第6話 義母のことを弁護士さんに相談する(2)
養父の残したお金は残っていないことを前提に出した結論は、『土地の所有権だけは絶対に旦那くんに相続させる』であった。
そもそも義母は養父が再婚した
そんな義母が養父が死んだあと待ってましたとばかりに旦那くんの実家や資産を好き放題にしている、というのはなんとも腹立たしいものである。
遺言ひとつも残さなかった養父も養父だ。
義母を信じていたのか、何も考えてなかったのかわからないが、少しはひとり息子に相続させておいてやればよかったのに……ワタシは思った。
さて。そんな義母が本来の相続人である旦那くんを無視し、勝手に彼氏へ資産を貢ぐのだけは止めなければならないわけで。
弁護士さんは少し考えて「この場合は生前贈与をしてもらうか、公正証書や遺言書を書いてもらう方法ですかね」と答えた。
「生前贈与、ですか?」
「はい」
弁護士さんが頷く。
『生前贈与』、とは──?
遺産を渡す側がまだ生きているうちであっても、相続させることができるシステムである。
たしかにこの方法なら一番手っ取り早い。
そんなわけで、ひとまず義母が現在所有している義父の遺産をすべて旦那くんへ生前贈与させるのを目標かつ勝利条件とした。
さて。ここで重要となってくるのは生前贈与をさせる際に『生前贈与証明書』というものが必要となり、それを双方同意の上で義母に書かせることであった。
「これが一番難しいんですけど……」と弁護士さんが腕を組み唸る。
「どうしてですか? 弁護士さんはこの手のプロなんですから、義母との話し合いの場に同席してもらって、うまいこと説明できないですかね?」
いくら義母とあやしい彼氏でも所詮はパンピーど素人。
弁護士さん相手に無茶苦茶な要求はしてこないだろうとワタシは踏んでいたのだが。
「実は同席はできることはできるのですが、その場で弁護士からお義母さまに贈与証明書の提案をすることは出来ないんです」
「えっそうなんですか!?」
ワタシが訊くと、弁護士さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「弁護士はあくまで相談に乗ったり助言をする立場なので、細かいところ、助言のつもりで何か言ったとしても向こうがあとから『書類を書くよう強要された!』とでも騒ぎだしたらかなり不味いんです……」
「あー……」
いくら法律のプロフェッショナルといえど信用問題にも関わるわけで。
ドラマなどでは弁護士はもっと前に出て依頼者に代わって積極的にいろいろしてくれるが、現実はかなーりかなーりシビアらしい。
加えて、義母は話し合いの場にワタシを同席させたくないのだから、ワタシが行って話しても何も聞かないだろう。
なので生前贈与証明書は旦那くんが義母に書かせなければならないのだ。責任重大な任務である。
ただでさえ今まで義母に言いようにされっぱなしだった旦那くんにできるのだろうか? いやできないと困るのだが。
「なんと言って説得したらいいのやら」
ワタシと弁護士さんふたりで悩み、「やっぱりここは」と先に口を開いたのは弁護士さんであった。
今まで受け持ってきた数々の相続問題の経験から出した答え、それは──
「泣き落としですね」
「泣き落とし……」
「泣き落としです」
きっぱりと言いきる。
結局理屈や法律を並べたところで相手は素人であり年配者であり、現実問題そのほとんどは自分の理解できない話は聞かない場合が多く、感情論の方がよっぽど話が通じるらしい。
まさかの演劇大作戦だ。しかしこれしかない。
旦那くんが
となりを見れば、ただでさえ不安そうにしていた旦那くんがさらに蒼褪めていた。
しっかりしろ! 頼むから!
アドリブなんてまるで出来ない旦那くんのことだ。ただでさえワタシが同席できない、サシでの話し合いの場。今まで通りフリーズして、結果義母に好き放題喋られて終わりだろう……そう、ワタシの手が入らなければ!
こうなったらワタシが予め義母の言ってきそうなことを予測し、その上で脚本を書き、旦那くんはその通りにやってもらう!
演劇大作戦上等。
天才舞台脚本家の腕を見せてやろうではないか!(未経験)
こうして、弁護士さんとの初回相談は終わった。
何かあればいつでも連絡してくださいと名刺をいただいた上、ネット通話もしてくれるらしい。
ただ次回からは料金がかかる──一時間だいたい一万円が相場だが、今の問題解決に法律のプロが力を貸してくれると思えば安いものだ──のだが、勿論そうさせていただきますとワタシたちはお願いして、帰路に着く。
「お父さんが死んだ時にもっと相続のこと話すべきだったなあ……」
その道中、旦那くんがぽつりと呟いた。
当時すべてを義母に任せてしまった結果なのだ。ぶっちゃけその通りだしお前たち父子二人が義母を甘やかしてきたのも悪いんだぞ。
まあ……ここまで義母がひどいとは思っていなかったのだろうから仕方ないのだが。
「ま、勉強になったじゃん。今回ので」
本当の決戦はこれからなのだが。
ワタシは落ち込む旦那くんの背中をポンと叩いた。
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