第5話 義母のことを弁護士さんに相談する(1)

 弁護士さんというと、テレビドラマのイメージで何かとお高いイメージが強いが、初回相談はどこも無料だったりする。


 ワタシは旦那くんに平日仕事を早退してもらい、二人で弁護士さんのもとへ行くこととなった。


「ごめんね、いろいろしてもらっちゃって」

 道中、旦那くんがしゅんと頭を下げる。

「いやいいよいいよ。ワタシの問題でもあるしね」

 そう、旦那くんが相続すべき財産ということは、旦那くんの嫁であるワタシにとっても大事な将来の資金なのだ。関係ないわけがない。

 でも義母はワタシに首を突っ込まれたくないんだろうけどな! と心の中で付け足しておいた。


 弁護士事務所は都会のオフィス街ど真ん中に鎮座している企業ビルの六階にあった。なんというか、「すげえエリートがいそ〜」な場所であった。

 まさに偉大なる上級貴族様にご教示を願うアホな民さながらの語彙力のない感想である。


 二人緊張しながら弁護士事務所のあるフロアへ行き、扉についたインターホンを鳴らす。


「はい、お待ちしておりました!」


 出てきたのは二十代後半くらいの若く、なかなかイケメンな弁護士さんであった。ホームページの弁護士紹介ページで見たよりもずっと好青年な印象で、写真うつりというものはやはり信用ならんなとワタシは思った。ワタシも写真うつりがとにかく酷いのである。どうでもいい情報であるが。


さてさて。しかし侮るなかれ。若いイケメン好青年でも彼の優秀さは知っている。弁護士探しをしている時に調べたのだ。

 遺産相続問題をメインに扱っていて実績や経験も豊富。なかなかの弁護士さんである。


 ちなみに若い弁護士というのもわざと選んだのだ。

 決して「どうせならイケメンがいい〜!」なんてアホな理由ではない。


 年配者は年配者に肩入れしがちという可能性を潰すためである。

 そして田舎弁護士も地元の仲間に情が流されがちという点も潰す。つまりだ。


「お義母さんも独り身で寂しかったんだよ。それにお年寄りなんだしさ〜、ここは若い人は我慢してあげてさ! 労ってあげたら?」


 なんていうゴミクソのような対応をされないためだ。

 そんなことある? とお思いの方。あるのである。

 田舎の、ローカルな、年寄りばかりの、横の繋がりは! あるのだ! こんな法律も憲法もないような展開が。

 だからこそ、都会、経験豊富、若い弁護士で絞り探したのである!


 事務所の受付の人に相談室に通されると、温かいお茶が出された。うまい。どうしてこういうところで飲むお茶はうまいのだろう。

 そんなことを考えていると、先ほどの弁護士さんが部屋に入ってきた。


「メールでお伺いしましたが、今回は遺産相続についてのご相談でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい!」

 そうです、と二人で返す。

 相談するのは以下の通りだ。



 ひとつ。旦那くんのお父さんが残した財産は今どうなっているのか? すべて把握する方法はないか?


 ふたつ。義母が相続人である旦那くんを無視し、勝手に彼氏へ財産を貢ぐのを阻止する方法はないか?


 みっつ。いっそ今義母が管理している父の遺産を、旦那くんに移させることはできないのか?



 兎にも角にも、謎の彼氏とやらに大事な財産を譲られるのだけは阻止せねばならないのだ。そう言うと、弁護士さんは「なるほど」と頷き


「ではまずお父様の残された財産の把握ですが、所有する土地の名義はこちらですぐ調べることが可能です」

「そうなんですか!?」

「はい。土地の住所や地番、家屋番号を教えて頂ければ現在の所有者をすぐ出せますよ。今しましょうか?」

「ぜひ!」


 なんとも対応の早いことか。無料相談なのに。

 一般人が土地の現在の所有者を調べる場合、法務局やらに問い合わせたりといろいろあるのだが、弁護士さんはその場でポポンと出せるらしい。弁護士万歳。

 そして旦那くんの知っているかぎりのお父さんが所有していた土地を言っていく。ワタシも詳しくは知らなかったため、それなりにあったんだなと驚いた。


 流れるように弁護士さんは現在の所有者が誰になっているかを調べて教えてくれた。

 予想通り、土地はすべて義母の名義となっていた。

 ここで旦那くん名義になっていればなあとワタシは思ったが、現実はまったく甘くないのである。


 養父が死んだあと、その息子である旦那くんと話し合うことなく義母は勝手に自分の名義にしたようだ。なんとも周到な姑である。


「次にお父様の残された財産に関してですが、こちらを調べるのは難しいですね……お父様の口座がそのまま残っていれば親族として問い合わせできますが、すでにそちらのお母様が全額引き出して自分の口座に入れている可能性が高いんです。その場合、二人分の貯金が混ざってしまうので、お父様が最初に一体いくら残されていたのかがわからなくなるんですよ」


 あーなるほど、とワタシが唸る。

 隣に座る旦那くんも同じように小さく溜め息を吐いていた。


 どれもこれも、養父が亡くなった時点で把握しておくべきだったのだ。


 前述したが、養父も旦那くんも義母に意見するタイプではなく、どこかのほほんとしていたせいでいつも義母が事前相談もなく事後報告というのか通例であった。

 ようするに今回の事態は、そのツケなのだ。


「お父さんのお金は、もうほとんど残ってないと思う……」


 旦那くんが言う。

 心当たりがあるらしかった。

 ワタシも、なんとなく察しがついた。


 義母はここ数年金遣いが荒かった。

 無駄に家をリフォームし、どこのメーカーすらわからないような高級化粧品を買い揃え、これまたどこの水かもわからない健康水とやらを定期購入。

 あげく住みもしないマンションの一室まで購入していた。


 それをワタシは、旦那くんの実家はそれなりに裕福だし、義母も働いているため金が余っているのだろう。金持ちの道楽とはそういうものなのかー程度に思っていたが…………ところがどっこい。

 死んだ夫の金を使い込んでいたと考えれば合点がいく。


 となれば旦那くんの言う通り、本当にもう養父の金は残っていないかもしれない……

 ワタシはすんと目を細めた。

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