第73話 試食会をしてみた

 女神とのお茶会のあと。

 ローナはメルチェとの試食会の約束のため、ドールランド商会の商館へとやって来ていた。


(えっと、メルチェちゃんが商会長をやってる商会っていうのは、ここ……だよね?)


 目の前の建物とインターネットの地図を、何度も見比べるローナ。

 あらかじめ、コノハから『あたしのデータによると、ドールランド商会は王都随一の規模だよ!』とはいてはいたが……。


「ふ、ふわぁ……」


 ローナの前にあったのは、予想の3倍ぐらい豪華な商館だった。

 1か月前まではローナもけっこう立派な屋敷に住んでいたわけだが、それでも圧倒されてしまう。


(う、うん……完全に、友達の家に遊びにいく感覚だったんだけど)


 あきらかに、カジノ帰りにるんるん気分で来るところではなかった。


(な、なんか、ドレスコードとかありそうだけど大丈夫かな……)


 と、ちょっと不安になってきたものの。

 いつまでも立ち尽くしているわけにもいかないので。


「あ、あのぉ、すみません。メルチェちゃんに会いに来たんですが」


 と、おそるおそる門番に声をかけてみると。


「ローナ・ハーミット様ですね。お話はうかがっております」


「え? あ、はい」


 丁寧な態度で、すぐに中に通してもらえた。

 さすが王都一の商会というべきか、ここにいる人々は教育が行き届いているらしい。


「……商会長がお待ちです。こちらへ」


「は、はい」


 それから、男性職員の案内のもと、メルチェのいる試食室へと向かうことに。

 金糸の刺繍が入った赤絨毯の廊下を、てくてくと歩いていくローナ。壁に並んだ調度品もやはり一級品ばかりだったが……ローナにはそれよりも気になることがあった。


(? あれ、この人、どこかで見たことあるような?)


 案内の男性職員の顔を、ローナはちらちらとのぞき見る。

 表情に乏しい真面目そうな男の人だ。


 初対面だとは思うのだが、どことなく誰かの面影があり……。

 と、そんなことを考えていたところで。


「……ローナ・ハーミット様」


 彼は人気のないところで立ち止まり、ローナに頭を下げてきた。


「……あなたのおかげで娘に笑顔が戻りました。本当に……ありがとうございました」


「え? え?」


 ローナは、いきなりのことで少し戸惑いつつも。

 そこで、はっと気づく。


「もしかして、メルチェちゃんのお父さん……ですか?」


「……はい。といっても、その資格があるかわかりませんが」


「?」


 きょとんと首をかしげるローナに、メルチェの父はかまわず言葉を続ける。


「……ここのところ、あの子はあなたのことを、それはもう楽しそうに話すのですよ。あんなに笑っている娘を見るのは、本当にひさしぶりで……ぜひ、こうしてお礼を言いたいと思っていました」


「あ、あの、そんなたいそうなことは……それに、私のほうこそメルチェちゃんと仲良くなれてよかったです!」


「……うん。あの子に、あなたのような、よい友達ができてよかった。あの子と仲良くなってくれて、本当に……ありがとう」


 メルチェの父はそう言うと――。

 一瞬だけ、ぎこちなくも優しい微笑みを浮かべるのだった。

 それから、ふたたび歩くこと、しばし。


「……こちらが試食室です。さ、どうぞ」


「あっ、案内ありがとうございます」


 メルチェの父にぺこりと頭を下げてから、ローナが試食室へと入ると。



「……ローナっ」



 小さく弾んだ声とともに、ぬいぐるみを持った少女がぴょこんっと抱きついてきた。


「あっ、メルチェちゃん。今日は試食会に誘ってくれてありがとうございました。でも、忙しくありませんでしたか?」


「……うん。さっき財務大臣が来てたけど追い払ったわ。ローナとの話のほうが大事だから」


「そ、そうですか……いいのかな?」


「……それより、ローナが前に教えてくれた“株式”ってシステムを、いろんな事業に試験的に導入してみたのっ。これは革命的な発明よっ。これがうまくいけば、わたしたちが世界の覇権を握れるわっ」


「? えっと、よかったですね!」


 とりあえず、メルチェが楽しそうでよかったなぁと思うローナであった。

 と、そこで。


「……い、いや、2人とも? そういうやばめな話は、あたしがいないとこでしてくれない?」


 先に来ていたらしいコノハが、なぜか顔を青くして、ティーカップを持つ手をがたがたと震わせていた。


「あっ、コノハちゃんも来てたんですね」


「あー、うん……ていうかね。あたし、この商会で働くことになってさ」


「え?」


「ま、ここにいれば、本国のやつらも簡単には手出しできないだろうしね」


「……ふふっ。コノハはいろいろ便利だし、いい拾い物だったわ」


「?」


 ちなみに、コノハはここ数日、裏切ったスパイとして本国からの追っ手と大立ち回りを演じたりしていたのだが……。

 その頃、“そしゃげ”をしていたローナには知るよしもないことだった。


「でも、よかったよ。ローナと屋台作ったの、けっこう楽しくてさ。やっぱ、あたしは商人のほうが向いてるなって。だから……まあ、なんていうかさ……きっかけをくれたローナには、本当に感謝し――」


