第8話 義母、ファミレスの中心で醜く叫ぶ(2)

 いやいやいやいや。

 何をしてんじゃむしろ何があったんじゃいと、ワタシは旦那くんに通話アプリでメッセージを送る。

 するとすぐに返事が返ってきた。


『俺もうだめだ』


「うおおい!?」

 外で待機なんてしてる場合じゃない。

 ワタシはすぐファミレスに戻り、旦那くんのもとへと向かう。

 席に着くと、旦那くんだけ項垂れるようにして涙を流していた。そして視線を向かい側に移せば、あきらかに不機嫌そうな義母が鼻息を荒くしている。


「…………どうしたの」


 確実これだめなやつだーと思いつつ声をかけると、旦那くんではなく義母の方が口を開いた。


「生前贈与出来ないって言ったらこんな泣き出したの」


「あー……」


 脚本通りなんとか説得してみたものの、どうやら義母は首を振らなかったというわけだ。

 それでも旦那くんは必死に「でもやっぱり跡継ぎとしてお父さんから任された責任があるから」と言い返す。


「だから、そんなのいきなり言われてもお母さんわからんよ! わからん! だから無理!」


「あ……っ」


 その言葉でなんとなく察する。

 弁護士さんの言っていたやつだと。

 わからないからと話を聞くことそのものを拒否しているのだ。義母は。

 しかし難しい話もしていないし、わかりやすく父の遺言の話をしても、最初から何も聞くつもりがない義母には無駄だというわけだった。


 なんとも腹立たしいババアである。

 人の話は絶対に聞かないくせに自分の話は全部通ると思っているのだから。


 仕方ないとワタシは旦那くんのとなりに着席し、代わりに話を続けることにした。


「あー……ならさ、相続ってやっぱり素人には難しいから、こっちの知り合いに弁護士さんいるからその人に頼んで任せるよ。お義母さんも言ってるけど、やっぱ素人同士だとわからんしね」

 ワタシが言う。

 すると義母は

「こっちの知り合いの税理士さんが全部やってくれるから!」と返してきた。


 んんん?

 税理士、だと?


 たしか義母は会計事務所で働いていたが、たいして学のないワタシでもさすがにわかる。


 遺産相続に税理士は完全に管轄外だろう。


「いや、税理士は納税とか確定申告とかやる人でしょ? 相続は法律だから、その道のプロは弁護士さんだよ。だからこっちの弁護士を呼ぶよ」


「じゃあ私も友達の弁護士さん呼ぶ!!!!!」


 内心、ワタシはどきりとした。

 義母はすでに勘付いているのだろう。遺産を意地でも手放したくないという気持ちがまるわかりだった。

 しかし、だ。

 義母はやたらと友達に税理士だの弁護士だの、肩書きのある人間をあげたがる。という話を以前旦那くんから聞いていたのを思い出す。旦那くんはそれを信じ込んでいるが……

 

 これはブラフだろうか?

 本当に友達だとして、そうほいほいとタダで弁護士を呼び出せるものだろうか?

 ワタシは今回のことで実際に弁護士探しからして、相場や雇う際のシステムも調べたからわかる。


 弁護士は決してお手軽なお手伝いさんなどではないのだ。


「……いいよ。じゃあ今からワタシの知り合いの弁護士さんに連絡して来てもらうから、ちゃんとプロからわかりやすく説明してもらって贈与について書類書こうか」


 勿論そんなことは出来ない。

 一か八か、こっちもブラフを仕掛けることにしたのだ。

 さあ、どうする?


 すると義母は「無理。説明されてもわからん。わからんから。わからん、わからん」と堂々巡りをし始めた。


 ちゃんと説明がないとわからないが説明は受けたくない、ということらしい。ほんとなんなんだこいつは。

 おそらく、さっきの「友達の弁護士呼ぶから!」はワタシたちに弁護士の知り合いがいるに対する買い言葉だったか?


 しかし困った。

 この義母はまるで話が通じないタイプどころか人の話を一切聞かないタイプだ。

 隣では旦那くんはまだベソをかいている。

 ワタシは唸り……するとそこへ


「あのー、私ももうそこ座っていいですか?」


 いつのまにかドライブから帰ってきていたパチンコが声をかけてきた。

「あ……ハイ」

 どうぞどうぞと促しつつ、ワタシは内心歯噛みする。

 旦那くんはもうだめモードになってるし、義母は完全にクソババアムーブに移行している。そんなところにパチンコまで参戦されたらワタシもさすがにキツイ。孤軍奮闘できる自信がなかった。


「あらためましてはじめまして。わたくし、義母さんとお付き合いしております……工業高校で教師をしてまして」

「えっ教師!?」

「あ、はい……」

 頷いて、パチンコが頭を下げた。

 義母はパソコン教室の先生だとか言っていたが……まさか嘘だったのか。

 ちらりと視線を義母に移す。義母は黙って座っていた。

 あーもしかしてこれあれか。『パソコン教室で知り合った学校の先生』みたいなのを省略でもして旦那くんに伝えたのか?


 もうパソコン講師だろうと高校教師だろうとどっちでもいいが。

 ワタシが「そうなんですか」と返すと、そのままパチンコは自分の家庭のことを話し始めた。

 パチンコは五十歳で、今はアパートで一人暮らしであること。

 すでにバツイチであり、子供は三人いたこと。

 (子供がいると聞いた時、ワタシは正直最悪だな、と思った。義母とパチンコが結婚したら、こいつの子供三人にも遺産を狙われかねないからだ)

 しかし、パチンコはもともと婿養子だったため、元嫁の実家を追い出される形となっていること。

 子供たちとは養育費を振り込むだけであまり連絡はとれていないこと。それらをパチンコは丁寧に話していく。


 ここまで聞きながら、不安こそゲロほどあれど、ワタシは意外にもパチンコが話を出来ることに少し感動していた。

 このあたりはさすが教師だから、なのだろうか?

 比べて義母がマジで一切話が出来ないせいもあるのだろうか。


「──それで、おそらくですがそちらが心配されてることは遺産相続のことだと思うのですが……」

「あ、はい。そうですね」

「それについては……」


 パチンコが何かを言おうとした、その時だった。



「土地は全部私のものなの!!!!!!」



 ガタ――ン、と。いきなり義母が立ち上がり、叫んだ。


 ファミレスの中心で、周囲の客がおもわずこちらを振り向く。

 ワタシはどんびきした。

 人間というのは追い詰められてこそ、その本性がわかるとどこかで読んだ気がするが……まさにそれだった。

 顔を真っ赤にして、目は瞳孔が開いているってくらいにぎょろりと血走り、興奮して息も荒い。


 それはそれは、あまりにも醜い形相であった。

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