第79話 邪神と決闘してみた


 邪神テーラから決闘を申しこまれたあと。

 神殿前の広場にて、ローナと邪神テーラは向かい合っていた。


「くくく、戦う準備はできたかのぅ? ローナなんとかよ」


 邪神テーラがやる気満々でストレッチしている一方。


(……ど、どうしてこんなことに?)


 ローナは遠い目をしていた。

 正直、『どちらが真の邪神にふさわしいか』とか興味がないので辞退しようとしたのだが、その前に魔族たちが盛り上がってしまい――。



『『『――うおおおっ! 新旧の邪神同士、夢の対決だぁっ!』』』


『待って? まだ、われを“旧”扱いするのやめよ?』



 そんなこんなで、あれよあれよの間に、決闘の舞台が整えられてしまったのだ。


「……あの、テーラさん? ひとついいですか?」


「なんじゃ? 怖気づいたか?」


「いえ、あの……私はべつに“真の邪神”とかに興味ないので、私の負けってことでもいいですよ?」


「違うのじゃ! それだと、なんかこう、ダメなのじゃ! ここでわれがいいところを見せて、また崇拝されないといけないのじゃ!」


 よくわからないが、そういうことらしい。

 そんな邪神事情なんて知ったことではないと言えば、そうであったが。


(まあ、でも……いろいろ誤解させちゃったのは私のせいだしね。よーし、ここはちゃんといい感じに負けて、テーラさんに花を持たせてあげないと!)


 というわけで、ローナがむんっとやる気を出した瞬間――。


「「「……ッ!?」」」



 ごごごごごごごごごごぉおォオオオ…………ッ!!



 と、ローナの全身からオーラが爆発的に膨れ上がった(第三者視点)。

 先ほどまでの、ぽけーっとした感じから一変。

 ローナがただそこにいる、それだけで――。


 ――邪神。


 その言葉の意味を、まざまざと見せつけてくる。


(なんという、強烈な覇気……っ)

(まさか、先ほどまでは本気ではなかったのか!?)

(ローナ様が怒りくるっておられる!)


 辺りで見ていた魔族たちも、思わずごくりと唾をのんだ。



(((――ローナ様は、る気満々だッ!)))



 平和そうな顔をしているからと誤解していた。

 この邪神(※ローナ)は――血に飢えているのだ。


 一方、邪神テーラはというと。


(なるほどのぅ、これがローナなんとかの本気の力か。やはり、こいつ……)


 ローナをじろりと睨めつけるように観察し、ひとつの確信を得ていた。


(…………こいつ、われより強くね?)


 先ほどから邪神テーラの殺気を浴びながら、平然と突っ立ったままだし。

 しかも、ここにきてなぜかる気を出したらしく、さらに凄まじいオーラを放出しだしたし。


(や、やべぇのじゃ……邪神としての格が違うのじゃ。このままでは、『真の邪神じゃない』と追放されてしまうのじゃ……とゆーか、殺されないよね? 決闘じゃよね?)


 戦う前から冷や汗が止まらない邪神であった。

 とはいえ……ローナの身のこなしは、あきらかに素人のそれだ。

 おそらく、強すぎるがゆえに、戦闘経験はまともにないのだろう。いや、戦闘経験がないのに、なんでそんな強烈なオーラを放ってるんだとか、言いたいことは山積みではあったが……。


 なにはともあれ、ここに勝機があるはずだ。

 そうして、準備も済んだところで。


「それでは、両者合意と見てよろしいですね?」


「う、うむ」

「はい!」


「それでは、“真の邪神”の座をかけたバトル――ファイトぉーっ!」


 そんな審判の魔族のかけ声のもと、決闘の火蓋が切られた。


「――ッ!」


 先に動いたのは、もちろん邪神テーラだ。

 彼女は合図とともに、とんっと地面を軽やかに蹴り――。



「――――遅いのじゃ」



 瞬時に、ローナの背後へと回っていた。

 獣のごとき圧倒的な速度。それこそが邪神テーラの最大の武器だ。

 一方、ローナはまだ反応すらできていない。


(やはり、われのほうが速度では上――ッ!)


 邪神テーラの読み通りだった。

 というか、魔術師の速度が低めなのは当たり前だった。

 そして、魔術師は防御も低めだと相場が決まっている。


 だからこそ、邪神テーラ(近接アタッカー)は、ローナに1対1の決闘を申しこんだのだから。


(これが、頭脳プレイの力じゃぁああっ!)


 勝つために誇りを捨てた邪神の姿が、ここにあった。



「「「ローナ様ぁっ!?」」」



 そして、魔族たちの悲鳴が上がる中――。


 ばしゅ――ッ! と。


 邪神テーラの手刀の“刺突”が、矢のようにローナの背中へと突き立てられ――。



 ――めきっ! ぐぎぃっ!



