第7話 義母、ファミレスの中心で醜く叫ぶ(1)
義母との話し合い、という名目の決戦の場は、ワタシと旦那くんの家から徒歩数分の場所にあるファミレスで行われることとなった。
待ち合わせはお昼12時ちょうど。
しかしワタシと旦那くんはギリギリまで予行練習するため、一時間早くファミレスに訪れ席もいい感じの所を確保することにした。
なるべく人目につかない店の奥の方で、なおかつ窓から駐車場が見えて、義母たちの車が入ってくるのをチェックできる席だ。
そこをなんとか確保してからとりあえずコーヒーを二人分頼む。
旦那くんはびっちり文字の書かれたコピー紙三枚と睨めっこしながら、すでに吐きそうですとばかりの顔をしていた。
このコピー紙はすべて脚本である。
フリーズしがちな旦那くんのために、義母が言ってきそうなことも予測しつつ書き綴ったお涙頂戴劇となっており……これが通じなかったらもうお手上げであった。
ちなみにワタシがあらかじめ書いたシナリオはこうだ。
まず義母は彼氏を連れてくる。ワタシの同席は拒否しておいて。
相続書類の件はとくに大事な家族の話だからとかぬかしていたが、あほか。あほかこいつは。
じゃあてめえが連れてくる彼氏はなんなんだよという話だが、とにかく、まずワタシは先手を打って義母と彼氏を待ち構え、この彼氏の方を引き離す。
これが第一作戦である。
おとなしい旦那くんに対して、義母は二対一でお付き合いしてます報告だの遺産相続の書類の件だのを突きつけるつもりなのだろう。が、そうはいかない。
ワタシを席から外させるならば、義母の彼氏(どんな男か知らないが)も同様だ。席には着かせない。
向こうが嫁入りしたワタシを家族にカウントしないなら、彼氏とやらもカウントされるわけがない。
なので、「ここで親子二人だけで話し合って」とでも言ってやればいい。
そしてあとは旦那くんに任せて、ワタシは彼氏を見張る。
これは彼氏が義母に入れ知恵するのを防ぐためでもあった。そう、ないとは言い切れないのだ。
偏見? こっちは将来の資産と旦那くんの先祖代々継いできた財産がかかっているのだ。ぽっと出のババアと知らない男にとられてたまるか!
そしてワタシと彼氏とやらが離脱した後からが第二作戦である。
おそらく予想では、義母はまず先にメールでも知らせてきた『遺産贈与契約書』を出してくるだろう。
あの50万やるからあとの遺産はやらねーぞとばかりのクソッタレな紙である。
ろくな説明すらなく、旦那くんに判子だけ押させようとする所業はもはやヤクザ顔負けだ。
それを出されても絶対に判子を押さないよう旦那くんには言って聞かせてある。むしろ根負けして勝手に押さないように判子は事前にワタシが預かることにした。
その代わりに、こっちからは『生前贈与証明書』を突き付ける。理由はこうだ。
父が亡くなる前に家のことを頼むと、旦那くんは直接言われていたこと。
家の跡継ぎで相続人である旦那くんが今までお母さんに何も言わず任せてたのは、後妻なのに父が死んだあと実家に帰らず家を守ってくれていたから。
だけどお母さんにいい人が出来てその人と第二の人生を歩んでいくのならそれでいい。でも新しい彼氏はあくまでお母さんの彼氏であって自分の父親ではないから、あとの家のことは全部自分に任せて二人で幸せになってほしい。
的なことを、涙ながらに訴える。
まさに『感動の親子ドラマで生前贈与させよう大作戦☆』であった。
そうこうしていると、駐車場に義母と彼氏らしき男がやってくるのが見えた。
ワタシと旦那くんは「うわあ……」と露骨に顔を顰める。
彼氏といる義母が色気づいた女子大生みたいな格好をしていたのも原因のひとつだが、義母の連れている男がなんとも治安の悪そうな風貌をしていたからだ。
サングラスに、使い古されたよれよれのスーツ、パンチパーマ、田舎のパチンコ店にいそう……というのがワタシの第一印象であった。
もうこいつの名前はパチンコでいいか。
なんなんだほんと。帰りたい。
しかし作戦は遂行せねばならない。
ファミレスに入ってきた義母が、ワタシもいることに少し怪訝そうな顔を作る。
いやワタシ嫁ですが何か? 文句でも? と言ってやりたいがここは我慢だ。
「それじゃあまずは親子二人で話すといいよ。ワタシとそちらの彼氏さんは席外してるからさ」
語気を強めに、ワタシはパチンコ(彼氏)を誘う。
パチンコは少し困惑していたが、意外にも素直に頷いてくれた。
しかも「じゃあ俺はしばらく適当にドライブしてくる」と言ってくれた。おう、ぜひそうしてくれ!
これには逆に義母は何やら言いたげだったが知ったことではない。
まずは第一作戦成功。
ワタシはドライブに出て行ったパチンコを見送り、ファミレスの外でひとり待機することとなった。
ここからは旦那くん次第である。
頼むぞマジでと、ワタシは願うしかない。
そこから……たしか一時間半くらいだろうか。
ぽちぽちソシャゲをしながらまだ終わらないのかなとワタシはそっと店内を覗く。
そろそろパチンコも戻ってくるだろうし、話し合いも決着していていいものだが……
「…………えっ」
そんなワタシの視界に入ってきたのは、厚かましくふてぶてしい顔をしてソファー席にもたれる義母と、向かいで号泣し俯く旦那くんであった。
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