第82話 王位簒奪してみた


 一方、ローナが王都に転移した頃。

 王都ウェブンヘイムの中心にある王城は、にわかに騒然となっていた。


「――陛下、大変です! 王都に強大なマナ反応が現れた模様!」


「なにぃっ!? またか!?」


 謁見の間に飛びこんできた宮廷魔術師の報告に、国王が思わず玉座から身を乗り出す。


「まさか、例のマナ反応と同じものか!?」


「お、おそらくは」


 そう、このような報告は、今回だけではないのだ。

 全ての始まりは、1か月ほど前にイプルの森で検出された強大なマナ反応だ。


 そのマナ反応から推定されるMP量は、10万とされているが……ありえない。

 王国が誇る宮廷魔術師ですら、MPは500ほどしかないのだ。

 人間の限界値をはるかに超えているどころか、話に伝え聞く“魔族”よりも圧倒的に強い。


 そのマナ反応は、それからもたびたび検出され――。

 ついに王都の中でも確認されるようになった。

 まるで、この王都の中で、なにかよからぬ陰謀をめぐらせようとしているかのように。


「くっ……大預言者様もまだ見つかっておらんというのに! ともかく、今度こそマナ反応の出所を突き止めるぞ! マナサーチが使える者をつれて調査に向かえ!」


「いえ、それが……マナ反応は現在、この城へと向かってきている模様です!」


「な、なに!? まさか、この城を攻め落とすつもりかっ!?」


 王位簒奪――いや、それだけで終わるとも思えない。


「す、すぐに城壁の守りを固めるのだ! 王宮騎士は……王宮騎士は今どこにいる!?」


「王宮騎士たちは現在、対象と接敵中! いえ、これは……歓迎している!? 王宮騎士たちが、対象を城の中へと手引きしています!」


「なんだと!? ま、まさか、クーデターか!?」


 宮廷魔術師が悲鳴のように叫んだ直後――。


 ごごごごごごごご……っ! と。


 大気を流れるマナが怯えるように震えだす。

 その力は、まるで――。


「…………邪神」


 伝承にあるその言葉が、国王の脳裏をよぎる。

 いずれ地上を滅ぼすと予言されている邪神テーラ。

 そして、今はちょうどその予言にある邪神復活の年なのだ。


「……ぁ……あぁ……っ」


 国王をはじめ、その場にいた人々がどうすることもできずに動けない。


 ……もう、おしまいだ。


 その場の誰もが、そう覚悟を決めたところで。

 ついに開け放たれた扉の先から――そのマナを放つ存在が姿を見せた。

 少女の形をしたそれは、国王を見るなり笑顔を浮かべると。


「――こんにちは~っ!」


 と、にこにこ元気よく挨拶をしてきたのだった。



      ◇



(わぁ……ここが、この国のお城かぁ)


 王城の謁見の間にやって来たローナは、きょろきょろと辺りを見回していた。

 そこは、いかにも王城という感じの空間だった。


 金色の装飾がふんだんに施された調度品やシャンデリア。

 王国の紋章が刺繍されたふわふわの紅絨毯……。

 そして、玉座に腰かけたローナの前にひざまずく国王と、「うわあああっ! この国はもうおしまいだぁあっ!」と叫んでいる宮廷魔術師たち。


(うん……どういう状況だろう、これ)


 一応、城門前にいた王宮騎士にエルフの女王からもらった首飾りを見せて。


『――っ!? まさか、あなたが大預言者ローナ様ですか!?』

『すぐに国王陛下のもとへ、おつれしなければ!』

『わっしょいわっしょい!』


 と、正式(?)につれて来られているはずだし、インターネットにも『王城にはなぜかフリーパスで入れる』と書いてあったので、問題はないと思うのだが。


 謁見の間に入るなり、国王にいきなり王冠やマントをわたされ、「へへへ、どうぞどうぞ!」と玉座いすをすすめられて、今にいたるというわけだ。

 最近、いろいろな王族と会ってきたが……。


(やっぱり、王族って変わった人が多いんだなぁ)


