人生は続く

蒼板菜緒

人生は続く

「船引さん、こんにちは。」

「ああ、兄ちゃん。こんにちは。今日もかっこいいね。」

「ご冗談を。船引さんも、お変わりなくて何よりです。」

「お互い様だな。いつものことだ。」

「いい事じゃないですか。平和ってことですよ。」

「本当にそう思ってるかい?」

「勿論。」

「そうかい。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ、兄ちゃん。こんにちは。いつもご苦労なこったね。」

「まあ、やることもないので。船引さんは、ご機嫌いかがですか?」

「からかっちゃいけないよ。ご機嫌もくそもないだろう。」

「そういうものですか。」

「なにかやることもあれば別だがね。君はよく平気だね。」

「不思議となれるもんですよ。後は、性格もありますけどね。」

「性格かい。なら、しょうがないな。」

「はい。仕方ない事です。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ、兄ちゃん。こんにちは。それは?」

「これですか。他の方の忘れ物とかで。」

「へえ、出て行った人がいるのかい。」

「そりゃあいますよ。みんながみんな、私たちみたいとは限りませんし。」

「私たちみたい、ねえ…。」

「あ、いや、すいません。」

「いや、いいよ。その通りだしな。」

「…。」

「それ、一つくれるかい?」

「いいですけど、何に使うんですか。こんなもの」

「あって困る物でもないだろう。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ、兄ちゃん。こんにちは。」

「早速つけてるんですね。それ。」

「ああ、どうかね。」

「お似合いだと思いますよ。新鮮な感じがします。」

「そうかね。そう見えるかい。」

「嬉しそうですね。」

「嬉しそうに見えるかい?」

「からかってるんですか?」

「いや、私にも良く分からなくてね。」

「ああ、なるほど。」

「もとからこういう風に見えるだけなのかもしれないな。」

「船引さんも、普段からもっとそうすればいいのに。」

「私に文句を言っても仕方ないだろう。」

「確かに、そうでしたね。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ、兄ちゃん。こんにちは。」

「外しちゃったんですか。あれ。」

「ああ、なんだか落ち着かなくてね。」

「まだ、他にも沢山ありますよ。持ってきましょうか。」

「いや、いいんだ。」

「気分が変わるかもしれませんよ。せっかくの機会ですし。」

「いや、いい。まさかとは思うが、それでもね。」

「ああ…」

「準備くらいは、しておきたいじゃないか。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ兄ちゃん。こんにちは。」

「やっぱり、船引さんはいつも通りが一番かっこいいですね。」

「なんだい急に。」

「いや、そう思っただけですよ。やっぱりセンスあるなあ。」

「兄ちゃんはお世辞が上手いね。きっと喜ぶよ。」

「ほんとに思ってるんですって。」

「はは。そういうことにしておこう。今日は何かあったかね。」

「うーん。特には。いい天気ってことくらいしか。」

「そうかい。それはいい事だ。」

「まあ、そうですね。いつもそうですけど。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ兄ちゃん、こんにちは。」

「今日もいい天気だね。見てごらん。皆庭でひなたぼっこしてるよ。」

「ほんとだ。ここも随分人が増えましたね。」

「言われてみれば、そうかもしれないな。」

「船引さん、ここに来てどれくらいなんですか?」

「うーん、3年くらいになるのかな。兄ちゃんは?」

「僕は1年と少しだったかな。ちゃんと覚えていないけど。」

「皆、曖昧なもんだな。」

「それもそうですよ。覚えていたって仕方ないですし。」

「私は、もう自分が誰かも忘れてしまいそうだよ。」

「ご冗談を。しっかりしてくださいよ。まだまだ先は長いんですから。」

「先、ねえ…。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ兄ちゃん、こんにちは。」

「最近ずっと見ませんでしたね。心配しましたよ。」

「そうかい。すまなかったね。」

「いえいえ。どうでした?」

「相変わらずだったよ。ここと同じだ。特に変化なし。」

「まだ進展ないんですか。だめだなあ。」

「誰が悪いってわけでもないさ。それに、まだまだ先は長いって、君が言ったんじゃないか。」

「そうですけど。でももう3年でしょう?いい加減何かあってもいいと思うんですけど。」

「3年待ったんだ。まだ少しくらい待っていられるさ。」

「大人だなあ。」

「そういうもんだよ。」


「船引さん、こんにちは。」

「ああ兄ちゃん、こんにちは。」

「あれ、船引さん、随分変わりましたね。」

「そうかい。自分じゃ気づかないもんだね。」

「変わりましたよ。随分渋くなったというか、なんというか。」

「オブラートに包まなくても結構だよ。年を取っただろう。」

「まあ、その、はい。」

「年月が経ったということは、それだけ何かが変わったということだよ。」

「と、いいますと…」

「私の勘だが、そろそろだね。」

「おお、やっとですか。おめでとうございます。」

「まだわからんがね。君にも随分世話になった。ありがとう。」

「いえいえ、とんでもないです。寂しくなるなあ。」

「兄ちゃんのとこは、まだなのかい?」

「そうですね。まだ始まったばかりですし。なにより私の覚悟ができてなくて。」

「なに、大丈夫さ。」

「そういうもんですかね。」

「そういうもんだ。」


「逝ったか。」


いつも船引さんがいた、日当たりのいい窓際のテーブルの上には、一枚の紙が置かれている。いつも柔和に微笑みかけてくれた、品のいいダンディな男性の姿は、もういない。


忘れ物もない。最初から最後まで、年齢くらいしか変更点がなかったのだろう。作者はやはり、キャラクターデザインのセンスがある。そうでもないと、3年も続けることはできなかっただろうが。

紙を手に取る。それだけが、彼がここに居た証拠のような気がする。目を落とす。


・船引雄一(60⇒65歳)

主人公の悠馬の祖父。喫茶店「アース」を経営している。身長は高く(175㎝程度)、三白眼と髭をきれいに切りそろえた外見は一見怖そうな印象を与えるが、とても温厚で人情の厚い人物。いけおじ。「アース」に転がり込んできたヒロインの恵美香を喫茶店のウェイトレスとして雇い、以後悠馬と恵美香のくっつきそうでくっつかない恋愛を陰ながら見守った。彼らが大学進学をした後も喫茶店を続け、最終話である二人の結婚式にも仲人として出席した。

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人生は続く 蒼板菜緒 @aoita-nao

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