第3話 義母、仕掛けてくる。

 素直に、マジでこいつは何を言っているんだ? と思った。

 本日彼氏がいるといきなり、一方的に知らされて、明後日その彼氏に会ってくれとは……いやそれよりも、まるでついでのように書かれた後半である。重要なのは。


 ・遺産相続の書類を持っていくから判子を押すこと。

 ・旦那くんだけでくること。嫁は同席させないこと。


 こいつは何を言っていやがるんだ?


 あまりの身勝手ぶりにワタシはくらりとした。

 まず遺産相続というのは間違いなく旦那くんの実家が所有する資産についてだろう。

 お義父さんが亡くなった際、遺産はすべて配偶者である義母に渡っていた。

 なのでひとり息子である旦那くんは次の相続人なのだが……


「あ、もしかしたら早めに俺に相続してくれるのかも!」


 旦那くんが言う。

「…………いや」

 そんなわけない。とワタシは思った。

 それならどうしてワタシの同席を嫌がるのだろうか。

 旦那くんは今まで母に反論した経験がほぼない。

 しかしマザコン、というわけではない。

 たいして考えず、人を疑わず、なんでもホイホイと聞いてしまう。よく言えば優しすぎる。悪く言えばちょろい男であった。

 だからこそ、ワタシがその場にいては心底都合が悪いのだろう。


 続けて届いた義母のメールには、家族の大切な話だからと書いてあった。


 つまり嫁いだワタシは家族ではないらしい。

 クソババアが。おめえも嫁いだ側だろーが。


 ちなみにまた余談であるが、この義母ババア、後妻である。つまり旦那くんとは血の繋がりがないのである。

 そりゃあ旦那くんにとっては今まで一緒に暮らしてきた情があるかもしれないが、父親が死んだ途端に彼氏とよろしく手のひら返してくる女に情なんて微塵もいらないだろとワタシは思った。

 

「どうする?」

 と聞いてくる旦那くん。

「会うのはまだだめ。時間がなさすぎる。仕事忙しくて明後日は無理って返して!」

「わかった」

「それと遺産相続の書類、どんなものを持ってくるつもりか先に見たいからって画像送らせて。すごく嫌な予感がする」

「嫌な予感? わかった……言ってみる」


 旦那くんは戸惑いつつも返事をする。すぐに義母からの返事はきた。しかし画像ファイルはついていなかった。


「書類は用意したら画像送るから、少しかかるって。彼氏連れてくのも明後日はやめてくれたよ」

「わかった。とにかく今は向こうの言うことは全部断るか、何か言われたら全部ワタシに教えてほしいんだけど」


 ワタシの言葉に旦那くんが頷く。

 うん、素直でよろしい。

 とりあえず今はこっちもをする必要があった。

 ワタシの予想が合っていれば、であるが。


 その日の夜、書類の画像が送られてきた。

 書類は、『遺産分与』についてであった。



『遺産贈与契約書


 当事者間において次のとおり贈与契約を締結した。

 

 贈与者、(義母)は本日その所有する下記財産を受贈者、(旦那くん)に贈与し受贈者はこれを受諾した。


 旦那くんの通帳に50万円を入金し贈与とする。 』



以上である。



「…………は?」


 これを見た瞬間、あまりの厚顔、暴虐無人っぷりに吐き気がした。

 つまり義母はこう言っているのだ。


「50万だけやるからあとの財産はすべて私のものだ」


 と──。


 予想した通りであった。最っっ悪だ。

 

 ワタシは、まさに今頭が真っ白状態でフリーズしている旦那くんを見やる。

 情けない話だが、彼は本当に気が弱く、根っからの平和主義者なのである。ワタシからすれば旦那くんのそんなところが好きでもあるのだが、今回ばかりは荷が重すぎる。相性が悪すぎるのだ。


 わかった。もうわかった。もういい。


 これは『宣戦布告』なのだ。


 いや、義母はそのつもりはないのかもしれない。もちろんより最低な意味で。


 ようするに、舐め腐っているのだこいつは。


 それでも旦那くんには戦う力はない。

 だからといって「お前ひとり息子だろしっかりしろよ!」なんて言葉は言えない。

 今の状態で旦那くんをさらに追い詰めれば、下手したら倒れてしまうから。


 

 だったらワタシがやるしかない。

 ワタシが立ち向かうしかない。

 ワタシが徹底的に戦うしかない!



「嫁を舐めんなよクッソババアが……!」


 吐き捨てながら、ワタシは自分のノートパソコンを開いて、すでにチェックしておいたいくつかのホームページにアクセスした。

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