第88話 館を探索してみた


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■マップ/【恐怖の館テラーハウス】

【カジノ】の【景品交換】で解放される高難易度ダンジョン。

古代において生物兵器の研究がおこなわれており、ゾンビ系のモンスターが数多く出現する。


実装されたばかりでバグも多く、現環境ではいったん探索を開始すると【帰還の翼】も使えなくなるクソ仕様。

クリア前に出たくなったときは、いったん死んで【リスポーン】しよう。

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 テーラの新居――テーラハウスに閉じこめられてから、しばらくして。

 ローナは屋敷の天井に頭から突き刺さりながら、インターネット画面を確認していた。


(うーん、この家がダンジョンっていうのも驚きだけど……まさか“帰還の翼”も使えないとはなぁ。屋内だとファストトラベルも使えないし)


 一応、ファストトラベルを試しに使ってみたのだが……。

 その結果が、今の状況だ。


 とりあえず、天井から頭を引き抜いたものの。


「な、なんで、いきなり天井に頭から突き刺さって……え? 呪いか? 呪いなのか? こ、怖いのじゃ……怖いのじゃ……」


 と、テーラにすっかり怯えられてしまった。


(でも、ほかの脱出手段の“死んで復活りすぽーん”っていうのは神様にしかできない方法だよね。さすがに私にはできないし……ん? “神”にしかできない?)


 そこで、ローナはぱぁっと顔を明るくした。




「――そうだ! テーラさんが死ねばいいんだ!」




「……ッッ!?!?」


 “邪神”であるテーラなら、“りすぽーん”によって家から脱出できるだろう。

 さらに、テーラが外から玄関の扉を開けてくれれば、ローナも脱出できるというわけだ。


 それに、神々にとって“りすぽーん”のために自殺するのは日常的なことらしく、なんでも少し近道をするために自殺することを意味する“デスルーラ”という言葉もあるほどだとか。

 そんなこんなで、名案だと思ったのだが。



「――テーラ、自害しろ? ま、待つのじゃ! こっちに来るでない! だ、誰か……誰か助けて、ローナに殺されるッ!」



 なんかダメそうだった。

 どうやらテーラは、神は神でも“りすぽーん”ができないタイプの神らしい。


 となると、残る手段は――。


「うーん。やっぱり、脱出するにはこのダンジョン――『恐怖の館テラーハウス』を攻略するしかなさそうですね」


「うぬぬ……カジノのやつらめ、こんな家をつかませおって」


「ま、まあまあ。ダンジョンをクリアすれば、この家に問題なく住めるようになるみたいですし」


 インターネットによると、この家でおかしな現象が起きるのは、ダンジョンならではのことらしい。

 そのため、最深部にある迷宮の動力源――迷宮核を取ってしまえば、そういった現象も起きなくなるんだとか。


 そうなれば、ここに残るのはただの立派な家だけだ。

 むしろ、『ダンジョンをクリアすれば全て解決』となったことで、状況はだいぶわかりやすくなったとも言える。


「ふんっ、まあよいのじゃ。ちょうど、最近は暴れたりてなかったからの。いい機会じゃし、我が家の掃除をするついでに、ダンジョンでストレス発散させてもらうのじゃ!」


「そうですね、私もそろそろダンジョン観光したいなって思ってました!」


「え……ダンジョンを、観光……? え……?」



         ◇



 というわけで、ローナたちはさっそく屋敷の探索を開始した。


「えっと、インターネットによると、この使用人休憩室のロッカーを動かせば――あった!」


「な、なんじゃ、この階段はぁ!?」


 というわけで、探索開始から数分後。

 ローナたちの前に、あっさりと隠し階段が現れた。


 本来なら、『博士の手記』の暗号を読み解いたり、さまざまな謎やパズルを解かないと見つけられない階段らしいが――。


(うん、インターネットに書いてある通り♪)


 そんなことは、ローナには関係のないことだった。


「えっと、この階段の先には『非人道的な生物兵器の実験がおこなわれていた古代の研究施設』があって……迷宮核は『封印された神殺しの生物兵器』の奥の部屋にあるみたいですね」


