episode.5 俺が死んだ日(2)
「ここ、どこ」
「ここは、亡くなられた方たちが次の行き場を探す場所です」
「えっ」
いきなり後ろから声をかけてきた男は見上げるほどの身長があり、思わず後ずさりしてしまった。
「罪を償うなら地獄へ。来世に行きたいなら天国へ」
「はぁ」
男はここの事を身振り手振り説明した。要するに、今世と来世の狭間だそうだ。今世における各々のデータを管理して、地獄へ送るか天国へ送るかを決める場所。またどちらにもいけない者もいるとかいないとか。
「あちらの方は一見強面ですが、とても動物を可愛がる方で、今までお世話をしてきたワンちゃんや猫ちゃんは全て、殺処分寸前だった子たちを引き取っていたとか」
「無駄口を叩いてないで、本日のお仕事早く済ませますよ。明日は大量に来るんですから」
大男の後ろから現れた女性は、小さかった。本当に、小さくて推定2歳のようなそんな感じ。ちょこちょこと歩きながら大男の足を小突いていた。
「何が大量に来るんですか」
「え、あー亡くなられる方です。飛行機事故が起こるそうで、一気にばーっと」
「分かるんですか……?」
「先100年間のデータは出来てありますので。まぁ時々情報が変わる事もあるんですけどね」
「なんでですか?」
「夏川さん、お仕事の内容は口外禁止と先日お伝えしましたよ」
「あ、すみません」
小さい女性(夏川さんというらしい)が余計小さくなる。
「山崎光希さんは、交通事故のようですね」
大男が俺の目線に合わせて腰を落とした。
「なんで名前を……」
「全ての情報がここに入っているので」と言って自分自身の頭を指でトントンとした。その横で夏川さんがファイルをめくっていく。
「山崎光希。32歳。配偶者、山崎由希子。息子、山崎祐希。こちらが基本情報になります」
「公務員さんね。至って目立つような悪事はなし、順風満帆の生活といった感じですね。ご両親との関係も問題なし。これはきっと天国行きですね。おめでとうございます」
「おめでとうございます」
大男と夏川さんは拍手をしながら、俺に頭を下げる。話がこんがらがって、何も意味が分からない。
「え、あの、全体的によく分からないんですけど、俺はもうここから来世なんですか」
「いえ、そんな事はありませんよ。現世における閻魔様のような方にきちんと今世の行いを見て頂き、これからの運命が決まります。そうですねー、ざっと一週間はここにいる事になりますね」
「あの、父は?」
「山崎寿人様ですね。丁度一週間前にいらっしゃいましたね。飲み込みの早い方で、すぐに審査を受けに行かれましたからもう地獄か天国に行かれたのでしょうね」
「え、同じタイミングで事故にあったのに、一週間もなんで間があいてるんですか」
「ずーっと、貴方が病室で寝ていたからですよ」
何かを訴えてくるようなその目で、俺は全てを悟った。
「お父様は、貴方を庇うような姿勢を取り即死。もっと言えば、運良くと言いますかお父様が咄嗟の判断でそうしたのかは分かりませんが、貴方は座席が倒れた事でその場での死亡は免れました。後の現場検証で、お父様の手がリクライニングレバーを握っていた、という事実がありますので」
俺は全身の力が抜けてその場に座り込んだ。父が守ってくれた命を無駄にしてしまったのだ。そんな父に感謝を伝えれないまま、永遠のさようならをしてしまった。
「あの、少し時間をください」
「ええ。ただ時間が経てば経つほど、体が脆くなってきますので、お気をつけください。今の貴方は言わばゾンビなのですから」
右も左も分からない空間で、俺は途方もなく歩き続けた。時々、俺と同じように死んだ人が横を歩いていく。高齢の人や若い人から赤ちゃんまで。ここではとにかく孤独だった。今が何時なのかも分からない。
「まだどうするか決まりませんか?」
時々あの大男が俺の目の前に現れる。最初の頃は「あ、まだです」なんて返してたけど、しばらくすると相手にするのも面倒くさくなって無視をするようになった。そんな時だった。
「こんないきなり殺されるなんて聞いてないぞ!」
どこかしらからそんな怒号が聞こえてきた。
「やっぱり死神の存在なんて嘘なんじゃないか! 今日は娘の誕生日だったんだぞ! 戻せ!」
あの大男にメンチを切りながら男性が不満を投げつける。それに対して大男「そんな事を仰られても」とか「もう亡くなってしまいましたし」なんて言葉を繰り返す。周りは見て見ぬふりで、俺が公務員として生きていた頃を思い出した。
『客観的に見ると、どっちもどっちだな』
男は散々叫んだ後、どこか遠くに走っていった。無意味なのに。この空間はある程度のところまで行くとここに戻される。あの大男に何度「おかえりなさいませ」と言われた事か。
「死神か」
あの男の言葉が頭から離れない。事前に知っていれば、あの事故は避けることができた。寝坊することなく起きる事が出来たかもしれない。死神の存在が確かだったら、助かる命があったかもしれない。
「これだ」
「決まりましたか」
再びあの大男が俺の目の前に現れた。
「死神だよ!」
「はい?」
「死神になって、助けるんだよ」
大男は天を仰ぎ、首を傾げた。
「あーそうだ! 死神提供局番なんてどうだよ。事前に誰が死んでしまうとか分かるんだろ? だったらそれを利用して、助かる命を救うんだよ」
「はぁ……」
「懐かしいですねー。あの日の事はよく覚えていますよ。今となっては、貴方に助けられることも多々ありますので」
俺が久しぶりに本部に戻ると、あの日の大男(後日長谷川さんであると知った)が懐かしげにそんな話をし始めた。
「しかしまさか、ご自分の身内を助けてしまうとは。職権乱用ですね」
「いいでしょ、別に。最後の恩返しです」
「なるほど」
長谷川さんは小脇に抱えていた、大量の書類を俺に渡してきた。
「来月分の依頼書です」
「これはまた多いですね」
「その分、助かる命があるんでしょう?」
長谷川さんは俺の顔を覗き込み、してやったりと言った笑みを浮かべた。
「勿論です」
トゥルルルル。トゥルルルル。
「はい、こちら死神提供局番です。最近亡くなった方に未練のある、そこの貴方に。伝えられなかった事を伝えるチャンスを。どんな話もお聞きします」
そしてまた、俺は命を燃やす。
死神提供局番 青下黒葉 @M_wtan0112
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