第76話 黄金郷を観光してみた
一方、その頃。
地底に封じられた古代都市――黄金郷エーテルニアはというと。
ずぅぅぅん……っ! ずぅぅぅん……っ!
と、激しく揺れ動いていた。
まるで、地底につながれた巨大な“獣”が、身じろぎでもしているかのように。
ずぅぅん……っと地底全体が揺れるたびに、夜空を思わせる大空洞の天井にぴしぴしと亀裂が走り、星のような宝石の欠片がぱらぱらと降りそそぐ。
しかし、そんな状況にあっても……この黄金郷の住民である“魔族”たちは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「くくく……ついにだ! ついに邪神テーラ様がお目覚めになったのだ!」
黄金郷の中央にある古代神殿の祭壇。
そこに描かれた赤紫色の禍々しい魔法陣の前にて。
魔族たちは高笑いとともに祈りを捧げ続ける。
彼らがこうも冷静なのは、あらかじめ邪神テーラからのお告げがあったためだ。
――われはもうすぐ復活する、と。
魔族たちが地底に封印されてから、1000年。
彼らはずっと、この瞬間を待ちわびていた。
もしも、邪神テーラが封印から解き放たれれば……地底に封印されていた魔族は、ふたたび地上へと戻ることができるだろう。
だからこそ。
「さあ、始めようか」
魔族の神官や巫女たちは、目で合図をして頷き合うと。
やがて、一斉に口を開いた。
「「「――“我らは獣の数字を刻みし者なり”」」」
魔族の口からつむがれるのは――“力ある言葉”。
「「「――“来たれ、偉大なる十冠の王よ。禁断の果実をもたらした黙示録の獣よ。我らの
そんな魔族たちの言葉に呼応するように。
祭壇に描かれた魔法陣が、かッ! と、赤紫色に光り輝いた。
輝きはどんどん増していき、やがて、ひゅぉおおおお――ッ! と魔法陣から強大な力が暴風となって吹きつけてくる。
「……ぅ……くっ……」
荒れくるう力の奔流に、もはや誰も目を開けていられない。
それからしばらくして、魔族たちが目を開けられるようになったとき――。
「……ぁ……ぁっ……ひっ……」
魔法陣の上に、ひとつの影が――あった。
いつから、そこにいたのだろうか。
それは、小さな影だった。
しかし……間違いない。
そもそも、この魔法陣から出てくる存在など、ひとつしかないのだから。
人をはるかに超越した魔族。それをも、はるかに超越した力。
それは、まさしく――神と呼ぶにふさわしい存在だった。
「……す、素晴らしい。想像以上だ……っ!」
「ついに……復活したのだ!」
そして、魔族たちが固唾を飲んで見守る中。
邪神は、ゆっくりと口を開き……。
「――こんにちは~っ!」
と、にこにこ元気よく挨拶してきたのだった。
◇
(わぁっ! ここが黄金郷エーテルニアかぁ!)
さまざまな手順をスルーして地底にワープし、“ラスボス”というよくわからないモンスターもとりあえず倒したあと。
ローナが転移魔法陣に乗ってみると、風化した古代神殿のような場所に転移した。
辺りをきょろきょろしてみれば……崩落した神殿の天井の先に見えるのは、星のように宝石の結晶がまたたく夜空みたいな光景。さらに地面にも宝石の花々が咲き乱れ、これまた宝石でできたような蝶や小鳥が飛んでいる。
(うん、綺麗だね! さすが、インターネットで『イチオシの観光名所』って言われていただけあるなぁ)
とまあ、そこまではインターネット通りなのだが。
「「「――我らが神、バンザイ!」」」
なぜか、ローナの前には、平伏している現地住民たちがいた。
(……な、なんか、すごい歓迎されてるなぁ)
とりあえず、現地住民を見つけて挨拶をしてみたところ、あれよあれよの間に玉座のような椅子に座らされ、「神!」「バンザイ!」と祀られてしまったのだ。
そこまでされれば、さすがのローナでも気づく。
(そっか、これが――“おもてなし”ってやつなんだね!)
そう、ローナはインターネットで耳にしたことがあったのだ。
観光名所などには、『お客様は神様です』と言って客を崇める宗教があるということを。
とすると、ここで平伏している人々は、観光ガイドといったところだろう。
(うん、今回の町もみんな親切だし平和そうだね! これなら、楽しく観光できそう!)
ただ、いつまでも椅子に座らされていては、観光もできないわけで。
「あのぉ、ちょっといいですか?」
と、ローナが近くにいた人に話しかけると。
「どうかしましたか、我らが神よ!? 生贄ですか!? 生贄が足りないのですか!?」
「「「――ならば、我らが生贄にぃいいッ!!」」」
「い、いえ、そういうのではなく、黄金――」
「黄金をご所望でしたか! おい、この地にある財宝を全て持ってこい!」
――ずしん! ずしん! どどどどどっ! じゃららららららっ!
