第87話 呪いの館に閉じこめられてみた


 王城でのパーティーのあと。

 ローナとテーラは、さっそく王都郊外にある新居――もとい“テーラハウス”へとやって来た。


「着いたのじゃ! ここが……われらの……テーラハウス……」


「わぁっ、ここが私たちの……家……」


 尻すぼみになって消えるローナたちの声。

 そんな彼女たちの前にあったのは……。


 ――いかにも呪われていそうな屋敷だった。


 ずず……ずずず、ずずずずず……と。

 なぜか、屋敷の上空にだけピンポイントで立ちこめている暗雲。

 なぜか、屋敷の周囲にだけピンポイントで漂っている黒い霧。


 荒れ果てた庭には、不吉な枯れ木たちが黒いシルエットを並べており。

 さらに誰もいないはずの空間から、ケタケタケタケタと不気味な笑い声や、甲高い悲鳴が響きわたり……。



「――わぁっ、素敵なお家ですね! こんなところに住めるなんて夢みたい!」



「おぬし正気か!?」


「? どうしたんですか、テーラさん? さっきまで、あれだけはしゃいでたのに……」


「い、いやいやいや! この家見て、おぬしはなんとも思わんのか!? この家、絶対に呪われとるよ!? 絶対におばけとかおるよ!?」


「え……テーラさん、もしかして……おばけとか信じてるタイプですか?」


「むぇ? いや、おばけはおるじゃろ?」


「え……あー……」


「な、なんじゃ、その反応は!? ほんとじゃもん! おばけおるもん! 嘘じゃないもん!」


「テーラさん……」


「な、なんで、われがかわいそうな子みたいに見られとるの?」


「あっ、もしかして私を怖がらせようとしてるんですか? えへへ、無駄ですよー! 私、知ってるんですからね!」


「な、なんじゃこいつ……」


 たしかに、かつてはローナもおばけが怖かった時期もあった。

 しかし、ローナはもう、そのときのローナではない。



(――ふふん! おばけなんて実在しないって、インターネットに書いてあったもんね!)



 そう、ローナはインターネットで“真実”を学んだのだ。

 心霊現象なんてものは、全て“やらせ”か“しーじー”であるということを。

 怖い話も、全て“嘘松”だということを――。


「な、ならば、さっきから聞こえてくる謎の悲鳴やケタケタ笑いはなんだと言うのじゃ!?」


「きっと近くに幼稚園があるんですね」


「そんな幼稚園は嫌じゃ!?」


「そもそも、おばけなんて非科学的じゃないですか。物理法則的にありえないですよ」


「おぬしがそれ言う!?」


「それに、たしかに日当たりや騒音の問題はあるかもしれませんが……家自体はいい感じですよ?」


「む、むぅ……それは、まあ、そうじゃけど」


 ローナの言葉に、テーラも改めて新居を見てみるが。

 たしかに、『この家の上にだけ暗雲が渦巻いている』のも、『不気味な悲鳴や笑い声がする』のも、家そのものとは関係のない問題と言えなくもない……こともないこともない。


「ま、まあ、たしかに……大事なのは中身じゃよな。家自体は今のところ問題はなさそうじゃし……どうせ、住めれば問題はないのじゃ。うん、そうに違いないのじゃ」


 と、テーラは少し遠い目をしながら、自分に言い聞かせるように呟く。

 ちなみに、先ほどテーラは『カジノであっさり家を手に入れた』と見栄を張ったが……。


 そこに至るまでには、さまざまな苦労があったのだ。



『はい、物件探しですか? ふむふむ、ご職業は“邪神”? 年収はゼロ? へぇ、銀行口座も持ってないんですか! なるほど! お客様のお帰りでーす!』


『口座開設がしたい? いえ、住所が“黄金郷”で職業“邪神”の方は、規則的にちょっと……』


『……あのさぁ、そんな角つけて仕事の面接とか非常識だと思わないの? 履歴書にあるこの1000年の空白期間は……えっ、ずっと引きこもって寝てたの? 特技は、闇を操れる? あのねぇ……うちじゃ、闇とか操れても通用しないよ?』