「われの家、そんなことになっとるの!?」


「えへへ、地下室が広いと収納に便利そうですね! “からおけ”も“ぱーりー”もやりたい放題ですし!」


「……おぬしの人生は楽しそうじゃな」


「はい!」


 そんなこんなで、ローナたちはさっそく階段を降りていく。


 地下に入るとがらりと雰囲気が変わり、ぼんやりと発光している培養槽や、よくわからない機械が並んでいた。


「ふむ……これは、たしかに古代の研究施設っぽいの。知らんけど」


「えへへ。家に秘密基地があるみたいで、こういうのもいいですね――あっ、謎の“かんづめ”を見つけました! テーラさんも食べますか?」


「いや、われは遠慮しておくのじゃ」


 と、完全に観光気分でダンジョンをエンジョイするローナ。

 もちろん、ここまで余裕があるのは、インターネットがあるおかげだ。


「お、おい、ローナよ。一応、ダンジョンなのじゃから、気を抜くでないぞ」


「大丈夫ですよ。インターネットがあれば、敵の位置もわかりますから――あっ、さっそくこの先にモンスターがいるみたいですね」


「む? それもおぬしのスキルの力か? さっきの階段の発見といい、とんでもない力じゃの」


「はい……って、あれ? テーラさんはインターネットやってないんですか?」


「いんたーねっと? なんじゃそれ?」


「えっ、まさかインターネットをご存知でない!? インターネットは神様たちが正しい情報を共有したり、愉悦たのしくおしゃべりしたりする場所で、神様ならみんなやってるって聞いたんですが――」


「………………」


「テーラさん?」



「――われ、それ知らない……われ、それ誘われてない……」



「え…………あっ……」


「………………」


「………………」




「「……………………………………」」




 それはさておき――。

 ローナたちが物陰からこそこそと通路の先をのぞいてみると。


 そこにはインターネットに書いてあった通り、包帯でぐるぐる巻きのネズミ、ツギハギだらけの犬、血まみれの包丁を手にした人形……といった不気味なモンスターたちが徘徊していた。


「あれは……ゾンビ系のモンスターですね」


「そうみたいじゃな……って、おばけ否定してたわりにゾンビはよいのか?」


「? ゾンビはおばけじゃなくて生物兵器ですよ? “SNS”にもたくさんいますし……」


「なるほど、そうきたか」


「それより、すぐにあのゾンビたちの攻略法を調べ――」



「――待つのじゃ」



「え?」


「攻略法なんぞ調べたらつまらんじゃろ? こういうのはの、なにが起こるかわからんから楽しいのじゃ」


「う、うーん、たしかに?」


「そもそも、われ邪神ぞ? レベル108ぞ? 絶対ゾンビなんかに負けたりしないのじゃ!」


「え? あっ、テーラさん!?」


 そうして、テーラがゾンビたちの前へと飛び出した。



「じゃふん! やあやあ、われこそは真の邪神テーラな――『ドデスカァアア!?』『アリエンナァアアッ!!』『ペラペラソォオオオスッ!!』――ちょっ――な、なにをする、貴様らぁ!? いや――えっ、強っ――待って、話せばわか――イ゛ェアァアアアアッ!?」



「テーラさん!?」


 一瞬でボロ雑巾のようになるテーラ。


「……ケテ……タス、ケテ…………」


「わぁあっ、テーラさん!? す、すぐに助けます! えっと、えっと……」


 ローナは急いでインターネットを確認する。


(あのモンスターたちは、ミイラット、ゾンビーフ、デッドドッグ、ブラッドール。平均レベルは――140!?)


 ただのザコ敵とは思えないほどの強さだ。

 たしかに、インターネットにも『高難易度ダンジョン』と書いてあったが、まさかこれほどとは。


(えっと、ゾンビたちの弱点は火属性、光属性、それと……治癒? 治癒が弱点ってどういうこと? 治癒でダメージでも受けるの? ど、どういう原理で?)


 よくわからないが、テーラが近くにいると攻撃魔法も使えないし、かといって他の手段を調べている時間もないし……。


「ここはインターネットを信じて――水分身の舞い! からのぉ――プチヒールしゃがみ撃ち!」


「えっ、ちょっ、待っ――」



 ――ずどどどどどどぉおおおおお……ッ!!