 と、いろいろと嫌な音がした。


「……………………」


 邪神テーラが無言で指を押さえて、その場にうずくまる。


「……ぉ……ぉおぉ……」


 めちゃくちゃ突き指していた。


(……あ、あれ? われって今、オリハルコンの壁に攻撃したっけ? あっれぇ……?)


 ちなみに、邪神テーラは知らないことだったが。

 ローナは“防御”も世界最強クラスだった。



「うぉおおっ! まずはローナ様の1本先取! 今の動きをどう見られますか?」

「今のはいい作戦でしたねぇ。あえて全力の攻撃を受けることで、相手との実力差を絶望的に突きつけるとは」

「おおっ、さすがはローナ様! 邪悪すぎるぅううっ!」



 と、魔族の実況席が盛り上がる一方。


(う、うわぁっ、びっくりしたぁ!? 速くて見えなかった!?)


 ローナは普通にびくびくしていた。

 それから、はっとする。


(あっ、そうだ! ちゃんと負けたふりをしないと! えっと……えっと……)


 ローナがいきなり、「うっ」とうめいて。



「や、やられたー(棒)」



 その場に、ぽてりと倒れた。

 ローナのその迫真の演技に、一瞬の静寂のあと……。

 わぁあっ! と、魔族たちから歓声が上がった。



「おおっと! ローナ様、ここで余裕の煽りだぁあっ!」

「これは効果が抜群だぁっ!」



「え? え?」


「うぬぅ~っ! ば……バカにしおってぇえ~~っ!」


「あ、あれ!? なんで!?」


 気づけば、邪神テーラが顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていた。


「このぅこのぅ~っ! 物理がダメなら魔法じゃああっ! 暗黒魔法――」


「わっ、リフレクション」


「カタストロフィぃぁあぎゃあああああ――ッ!?」


 邪神テーラの放った黒い光線が、ぽーんっと跳ね返されて大爆発した。


「わ、わぁっ、ごめんなさいっ! つい、魔法反射スキルを」


「そ……そ……」


「そ?」



「それは、ずるいじゃろぉおおっ!」



 ボロボロになった邪神テーラが涙目で叫ぶ。

 物理攻撃は効かず、魔法は反射される――完全に詰みであった。


「あの、それより、お怪我が! プチヒール!」


「えっ、ちょっ、待っ――あぎゃあああっ!?」


「わ、わぁあっ!? 傷口が開いてっ! プチヒール! プチヒール! プチヒール!」


「あばばばばばっ!?」


「こ、これでもダメなら……エルフの秘薬を!」


「ま、待つのじゃ! われは回復でダメージを受けるタイプの邪神で――あひぃぃッ!?」


 ぴくぴくと地面で痙攣する邪神テーラに、ローナはさらに回復という名の攻撃を続ける。


(……な、なんという容赦のなさ!)

(あえて、回復魔法でいたぶるとは……なんと邪悪な……)


 かつて、自分たちが畏怖していた邪神が、一方的にいたぶられている。

 この信じがたい光景に、魔族たちは戦慄を禁じえない。



(((――やはり、ローナ様こそが“真の邪神”だ!)))



