第77話 邪神降臨


 一方、その頃。

 黄金郷の中央にある神殿にて。

 祭壇にある赤紫色の魔法陣から、黒い瘴気が立ちのぼっていた。



『…………時は、満ちた』



 少女の声が、神殿に響きわたる。

 それは、冥府の底から響いてくるような、冷たく威圧感のある声だった。


『それでは、始めようではないか――闇の時代を』


 その言葉とともに。

 ずずず……と、黒い瘴気が渦を巻いて、繭のように魔法陣を覆い尽くす。

 そして、瘴気が晴れたとき……そこには、ひとつの影があった。


 ――は、少女の形をしていた。


 しかし、あきらかに人間ではない。

 禍々しくねじれた角や翼。そして、常人ならば見ただけで卒倒しそうな膨大なオーラ。

 それは伝承に語られる混沌の神であり、1000年前の厄災……。

 世界は、彼女をこう呼ぶ。



 ――――邪神テーラ、と。



「ふむ……」


 この世に顕現した邪神テーラは、体の調子を確かめるように軽く腕を振ると。

 ぶわ――ッ! と、神殿に立ちこめていた瘴気が勢いよく吹き飛んだ。

 さらに、その風圧で、びしびしびしぃぃ――ッ! と、神殿の壁や床に、亀裂が走る。


 たわむれにしては、あまりにも圧倒的な力。

 だがそれでも、邪神テーラはどこか不満そうに溜息をつく。


「……やはり、仮初の体では、この程度かのぅ」


 そう、あくまでこの姿は、魔法で作られた仮初のものにすぎない。

 彼女の“真の姿”は、こことは別の場所に封印されたままだ。


 とはいえ、魂だけでも封印から脱することができるぐらいには、すでに力が戻りつつあった。

 ここまで来れば、念願の世界の覇権もすぐそこだろう。


「「「――我らが神、バンザイ!」」」


 耳をすませば、遠くからは自分をたたえる魔族たちの声も聞こえてくる。

 邪神テーラを信じてついて来てくれた者たちだ。

 おそらく、邪神テーラの復活を喜んでいるのだろう。


(じゃふふ、1000年ぶりに生で浴びる崇拝は気持ちよいのぅ。なんか、やけに遠くから聞こえてくる気もするが……われの存在感にみんなビビっているのかのぅ? いや、じゃが……さすがに遠すぎない? あれ?)


 と、邪神テーラが少し戸惑いながら、目を開くと。


「……むぇ?」


 さっきまでは立ちこめる瘴気のせいで、よく見えなかったが……。

 辺りには、誰もいなかった。

 ぽつん、とひとりで立ち尽くす邪神テーラ。


(あ、あっれぇ……? さっき『そろそろ復活するよ』とお告げったんじゃが……誰も待っててくれなかったの? もしかして、われって人望ない……?)


 ちょっと不安になってきた邪神テーラであった。

 いや、しかし……そもそもおかしい。

 この黄金郷エーテルニアには、神殿以外にまともな生存圏はもう残されていないと聞いている。神殿の外に出れば、強力なモンスターの餌食になるだけだ。


 ならば、魔族たちはどこへ消えたのか。

 と、そこで。


「「「――我らが神、バンザイ!」」」


 また、そんな声が聞こえてくる。

 よく聞いてみると、その声は神殿の外から聞こえてくるようだった。


(あ、あれ? われはここにおるぞ? なんで外から?)


 そう戸惑いながら、邪神テーラが神殿の外に出てみた。

 そこは、強力なモンスターが跋扈する、人外魔境となっている――はずだったが。


「…………は?」


 邪神テーラはぽかんとしたように立ち尽くす。

 その視線の先にあったのは――。


「草ァッ!」

乾杯KP~っ!」

「うぇえええいっ!!」



 神殿前の広場で、魔族たちが楽しそうに宴会をしている光景だった。

 その中心には、なぜか『神』のタスキをかけている知らない少女がおり……。



「「「――我らが神、最高ぉおおっ!」」」



 自分を信じて待ってくれていたはずの魔族たちが、なぜかその謎の少女を崇めていた。


(……ど、どゆことじゃ? ……え? 待って? えぇ……?)


 先ほどお告げをしたときは、魔族たちの様子はいつもと変わらなかったのだが。

 このわずかな時間に、いったいなにがあれば、こうなるのか。


 ……わからない。なにもわからない。

 ただ、邪神テーラには、ひとつ言いたいことがあった。



「――だ……誰じゃ、その女ぁああっ!」



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