 ……そう、都会は邪神に冷たいのだ。

 この家のほかに自宅を持てるチャンスなんて、もうないかもしれない。

 だからこそ、テーラはこの家をあきらめきれず――。


「う、うむ! そうじゃな……そうじゃよな! 大事なのは外側じゃなくて中身じゃ! それになにかあっても、どうせローナが呪いを全て無効化してくれるのじゃ!」


「はい! ……はい?」


 というわけで、ローナたちはさっそく屋敷の中に入ることにした。


 ぎぃぃい……と、やたら不吉な音を立てて開く扉。

 その先でローナたちを出迎えたのは――暗闇だった。


「いや……この家、昼なのに暗すぎん? ここまで暗いことある?」


「うーん、松明必須のエリアなんですかね? とりあえず、松明持ってるのでつけますね!」


 そう言って、ローナがアイテムボックスから松明を取り出す。

 これは、港町アクアスの水曜日クエストのとき、モンスターの出現場所を調整するためにたくさん用意していた“魔除けの松明”だ。


 ローナはその明かりで、屋内を照らし――。


「――ひっ!?」


 と、テーラが思わず悲鳴を上げる。

 その視線の先に広がっていたのは、荒れはてた猟奇殺人現場のような玄関ホールだった。


 ……凄惨に引き裂かれた絨毯やカーテン。

 ……床や壁に飛び散った、大量の血しぶき模様のシミ。

 ……今にも動きだしそうな、おぞましいマネキンや人形の群れ。


 そんな光景を前に――やがて、ローナはうんと頷いた。



「――それじゃあ、さっそく部屋割りを決めましょうか!」



「おぬし正気か!?」


「あっ、まずは掃除ですよねっ。ごめんなさい、ついはしゃいじゃって……っ」


「違う、そうじゃないのじゃ! この事件性しかない空間を見て、おぬしはなにも感じんのか!?」


「え……うーん? 散らかってるなぁとしか」


「散らかってるレベル99でもこうはならんじゃろ!?」


「でも、わりと実家がこんな感じでしたし」


「おぬしんち、おばけ屋敷!?」


 などとテーラが騒いでいると。

 まるで、その様子をおかしがるかのように、ケタケタケタ……という笑い声があちらこちらから響いてきた。


「ほ、ほらぁあっ! 絶対に誰かおるってぇええ、この家ぇえっ!」


「あっ! もしかして、“しぇあはうす”ってやつですか?」


「いや、どちらかというと、われらがおいしくシェアされそ――って、ひぃいいっ!? 今度はなんかピアノの音がしたのじゃあああっ!」


「きっと、ピアノの鍵盤を正しい順番で鳴らすと扉が開くタイプの家なんですね」


「それは日常生活に不便じゃろぉおおっ!?」


 と、怯えきっているテーラに、さらに追い打ちをかけるように。

 ばんッ! と、いきなり壁に血文字が現れた。



 ――――祝ってやる。



「あ゛ぁ゛ッあぁああッ!? 祝われたのじゃあ゛あああぁあッ!?」


「えっと、よかったですね?」


「も、もうこんなところにはいられないのじゃ! 早くこの家から出るのじゃ――」


 そう言って、テーラが扉に向かいかけたところで。



 ――――ぎぃぃィィ――――ばたんッ!!



 と、いきなりローナたちの背後で、扉がひとりでに閉まった。

 ケタケタケタケタ、という不気味な笑い声とともに……。


「わぁっ、“自動ドア”だぁ!」


「今のそういうのじゃと思う!? ――って、開かないのじゃ!? 閉じこめられたのじゃ!」


「そ、そんな! これは、まさか――」


「うむ……さすがのおぬしも理解したようじゃな」



「――“おーとろっく”!?」



「こやつ無敵かよ」


 と、言いつつも。

 なにも考えずに生きているローナ(断言)を見ていたら、テーラもだんだん冷静さを取り戻してきた。


「うむ、そうじゃな……そもそも、なにも恐れる必要などなかったのじゃ」


 そう、ここにいるのは、邪神テーラと――なんかよくわからないけど、邪神よりもずっと強いローナの2人。


 この2人がそろえば、呪いだろうが、おばけだろうが、降りかかる火の粉は簡単に払うことができるだろう。


「ふんっ、呪いじゃかなんじゃか知らんが……こんな扉ごときで、この邪神テーラを封印しようなんぞ1000年早いのじゃ。どうせ扉なんぞ、ぶち壊せば開くのじゃああああッ!」


 そう言うなり、テーラが扉に向けて、恐ろしく速い手刀の刺突を放ち――。



 ――ぐきぃいっ!



 と、嫌な音とともにテーラの指が弾かれた。


「……………………」


 あきらかに超常的な力によって、扉が閉じられていた。

 そして、テーラをあざ笑うように、ふたたびケタケタケタと笑い声が響く。


「……く」


「あの、テーラさん、大丈夫ですか? 突き指ですか? 突き指のダメージが深刻ですか?」


「く……くく……くくく……」


「テーラ、さん?」


 いきなり不敵に笑いだしたテーラに、ローナがちょっと引いたように無言で後ずさる。


「くくく、初めてじゃよ。この邪神テーラがここまでコケにされたのはのぅ」


 いや、思い返せば、最近わりとコケにされまくっている気がしてきたが。

 それはそれとして。



「……ローナよ、われは決めたのじゃ。必ずやこの家の呪いを祓って、われのテーラハウスを取り戻すと――ここまで来たら、絶対にこの家に住んでやるのじゃああっ!」



「あ、はい」


 というわけで、テーラたちの呪いの館探索が始まったのだった――。

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