 と、分身したローナ×3の杖から、破滅的な轟音とともに一斉に光線が放たれた(※回復魔法)。


 さらに、しゃがんで撃つことによって魔法の反動を無効化し、怒涛の3人×3連続の極太ビーム(※回復魔法)をお見舞いする。


 まるで神罰のように荒れくるう光の嵐撃(※回復魔法)が、ゾンビたち(+テーラ)をのみこんでいき――――。



『邪神テーラを倒した! EXPを52149獲得!』『ミイラットを倒した! EXPを6100獲得!』『デッドドッグを倒した! EXPを10109獲得!』『ゾンビーフを倒した! EXPを9290獲得!』『ブラッドールを倒した! EXPを19364獲得!』『LEVEL UP! Lv75→80』『スキル:【ゾンビキラーⅠ】を習得しました!』『SKILL UP! 【大物食いⅤ】→【大物食いⅦ】』『SKILL UP! 【殺戮の心得Ⅵ】→【殺戮の心得Ⅶ】』…………。




『称号:【人の心がない】を獲得しました!』




「な、なんとか倒せたぁ……」


 視界に現れる大量のメッセージとともに、ローナの分身がかき消える。

 どうやら、無事にゾンビたちを討伐できたらしい。


「ふぅ。もう大丈夫ですよ、テーラさん……あれ? テーラ……さん? なんだか体が透けて……」




「――ローナよ――おぬしといた数日――悪く――なかったのじゃ――――」




「テーラさん!?」



「――止まるんじゃ――ねぇのじゃ――――」



「わぁあっ、テーラさん!? なぜこんなことに!?」


 とりあえず、ボロボロになったテーラを慌てて安全部屋セーフルームへと運びこむローナ。

 ちなみに、部屋のベッドに寝かせたら、テーラの体力はなぜか一瞬で全快した。


「うぅ……ぐすっ……し、死ぬかと思ったのじゃ……」


「よ、よかったぁ、テーラさんが無事で」


「とゆーか……あのゾンビたち、強すぎん?」


「まあ、平均レベル140ですし」


「そうか、レベル140なら仕方な――って、待つのじゃ」


「はい?」


「それ、邪神われより30レベぐらい高いんじゃけど……あやつら、魔神かなにかなの?」



「いえ、ただの無限にわいてくるザコ敵だそうです」



「…………」


「テーラさん?」


 テーラは無言で近くにあったクローゼットに入って、がたがたと震えだした。



「――地上怖い……地上怖い……ガタガタガタガタガタ……」



「テーラさん!? ど、どうしたんですか、そんな“まなーもーど”みたいになって!?」


「いや、常識的に考えて、邪神よりも強い存在が無限にわいてきたらダメじゃろぉおっ! 世界滅ぶじゃろ、そんなのぉおっ!」


「だ、大丈夫ですよ。ただのよくある世界滅亡案件ですって」


「世界滅亡の扱いが軽すぎて怖い……もう嫌じゃ、われの新居はもうこのクローゼットでいいのじゃ! このクローゼットで静かだけど充実した余生を送るのじゃあああっ!」


「テーラさん……」


 すっかり怯えきって、クローゼットに閉じこもってしまったテーラ。


(うーん、なんとか元気づけてあげたいけど……)


 とはいえ、ローナにとっても、さすがに今まで経験したことのない難易度のダンジョンだ。


 再使用まで時間がかかる【水分身の舞い】という奥の手を使って、ようやくザコ敵のHPを削りきれたような状況であり。

 たしかに、テーラが不安になる気持ちはわかるが……。


 それでも、ローナに不安がないのは――インターネットがあるからだ。



「――大丈夫です、テーラさん。私たちにはインターネットがあります」



「……むぇ?」


「インターネットがあれば、どんな困難だって乗り越えられます。このダンジョンだって絶対に攻略できます。だから、テーラさんもインターネットを信じてください」


「……いんたーねっとを、信じる?」


「はい! 実は、私も少し前までは、弱くて、なにをやってもうまくいかなくて、いつも不安になってばかりでした……でも、インターネットを信じるようになってからは、人生が一変! 友達もたくさん増えて、年収も一気にアップしました! そう、インターネットを信じる者は救われるんです! なにも恐れる必要はありません! だって、インターネット画面の光は――私たちの希望の光なんですから!」


「……いんたーねっとは……光……」


 ローナの熱のこもった言葉に、テーラの瞳にもだんだんと強い光が宿っていき――。


「……本当に……信じて、よいのじゃな?」


「はい!」


 やがて、ローナの差しのべた手に、テーラの手がゆっくりと重ねられた。



「えへへ! ようこそ、“側”へ!」



 そう、どれだけ障害が大きくても、インターネットがあるかぎり、人が負けることはないのだ。

 このダンジョンをクリアするためにも、住みやすい我が家を手に入れるためにも――。



「――ここから先は、インターネットの時間です!」

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