ローナがぽかんとしている間に、どんどん積み上がっていく金銀財宝の山。
「さあ、好きなだけ持っていってください! この世の全ての財宝は、あなた様のものでございます!」
「え? い、いえ、あの……」
「まだ足りませんか!? ならば、さらに10倍だぁああっ!」
「い、いえ、大丈夫です! これだけで充分です!」
それはまさに、“おもてなし”の暴力であった。
せっかくの厚意なので、持ってきてもらった財宝はもらうことにするが。
(……“おもてなし”って怖いなぁ)
と、ちょっと引き気味のローナであった。
なにはともあれ、お土産も手に入ったので。
「よし! それじゃあ、さっそく黄金郷を観光させていただきます!」
今度こそ、ローナは椅子から立ち上がる。
その様子に、『邪神様の期待に応えなければ!』と身がまえていた魔族たちが、きょとんと顔を見合わせた。
「……か、観光?」
「……“観光”とは、なんだ?」
「……さ、さあ? 聞いたことがないが」
そう、魔族たちには“観光”という文化がなかったのだ。
地底に1000年間も封じられていたという事情もあるが。
封印前も戦乱の時代であり、『他の町や国に娯楽のために行く』という考えがまずなかった。
「……ど、どうするべきか。尋ねるのは不敬だし……なんか怖いし」
「……しかし、このままでは、神のご期待に沿うことが」
「ま、まあ、ひとまず……神の様子を見れば、“観光”がなにかはわかるだろう」
というわけで。
魔族たちの案内のもと、ローナの“観光”が始まった。
「わぁ、綺麗ですね!」
ローナが道の真ん中で、ぴょんぴょんと跳びはねながら歓声を上げる。
黄金郷エーテルニア――そこは、まさに理想郷だった。
星空のように宝石がまたたく天蓋。
黄金で築かれた壮麗な建築物やオブジェ。ステンドグラスのように宝石が敷きつめられた道の脇には、水晶のようにカラフルに透き通った花々が咲き乱れている。
まさに、世界中の美しいものだけを集めて作られたような都だ。
(うん、インターネットに書いてあった通り!)
ローナはふんすっと鼻から息を吐きながら、手元のインターネット画面を確認する。
――――――――――――――――――――
■マップ/【黄金郷エーテルニア】
メインストーリー2部のラストダンジョン。
かつて天に築かれた美しい古代都市。【賢者の石】によって栄えた人類の欲望は、黄金に酔うだけでは満たされず、やがて古代文明の破滅へとつながった。
ビームを撃ってくる古代兵器系のモンスターが多いため、【リフレクション】のような魔法反射スキルが活躍する。ただ、古代兵器系のモンスターはリポップしないため、ドロップアイテムの取り忘れには注意。
――――――――――――――――――――
(ラストダンジョン? っていうのは、よくわからないけど……とにかく来てよかったなぁ。あっ、あれってインターネットで“映える”って言われてた“自撮りスポット”だ!)
ローナはテンションが上がり、ぱしゃぱしゃと
それだけ見れば、『一般少女が遊びに来ただけ』という感じにも見えるのだが。
「すごいですね、みなさん! こんなに綺麗な場所、初めて見ました!」
「そ、そうですか? そう言ってもらえると……」
「あっ、ちょっとモンスターが邪魔だなぁ――プチフレイム」
ごぉおおおおおおおおぉおお――――ッ!!
「えへへ、いい写真が撮れました! 本当に来てよかったです!」
「ま、まあ、ご満足いただけたのなら、なによ……」
「あっ、プチサンダー」
ばりばりばりばりばりィイイ――――ッ!!
「………………」
「いいなぁ! 私もこんな綺麗なところに住んでみたいです!」
「い、いえ、我らはここに住んでいるわけでは……」
「そうなんですか? あっ、リフレクション」
びゅいんッ! びゅいんッ! びゅいんッ!
どががががががががが――ッ! ずぅうううんッ! ずぅうううんッ!
「うん! ダンジョン観光って、楽しい♪」
「………………」
ローナの“観光”によって、全てが蹂躙されていく。
まるで未来予知でもしているように、あらかじめ潰されていく敵襲やトラップ。
鼻歌まじりに跳ね返されるビームの雨。
ローナが歩くたびに、あちこちで爆散していくモンスターたち。
そんな異常すぎる光景を前に――。
(((――“観光”って、すげぇえええっ!?)))
魔族たちの気持ちが今、ひとつになった。
そもそも、黄金郷はダンジョンなのだ。
けっして、楽しく散歩するようなところではない。
武装を固めて、作戦を立てて、隊列を組んで侵攻し、犠牲を出しながら少しずつ安全圏を広げていく。
ここは、そういう戦場なのであり――。
「ちょっと宝箱を取りたいので、そこの落とし穴に落ちてきますね!」
「えっ、ちょっ――神ぃいいい!?」
けっして、こんなゆる~い感じで来るところではないはずなのだ。
(こ、これが邪神様の力……なんと、凄まじい)
魔族たちが感動に打ち震えるのも当然であった。
ちなみに、ローナはいろいろ手順をスキップしたので知らなかったが……。
黄金郷は
古代文明を発展させた“賢者の石”。
この石は、人々のあらゆる夢を実現させる力を持っていたが、人々の悪夢もまた現実のものにしてしまったのだ。
無限の財宝、美しい都、永遠の命、強靭な肉体……“賢者の石”が夢を叶えれば叶えるほど、現実は侵蝕されて
願いが魔法や財宝となり、悪夢がモンスターとなる。
そして、この黄金郷は今や、抱えきれないほどの
ただ、ローナの“観光”によって今……。
その辺りの問題は、なんかあっさり解決してしまった。
「あ、ああ……我が家に戻れる日が来るなんてっ!」
「俺たちの故郷が取り戻されたっ!」
「?」
ローナの案内も忘れて、泣き崩れる魔族たち。
――“観光”。
その言葉の本当の意味は、魔族たちにはわからない。
邪神の言動を見て、「な、なんかアホっぽいな」と思ってしまった者もいた。
しかし、邪神が魔族たちのために戦ってくれた。
それだけで、魂が打ち震えるような熱が、魔族たちの胸の内からわいて出てくる。
やがて、その熱はひとつの言葉を形作った。
「「「――うおおおおおっ! 我らが神、バンザイ!」」」
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