 とはいえ、邪神テーラもやられるばかりではなく。


「むぐぅううっ! これ以上、回復されてたまるか!」


 やがて、隙を見てローナから距離を取り、反撃へと転じた。


「むぉおおおおっ! 暗黒魔法――カタストロフィ!」


「わっ! 安静にしてないとダメですよ! プチヒール!」


 そして、ローナと邪神テーラから、それぞれ白と黒の閃光が放たれた。



 ずどどどどどどどどど――――ッ!! と。



 凄まじい衝撃波とともに激突する、回復魔法と暗黒魔法。

 荒れくるう力の余波で、びしびしびしびぃぃい……ッ! と、周囲の地面や建物に亀裂が走っていく。

 まるで、英雄と邪神の最終決戦のような圧倒的な光景。


 白と黒の2つの光線はそのまま拮抗し、そして――。



 競り勝ったのは――白の光線(※回復魔法)だった。



「なんでじゃあああっ!?」


 極太レーザーのような神聖な白い光(※回復魔法)が、暗黒魔法の黒い光をまたたく間に塗りつぶし、勢いそのままに邪神テーラをのみこんでいき……。

 やがて、光が晴れたとき。


「……いや……そうは、ならんじゃろ……ぐふっ」


 そこには、ぷすぷすと煙を上げながら地面に倒れている邪神テーラの姿があった。

 あまりの光景に、魔族たちがしばし言葉を忘れる中。


「だ、大丈夫ですか、テーラさん!? いったい、どうしてこんなことに!?」


 ローナが慌てて、邪神テーラに駆け寄ると。


「…………認めてやるのじゃ」


「え?」


「たしかに、おぬしは……“真の邪神”にふさわしい」


「いえ、それは、ふさわしくなくていいんですが」


「じゃがな……」


 邪神テーラが、ゆらりと立ち上がる。


 あきらかに、彼女の敗色が濃厚だったが……。

 というか、もう敗北したも同然だったが。

 しかし、この状況にあっても、彼女はまだ余裕の笑みを浮かべていた。


「われは、まだ負けてはおらん。ここで見せるつもりはなかったが……よいじゃろう」


 そう、本当の戦いはここからなのだ。



「――見せてやろう。われの“真の姿”をな」



 邪神テーラがそう呟いた瞬間――。


 ずずずずずずずずずずず……っ! と。


 彼女を中心に、黒い瘴気が渦を巻き始めた。

 瘴気が邪神テーラを覆い尽くし、禍々しい黒い繭を形作っていく。

 まるで、第二の形態へとその身を変えようとするかのように。


「……われは1000年間、“賢者の石”を通して、人間どもの欲望を、願いを、夢を、悪夢を吸収して力を得てきた。たったひとりでも世界を滅ぼせるだけの力をな。今さら許しをこうても、もう遅い……さあ、刮目せよ! これが、われの“真の姿”じゃああああ――ッ!!」


 そして、瘴気が晴れたとき……そこには、ひとつの影があった。


 ――は、少女の形をしていた。


 しかし、あきらかに人間ではない。

 禍々しくねじれた角や翼。そして、常人ならば見ただけで卒倒しそうな膨大なオーラ。

 それは、まさに伝承に語られる混沌の神であり、1000年前の厄災であり……。

 さっきまでと同じ姿の邪神テーラでもあった。



 つまり――なにも変わっていなかった。



「………………」


 かっこいいポーズを決めている邪神テーラが、ちょこんと立っているだけだった。

 しばらく、ぽかんとしたような静寂が満ちたあと。


「……あ、あれ? なにか変わったか?」

「……失敗?」

「……いや、この流れで失敗は、さすがにないだろ」

「わ、私はかっこよくなったと思いますよっ」


 と、ちょっと空気が微妙になったところで。


「て……テイク2じゃあああっ!」


「あ、はい」


 ちょっと頬を赤くした邪神テーラが、ふたたび黒い瘴気の繭に包まれる。


「さあ、今度こそ刮目せよ! これが、われの“真の姿”じゃああああ――ッ!!」


 そして、瘴気が晴れたとき……そこには、ひとつの影があった。

 ――は、少女の形をしていた。

 しかし、あきらかに人間ではない。

 禍々しくねじれた角や翼。そして、常人ならば見ただけで卒倒しそうな膨大なオーラ。

 それは、まさに伝承に語られる混沌の神であり、1000年前の厄災であり……。



 つまり――なにも変わっていなかった。



「「「………………」」」


 戸惑ったような沈黙が満ちる中。

 やがて、邪神テーラが、おずおずと手をあげる。



「――あ、あのぉ……われの“真の姿”、どっかに落ちてませんでしたか?」



 そんなこんなで。

 そこからは、邪神テーラもしょんぼりして、決闘を続けようという空気でもなくなり。


「みんなで、テーラさんの“真の姿”を見つけてあげましょう!」


「「「おおっ!」」」


 ローナが中心となって、邪神テーラの“真の姿”の捜索が始まった。

 邪神テーラの話によると、彼女の“真の姿”はいつも保管している場所にはなかったらしく。


「洗濯するとき、服のポケットに“真の姿”を入れっぱなしだったとかは?」


「そういうのじゃないのじゃ」


 というわけで。

 物置、路地裏、植木鉢の下、机やベッドの下……。

 いろいろな場所を片っ端から探してみたが、“真の姿”っぽいものは落ちておらず。


「むうぅ……われの1000年間の汗と涙の結晶が」


「だ、大丈夫ですよ、テーラさん! 私、探しものを見つけるの得意なので!」


「お、おぬし……良いやつじゃのぅ」


「ちなみに、“真の姿”のもっとくわしい特徴とかはありますか?」


「えっとな、大きさはこ~んぐらいで、人型の獣みたいな姿で、色は赤っぽくて……それから“黙示獣テラリオン”って名前をつけてるのじゃ」


「……ん? あっ、もしかして」


 インターネットを使うまでもなく、ローナには心当たりがあった。


「あ、あのぉ……“真の姿”って、こんな感じのやつですか?」


「むぇ?」


 ローナはアイテムボックスから写真を取り出す。

 黄金郷に入る前に、記念に撮った1枚だ。


 その写真には、にこにこピースしているローナの自撮り姿――。


 ――の後ろのほうに、ちっちゃく、爆散している“獣”の姿が映っていた。



「わ……われの“真の姿”ぁあああああ――ッ!!」



「な、なんか、ごめんなさい……」


 こうして、邪神テーラはローナに完全敗北し……。

 彼女の1000年越しの野望は、今ここに打ち砕かれたのだった。

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