第9話 義母、晩節を汚しまくりながら公正証書を書く

 突然叫び出した義母に全員(パチンコ以外)がドン引きする中、それにまったく触れずパチンコが話を続ける。

 いや、そこは何か言ってやれよ……。


「まだ義母さんとは結婚の話はなくて、ひとまずどこかマンションを借りて同居しようって話をしてたんですが」

「あ、そうなんですか」

「そしたら義母さんのお母様に、義母さんの住まれてる家で一緒に暮らせばいいと言われまして」


「え……っ」


 となりでべそをかいていた旦那くんがおもわず頓狂な声を出した。だが気持ちはわかる。

 義母の住んでいる家=旦那くんの実家であり、そもそもな話。もとは旦那くんのお父さんおじいちゃんおばあちゃんと……つまり旦那くん一家が代々暮らしてきた家なのだ。ワタシも結婚前に何度か挨拶に行ったが、先祖代々の写真まで飾ってある古風な家だった。


 それを、家主であったお父さんが亡くなった途端に後妻の義母、だけならまだしもその母親までやってきて私物化しているという事態が突然判明…………いや、クソババアどもは何してんだ。

 っていうか旦那くんの実家に勝手に上がり込んで他人まで住ませようと勧めてくる義母の母親やばいな、一番こいつがやばいんじゃないか? とワタシは苦笑いする。いやーさすが義母の母である。


 しかしパチンコ的にはさすがにそこまで図々しくはなれなかったらしい。

 もしかしてまともな人、なのか?

 いや、本当にまともな人なら婿養子先を追い出されたり義母と付き合ったりはしていないだろうが……



「あと前から私も思ってたんですが、義母さんにも何度か話したのですが、やっぱり今後のことを踏まえてもそちらの遺産には私は関与しないと『公正証書』を書ければと……」

「えっ本当ですか?」

「はい」


 パチンコが頷く。

 パチンコから出た提案は、こちらとしてもありがたい限りであった。



 『公正証書』とは──?

 これはいわゆる法律(公証人法)の基、お互い合意のうえで契約を成立させ、それを証明する書類である。

 書類は市役所などではなく、『公正役場』で行う。(公正役場は各都道府県にだいたいひとつあるらしい)


 公正証書のメリットは、ちゃんとした法と第三者(公正役場にいる公証人)のもとで作成されるため、いわゆるあとから「そんな約束してませーん!」が通じないことだ。

 遺言書の下位互換、と言った方がわかりやすいだろうか?(下位互換なのは、死ぬ直前に書かれた方のが効力があるためだ)



 それを、パチンコは率先して書いてくれるらしかった。

 罠だろうか、とワタシは訝しむ。

 口約束だけでこの場を収めて、実際には何もせず放置かもしれない。

 しかし、だ。本当に本当に書いてくれるなら万々歳である。

 公正証書に、正式に『自分や自分の子供たちは旦那くんが相続する遺産に口出ししない』と書いてくれるのなら。

 あとは義母がどうするか、なのだが。

 見ると義母はさっきまでのヒステリックな顔をなんとか抑えて「私もそれでいいよ」と言ってきた。


 嘘こけ、と返したくなる。

 さっきてめえの本性見てんだよこっちはよ。

 そう言ってひっぱたけたらどれだけ爽快だろうか。



 こうして、この日の話し合いは一旦お開きとなった。

 こちらの要求であった『生前贈与』はできなかったが……これは諦めることにした。

 それに、のちに調べたところ生前贈与を行う場合は『贈与税』という多額の税金が発生する。これがなかなかの金額で、せっかくの遺産がかなり減ってしまう可能性が高かった。


 となればやはり、さっさと死んでもらった方がスムーズかつ何かと安く遺産が貰えるのだ。

 明日あたりに死なないかな、義母……とワタシはぼんやり考える。

 世の中こういうがめついクソババアに限って長生きだったりするものだ。残念ながら。




 そうして後日、パチンコの提案した通りに『公正証書』を作成することとなった。


 義母は「あとはこっちでしておくから〜」と言っていたが、絶対なんだかんだ理由をつけて放置するに決まっている。なあなあで逃げるに決まっているのだ。

 そうはさせまいぞ。

 旦那くんならそれで「じゃあ任せるよ」と騙せただろうがワタシは義母を一切微塵と信用していないのだから!

 お開きののちパチンコと帰って行く義母を見送りながら


「俺……おばあちゃんとはそれなりにうまくやってきたつもりだったんだけど……」


 ぽつり、と旦那くんが呟く。

 この『おばあちゃん』とは義母の母親のことだろう。


「本当の母親じゃないけどお母さんだったし、おばあちゃんもおばあちゃんだと思ってたけどさ……なんか…………無理になったわ……」


 父が亡くなった途端に暴れ出した母と、それに乗っかってきた祖母に旦那くんは心からショックを受けているようだった。裏切られた気分だろう。


「晩節を汚したよ、完全に」


 そう言う旦那くんを見ながら、もうお正月だろうと祖母の家を訪れることはなくなりそうだなとワタシは思った。



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