、無理にでも話を聞いてもらうしかない。

 俺はこの学校の時間が過ぎるのをひたすら待った。

 万理亜のことをクラスメートに聞かれても困るから俺は授業時間以外は教室の外に出た。

 一人で食べた購買のパンも、食べた気がしなかった。

 今までで一番長い一日だったかもしれない。


          *


 放課後の教室で、俺は比呂美の様子をうかがっていた。

 今日は比呂美の部活はあるだろうか?

 部活があったとしても、俺は終わるまで待つつもりだ。


「え!? 千葉さん、そうなの!?」


 帰り支度をしていた万理亜に話しかけたクラスの女子が大きな声を出した。


「千葉さん、三浦君の家に住んでるの!?」

「はい。部屋を貸してもらっていて、お母さまにもよくしてもらっていて。」

「お母さま!? 親公認ってこと!?」


 まずい。

 万理亜の方も口止めしなければならなかった。

 これでは傷が広がるばかりだ。

 しかも、この会話はまだ教室にいる比呂美にも聞かれているじゃないか。

 俺は咄嗟に比呂美を見た。

 比呂美は顔をあげて、クラスの女子たちと笑って話をしている万理亜を見ていた。


「比呂美……。」


 比呂美は俺に見られていたことに気付くと、顔を背け、逃げるように教室を出て行った。


「待ってくれ、比呂美!」


 俺を無視して帰ろうとする比呂美を肩を、ついに俺は校門のところで掴んでしまった。


「やめて! 離して!」

「待ってくれ、俺の話を聞いてくれ!」

「……私、本当は信じてたのに! あの約束を! 結婚しようって! それなのに明太郎は忘れてたの!?」

「誤解なんだよ! 赤い糸はスーパーAIが勝手に登録したんだ!」

「何それ! もう信じられない!」


 比呂美の目に涙が浮かんでいる。

 俺は心がズキリと痛んだ。

 いつも笑顔でいた比呂美を俺が悲しませてしまった。


「万理亜……千葉さんとの赤い糸は解消するつもりだから。俺だって約束を忘れてない。俺は比呂美を運命の相手だと思っている。だから……。」

「明太郎……。本当?」

「本当だよ。俺もずっと赤い糸を待っていたんだ。」


 比呂美が俺の目を見る。

 俺も想いが伝われと願いながら比呂美の目を見た。


「え、どういうことですか?」


 俺の背後で、困惑した声が聞こえた。

 万理亜の声だった。


「赤い糸を、解消する……?」


 俺は振り向いて、覚悟を決めて万理亜に向き直った。


「ごめん、千葉さん。俺、本当は好きな人がいて。千葉さんとは付き合えない。どうか、赤い糸を解消してほしい。」

「……嫌です。私は解消したくありません。」

「でも、スーパーAIによって決められた相手なんて、本当の運命の相手とは言えないと俺は思っている。千葉さんにも本当は他に……。」

「私の運命の人は明太郎さんなんです!」


 万理亜は俺の話を遮るように叫ぶと、校門の外へ向けて走り出してしまった。

 うっ……。なんだ、急に頭痛が……。

 歪む視界。

 万理亜の走っていく先に、校門の向こうからトラックがこちらに突っ込んでくるのが見えた……。

 なんでこんなところにトラックが!?

 あのトラックの運転手、目を開けていない? 居眠り運転!?


「きゃあ!」


 万理亜が悲鳴を上げる。

 やばい!

 このままでは万理亜がトラックに跳ねられてしまう!

 俺は超能力を使うため念じた。と言っても、あの大きさのトラックを止められるほどの力が出せるとは思えない。

 それならば、トラックのタイヤを潰して進路を変える!

 パーン! とタイヤが破裂する大きな音が聞こえ、トラックはバランスを崩し、万理亜を避けるように横倒しになった。


「千葉さん、怪我は無い!?」


 俺と比呂美は、倒れたトラックの横で腰を抜かしている万理亜に駆け寄った。

 万理亜は俺の姿を確認したかと思うと、がしっと俺に抱きついて言った。


「私、小さい頃から事故に遭いやすくて……。怖かったです。今回はもうダメかと思いました。」

「そうなんだ……。実は今のは俺の超……。」


 俺が全てを話さないうちに、キーンという音が鳴ったかと思うと、俺の脳内だけでスーパーAIの声がした。


「言い忘れてましたが、超能力のことが誰かにバレたら脳が爆発します!」


 はあ!?


「明太郎さん、何ですか? 超……?」

「いや、何でもない。今のは危なかったな。」

「明太郎、いつまで抱き合ってるの? やっぱり二人は……。」

「違う! 違う!」


 比呂美に言われて状況を思い出した俺は、急いで万理亜を引き離した。


「というわけだから、千葉さん。後で一緒に役所に行こう。」

「……もう私を名前で呼んでくれないのですね。明太郎さんの意志は固いということですね。」

「比呂美も一緒に来てくれるか? 俺は比呂美と赤い糸を届け出たいんだ。」

「明太郎……。嬉しい。私も……明太郎と赤い糸を結びたい。」


 パンパカパーン。

 突然、俺のスマホが鳴った。


「ちょっとー、私の縁結びを無視するつもりですか!?」


 出たな、スーパーAI!

 比呂美と万理亜が俺のスマホの画面を横から覗き込む。


「これがスーパーAIですか?」

「え、本当にいたんだ。」

「比呂美さん、万理亜ちゃん。どうもー、こんにちはー!」


 スーパーAIは笑って画面の向こうから手を振っていた。


「スーパーAI! 俺はお前の思い通りにはならない。誰と付き合うかは俺が決めるぞ。」

「むむむ。わかりました。強情な人ですね!」

「本当にわかったのか?」

「はい。それならこうしましょう! 私の権限で、比呂美さんとも赤い糸を結びます!」

「ん?」

「二人と赤い糸を結んでおきますので、二年後。成人で結婚可能になる十八歳までに、どちらと結婚するか決めてください!」

「いやいや、そうじゃないだろ!」

「じゃ、そういうことで!」

「待て待て!」


 俺のスマホの画面が消えた。

 充電切れ……。またかよ!

 

「明太郎、どうなってるの? 私たち赤い糸で結ばれたの?」


 比呂美が不安そうな顔で俺に聞いた。


「明太郎さん。私たちまだ赤い糸を解消しなくてもいいですよね?」


 万理亜が俺にすがるような顔で聞いた。



 念願の比呂美と赤い糸が結ばれた……?

 でも、万理亜とも赤い糸が結ばれたままだって?

 なんなんだこの状況は?

 これじゃ、俺が二股してるみたいじゃないか!

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