第2話 義母、調子に乗りだす。
「彼氏……? は? 彼氏ってあの彼氏?」
「たぶん……」
あの彼氏とはどの彼氏なのだ。彼氏を指し示す日本語はひとつしかないというに。
それほどまでにワタシたちは動揺していた。
いや、まあ、最近は高齢者カップルも増えてきてる時代だし?
ラブホにはシニア割なんてある時代だし?
「えーと……その彼氏ってどんな人なの」
「俺もさっき言われただけだからまだ詳しくはわかんないけど、パソコン教室の先生らしい。ほら、前に通ってたじゃん。駅前のなんたらっていう」
「ああー……」
そういえば言っていた気がする。
気にも留めてなかったからぼんやりとしか覚えてないが、たしかにそんな話があった。
しかし一年くらい通ったというのに義母は最後までパソコンがてんで使えず、ExcelやWordどころかフォルダに保存すら出来なかったため何しに通ってたんだろうと旦那くんと話していたのだが、どっこい男を捕まえていたわけである。
好きな男子がいるからと塾に通う女子中学生かお前は!
「パソコン教室の先生って何歳くらいなの? まさかワタシらと同じかそれ以下とかないよね!?」
「それは大丈夫。さっきメールで相手は五十歳だって言ってた」
「それでもお義母さんよりだいぶ年下じゃない?」
たしか義母は六十歳手前くらいだったはず。
まあその年齢で十歳年上だの年下だの関係あるか? という話なのだが。
「彼氏ができたとかいきなり言われてもなあ」
言いながら旦那くんが所在なげにスマホを見つめる。
一度自分の話を始めたら一方的な義母からの続報を待っているのだろう。
ぶっちゃけワタシは義母とはほとんど連絡をとったことがなかった。というより皆無に近い。
向こうも旦那くんにばかり連絡しているため、それならそれでとほぼ放置であった。
まあとにかく、そんな間に彼氏を作ってよろしくしていたとは。
なんとなく、素振りがなかったか思い返してみる。
……あ。そういえば。
去年末に旦那くんの実家、つまり義母の住む家に挨拶へ行った時、片付け下手な汚いリビング(帰るたびにワタシが掃除していたがすぐもとに戻ってしまうので三年目くらいで掃除をしてやるのをやめた)に、世界的に有名な純文学小説が置いてあったのを思い出した。
小説なんて読まなさそうな義母が初手でいきなり純文学! しかも大長編!
ワタシもちゃんと読んだことはないが独特の恋愛小説だ。映画化もされていた。
それを、義母が? と首を傾げた記憶がある。
たまたま立ち寄った本屋でおすすめされていたのか。あるいは最近になって文学に目覚めたのか、あるいは誰かに勧められたのか。どちらにせよぼくには関係のないことだ……とその小説が語りかけてくる気がし──
それだ! とワタシは思った。
関係ないことなんてない!
ネットでよく聞く言葉がある。
『女は男の影響で趣味が変わることがある。』
おそらく義母は彼氏ができたことでつい読んだこともない小説を買い揃えてしまうほど心境が変化したのだろう。
いや彼氏にすぐ影響を受ける女子高生かお前は!
となると、間違いなく義母と彼氏の関係は去年末にはすでに出来上がっていたのだろう。
家、つまり旦那くんの実家にももう彼氏を呼んでいるのだろう。
ちなみに余談ではあるが、この時のワタシの読みは、のちに正解だったことがわかる。それどころか、お義父さんが亡くなってから一切片付けられていない夫婦の寝室にまで彼氏を連れ込んでいたのだ。義母は。
あと彼氏以外の男も家に入れていたことも判明し……とてもたいへん気持ち悪いなと思った。余談おわり。
さてさて。ここまでだとぶっちゃけまだどうでもいいし、むしろマジで関わりたくないのだが、この日の夜、義母から旦那に届いたメールで事態は急変した。
『そんなわけだから明後日彼氏と会ってほしい。そっちの近所にある喫茶店に行くから! あと息子くんだけできて。嫁は連れてこないで。遺産相続の書類もあるから判子だけ持ってきて!』
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