 と、ローナが考えていた一方で。

 王宮騎士たちも混乱したように国王に耳打ちしていた。


「へ、陛下? 突然、なにをされて……お気はたしかですか?」


「だ、だって、死にたくないんだもん!」


「死ぬ? いったい、なにをおっしゃって……」


「そ、そもそも、おぬしらはなんて化け物をこの城に呼びこんでるのだ! この国を売りおったか!?」


「いえ、国を売ったのは陛下だと思いますが……というか、大預言者ローナ様ですよ、彼女」


「え?」


「え?」


 王宮騎士と国王が、互いに顔を見合わせる。


「……マジで?」


「はい、ローナ様がつけている首飾りをご覧ください」


「……っ! あれはエルフの女王の!」


 それで、ようやく誤解がとけたらしい。

 国王は気を取り直すように、うぉっほんと咳払いをした。


「さて、ローナ殿。我が王城名物“国王体験コーナー”はお気に召していただけたかな?」


「あっ、体験コーナーだったんですね! とても楽しかったです!」


「うん、まあ……もうずっと、そのままでもいいんだけどね」


「こほん。陛下」


「……わ、わかっておるよ」


 というわけで、国王に王冠とマントと玉座を返してから、いったん仕切り直して。


「よく来てくれたな、ローナ殿。エルフの女王より話は聞かせてもらっておる。ググレカース家の件では本当に助けられた。国を代表して感謝しよう」


 と、頭を下げてくる国王。

 ググレカース家の件とは、『ローナの実家がエルフのザリチェと組んで、世界征服を企んでいた』という件だろう。


「もともとあの家には怪しいところが多々あったが、やつらはこの国にとって必要じゃったがゆえに強く出られなくてな。まさか、あそこまで腐っておったとは……いざ尋問してみれば余罪が出るわ出るわで、本当にふがいないかぎりだ」


「う、うちの実家がご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」


「いや、ローナ殿に責任はあるまい。家から追い出されていたとも聞くしな。本当に愚かなことをしたものだ、ググレカース家は……いや、マジで大預言者のローナ殿が他国に行ってたらどうするつもりだったんだ、あのバカども」


「?」


「ご、ごほん。それで……ローナ殿はどのような用でここに?」


「あっ、そうでした。邪神テーラさんから伝言を頼まれていまして」


「「「…………は?」」」


 呆然とする国王や王宮騎士たちに、ローナが説明をすること、しばし。


「つ、つまり……邪神テーラは力を失ったうえに、もう地上を滅ぼすつもりもなくなったから、地上に出ても驚くな。あと、地上観光の邪魔をするな……ということか?」


「はい」


「にわかには信じがたいが……」


 とはいえ、エルフの女王も認めた大預言者ローナの言葉なのだ。

 それに、こんな意味のわからない嘘をつくメリットもないだろうし……。

 と、国王たちが混乱していたところで。


「あっ、そうだ。これ、いろいろ迷惑をかけただろうからと、邪神テーラさんからの“詫び石”です!」


 ローナがアイテムボックスから、じゃらららら……と宝石の山を取り出した。

 宝石の花々、宝玉のような果実、宝石の結晶……。

 それは、どれも地上では見られない、夢のように見事な宝石で。


「な、なんだこの宝石は……ひとつひとつが国宝級だぞ、こんなの」

「本当に、黄金郷エーテルニアが実在するということか……?」

「我が国の財政が一気に改善するな……」


「あっ、それと、証拠になるかはわかりませんが」


 ローナは1枚の写真を取り出した。



「「「――こ、これはっ!?」」」



 ローナが提示した写真。

 その写真の中で、予言とともに語り継がれる邪神が――。

 にこにこピースしているローナの後ろで、ちっちゃく爆散していた。


「「「…………いや……えぇ……」」」


 そんなこんなで、納得してもらうのには時間がかかったが。


「本当に……本当に、邪神テーラはもう戦意がないのだな?」


「はい」


「そ、そうか……本当に」


 たび重なる質問と確認のあと。

 国王はやがて気が抜けたように、どっかりと玉座にもたれた。


 ちなみに、ローナは知らないことだったが……。

 邪神テーラの復活は、オライン王国が建国時から抱えていた歴史的な大問題であった。


『邪神が復活したら、ただちに討伐する』


 それがこの国の存在意義であり、この国の王族に代々課せられてきた使命であり。

 今年は邪神復活が予言された年ということもあって、国王は一瞬たりとも気が休まらない日々を送っていたのだが……。


 そんな邪神の問題が、今――なんか、国王の知らないところで解決してしまった。


 ついでに、邪神からの〝詫び石〟のおかげで、国の逼迫した財政問題も解決してしまった。

 となれば、やるべきことはひとつ。


「ま……ま……」


「ま?」



「――祭りをするぞぉおおおおおっ!!」



「「「――うぉおおおおおおおお……っ!!」」」


 国王の叫びとともに、宮廷魔術師や王宮騎士たちが拳を突き上げて歓声を上げるのだった。

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