第81話 邪神と地上に出てみた
というわけで。
黄金郷エーテルニアの出口である門の前までやって来た、ローナたち一行。
「ふわぁ、ここが黄金郷の出口……大きいですね」
長い階段をのぼった先にそびえ立っていたのは、見上げんばかりの巨大な石扉だった。
封印があろうがなかろうが、その扉を開けるのは難しそう――というか。
「い、いやいやいや……無理じゃろ。これはただの扉ではない。光の女神ラフィエールによる封印の“蓋”じゃ。さすがのおぬしでも、この封印の扉を破壊するのは不可能じゃよ」
そう、この光の女神の封印があるからこそ、邪神テーラも魔族たちも1000年間この地底から動けなかったわけで。
邪神テーラがこの封印を破壊するためにためていた力も、“真の姿”とともに消滅してしまったとなっては、もはやどうすることもできない。
「……でも、それでよいのじゃ」
と、邪神テーラは穏やかな微笑みとともに、魔族たちと顔を見合わせた。
魔族たちも、こくりと頷き合う。
そう、あきらめることなら――慣れている。
「もう、地上はわれらの時代ではない。地上を滅ぼすつもりはもうないし、この封印を破ったところで地上をいたずらに混乱させるだけじゃろう。ならば……われらはここで静かに生きて、静かに朽ちていこう」
邪神テーラの表情は、穏やかで慈愛に満ちていて。
邪神に堕ちる前の――地の神であった頃のテーラの面影があったりしたが。
そういうのは、ローナにとってどうでもよくて。
「えいっ」
ローナがてくてくと扉に近づいて押してみると、普通に扉が動いた。
「「「…………は?」」」
思わず、ぽかんとするローナ以外の一同。
そんな彼らの前で、ずずずずず……と、扉が少しずつ開いていく。
それは、ずっと彼らが望んでいた光景ではあったが。
「……え? ……は?」
すぐには、目の前で起きていることが理解できなかった。
しかし、扉の切れ間から、かすかに漏れてきた光を見て――。
「……っ!」
邪神テーラがはっとしたように扉に飛びついた。
「お……押すのじゃ! みんなで押すのじゃ! 開くぞ、この扉!」
「「「――っ!」」」
それからはすぐだった。
魔族たちも我先にと扉に飛びつき、その力でぐんぐん扉が開いていく。
扉の隙間から漏れてくる光も、どんどん光量を増していく。
それは、魔族たちが1000年間求め続けた太陽の光。
まるで長かった黄金郷の夜が明けるように、その光はだんだん眩しいまでに膨らんでいき、やがて――。
――――光が、弾けた。
「………………ぁ……」
邪神テーラが思わず、声を漏らす。
ついに開け放たれた扉の先――。
そこにあったのは、果てのない青空と太陽だった。
さぁあああぁ……っ、と。
どこからか吹いてきた風が、邪神テーラの髪をさらさらともてあそぶ。
その風に誘われるように、彼女がふらふらと外に出てみると……。
どうやら、そこは山の中だったらしい。
彼女の前に遮るものはなく、はるか地平までをも見通すことができた。
空は青くて、どこまでも果てがなくて。
太陽はどんな黄金よりも眩しくて――美しくて。
美しいものだけを集めた黄金郷よりも、世界は鮮やかに色づいていて。
かつては、飽きるほど見てきた、なんでもない光景のはずなのに――。
「……とっても綺麗なのじゃ」
邪神テーラの口から、そんな言葉がこぼれ出る。
やがて、その言葉が呼び水となったように、魔族たちが顔を見合わせると。
「「「――う……うぉおおおおおっ!!」」」
と、歓声を上げながら抱き合った。
魔族たちの1000年越しの悲願が叶った瞬間だ。地上に出られなくてもいいと言いつつも、やはり地上が恋しくなかった者はいないのだろう。
邪神テーラはそんな魔族たちの様子を前に、眩しそうに目を細めた。
「……ローナ、感謝するぞ。われらを地上に出してくれたことを」
「? とりあえず、喜んでいただけたのならなによりです」
「でも、いったい……どうやって、黄金郷の封印を破ったのじゃ?」
ふと、気になったので、そのことも尋ねてみる。
扉を開けたときに、ローナがなにかをした素振りはなかったが。
「え? あー、1週間ぐらい前に、ここの封印を間違って解いちゃってまして」
「…………へ?」
そう、ローナが初めて光の女神ラフィエールと会ったとき。
ローナはうっかり、この黄金郷の封印を解くためのキーワードを口にしてしまったのだ。
『黄金郷の封印を解く“力ある言葉”を唱えたということは――ついにできたのですね。邪神テーラと戦い、この世界を救う覚悟が……』
『ど、どうしよう……黄金郷の封印解いちゃったんですが。いやでも、わりとバレないか……?』
まあ、そのことはローナもすっかり忘れていたが……。
黄金郷に入るにあたって、その辺りのことも一応調べておいたのだ。
それから。
「あと、“帰還の翼”ってアイテムがあれば、いつでも外に出られましたよ? 黄金郷はダンジョンなので」
というような話を、邪神テーラにしてみたところ。
「………え…………えぇぇ……」
なんか、すごく微妙そうな顔をされてしまったのだった。
なにはともあれ。
地上に出られるようになった邪神+魔族たちであったが。
「では、さっそくみんなで観光に――」
「……とは、いかんじゃろ。常識的に考えて」
うんうんうんっ、と魔族たちも頷く。
わかっていないのは、ローナだけであった。
「? なにか問題がありましたっけ?」
「いや……一応、われ邪神ぞ? このまま王都にでも行ったら、大騒ぎになるのじゃ。1000年前に封印されたときにも、『いずれ復活して地上を滅ぼすのじゃ!』とか言っちゃったしのぅ』
「なるほど……“有名税”ってやつですね」
「たぶん、それは違うと思うが……まあ、せめて人間の王には話を通しておきたいところじゃのぅ」
「あっ、それなら、私が先に行って王様に伝えてきますね! テーラさんはもう大丈夫だって!」
「王に? そんなこと、おぬしにできるのか?」
「はい……たぶん!」
そう、忘れかけていたが……ローナにはエルフの女王からもらった首飾りがあるのだ。
これがあれば、貴族も王族もローナを無下には扱わないとのこと。
また、インターネットにも、『なぜか王城や謁見の間には誰でもフリーパスで入ることができ、国王とも話し放題になっている』と書いてあったし、いきなり突撃しても大丈夫だろう。たぶん。
「ふむ、いろいろ迷惑もかけたじゃろうし、人間の王になにか詫びの印でも贈ったほうがよいじゃろうか」
「お詫び……あっ! そういえば、地上ではお詫びの印に貴重な石をプレゼントする“詫び石”って文化がありまして」
「石?」
「変わり種では“詫びサザエ”というのもあるんですが。とにかく、迷惑をかけたときに石をプレゼントしないのは、とんでもないマナー違反だそうです」
「う、うむむ、地上の人間の考えることはわからんが……ならば、黄金郷にある宝石なんかを適当に持っていってくれ」
「わかりました!」
というわけで、“詫び石”の準備も済ませると。
「ファストトラベル――王都ウェブンヘイム!」
ローナは、さっそく王都へと転移したのだった。
一方、それを見送った邪神テーラは――。
「いや……あやつ、普通に強大なマナを垂れ流しておったが……大丈夫かのぅ?」
と、なんだか、いろいろ不安になるのだった。
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