「……そんな話はどうでもいいから、さっそく試食会をしましょう」


「あっ、そうですね! 私、お腹ぺこぺこで!」


「あたしの扱いがひどい」


 というわけで。

 メルチェが、ぱちんっと指を鳴らすと。

 扉が開いて、給仕たちが試作料理をのせたワゴンを運んできた。


 てきぱきとテーブルに並べられていく皿、皿、皿……。

 その皿にのせられているのは――。


「す、すごい……インターネットで見た通り!」


 “らーめん”、“ぴざ”、“かれーらいす”……。

 どれも、インターネットの画像から飛び出てきたかのような再現度だった。


「まだ数日しか経っていないのに、こんなに再現できるなんて」


「……この辺りは材料もそろってたから、再現だけならそれほど苦労はなかったわ。まだ味や食感については調整段階だけど」


 と、メルチェはなんでもないことのように言うが。

 ローナからしたら、どれも『これは再現するの無理そうだなぁ』とあきらめていたものばかりなのだ。そもそも材料をそろえるところからして難しそうだったわけで。


「さ、さすがはドールランド商会だねー」


「えへへ。メルチェちゃんにレシピを教えてよかったです!」


「……ま、まあ、とにかく。冷めないうちに早く食べましょう。とくに“らーめん”は麺がふやけやすいらしいから」


「おっ、顔が赤くなってるねぇ、商会長様」


「……コノハ、減給30年」


「代償が重い!?」


 そんなこんなで。

 さっそく、試作料理に手をつけるローナたち。

 まずは、早く食べてと言われた“らーめん”からだ。


「うーん……ローナ、この“らーめん”っていうの、どうやって食べるの?」


「あっ、それは手づかみで食べるんですよ!」


「へぇ、麺を手づかみでねぇ――ほわっ熱ッづぅううッ!?」


「わ、わぁっ! プチヒール! プチヒール!」


「……スプーンとフォークで食べたほうがよさそうね」


 というわけで、いろいろと慣れない料理と苦戦しつつも。

 ひとまず、ローナはスプーンに麺とスープを入れて、口に運び――。


「!?」


 その瞬間――舌先から、雷が流れるような衝撃が走った。

 試食会だから、『食レポをしないと!』と張り切っていたローナであったが。


「…………お、おいしい」


 他に、この“らーめん”の味を言い表す言葉が出てこない。

 パスタみたいなものかとも思ったが……違う。

 とにかく、今まで食べたことのない味だ。

 それでいて、今まで食べたものの中で、一番おいしいかもしれなかった。


 思えば、かき氷はかなりシンプルだったし、“まよねぇず”は調味料だったしで、ローナがまともにインターネットの料理を食べるのは初めてだったが……。


「……っ! ……っ!」


 この“らーめん”のスープを飲みだすと、やめどきが見つからず。

 一口、また一口……と、無心になってスプーンを動かしてしまう。


 ふと、顔を上げてみると、メルチェやコノハも似たような状態だった。

 メルチェも実食は初めてだったらしく、上品に“らーめん”を口に運んだまま目を丸くしており、コノハはコノハで無言でひたすらスープをすすっている。


「……試作したシェフが感激してたとは聞いてたけど、これは……すごいわね」


「い、いや、これで試作品ってのがやばいよねー。まだ調整段階なんでしょ?」


「……そうね。“らーめん”はパスタと同じで、味つけやトッピングの種類も多いみたいだし……奥が深いわ」


「他の味の再現も楽しみですね!」


 というわけで、“らーめん”をスープまで飲み干したあと。


「ふぅ、ごちそうさま~」


「……満足したわ」


「いや、試食会なのに初っ端から完食しちゃったけど……他、食べられるかな」


「「……あっ」」



      ◇



 そんなこんなで、試食会はわいわいと進み――。

 やがて、一通りの試作品を食べ終えた。


「ふぅ。どれもおいしかったですね!」


「……ん、“ぴざ”はとくに中毒性があったわ。焼くときに号泣する必要性があるのかわからないけど」


「あたしは“かれーらいす”が一番感動したかなー」


「……そうね。あれも素晴らしかったわ。ローナの言っていた『4人で真心を込めると発生する特殊演出』というのは確認できなかったけど。ただ……わたしにはちょっと辛かったかも」


「……あー。たしかに、辛いの苦手な人もいるしね。売るときは、ミルクや蜂蜜を入れた甘口も作ったほうがいいかも」


 ローナとしてはどれもおいしかったし、すでに料理として完成されているような気がしたが。

 メルチェやコノハいわく、ここから商品にしていくのが一番大変らしい。

 とはいえ、そこが商人としては面白いところでもあるようで、メルチェもコノハも生き生きとしていたが。


「……ふぅ、とても有意義な試食会だったわ」


「やー、こうなったら、食べ物以外にもいろいろ再現してみたいよね」


「そうですね! ――あっ、そういえば」


 ふと、ローナがワゴンに乗せられていた鍋を見る。

 どうやら、インターネット料理の試作品は、まだたくさん余っているらしい。


「せっかくなので、余っている試作品をもらってもいいですか?」


「……べつにいいけど。あっ、せっかくだし、ローナの知り合いなんかにも意見を聞いてきてくれるとうれしいわ。うちで今度出す予定の新作だと言って」


「わかりました!」


「まー、ローナは目立つから宣伝にもなりそうだしね」


 そんなこんなで。

 アイテムボックスに試作料理をほいほいと突っこんでいくローナ。


「いや、どんだけ入るのさ……これで保存も効くんだからなぁ」


「……商人としてはうらやましいかぎりね。でも、けっこうな量あるけど大丈夫?」


「大丈夫です! このアイテムボックスがあれば、いくらでも持っていけますしね!」


 そう言って、ローナがさらに試作料理を入れようとしたところで――。



『【!】持ち物がいっぱいです! 上限100/100』



「………………あっ」


 ローナはぽかんとしたまま立ち尽くす。

 ついに、そのときが来てしまった。

 そう、アイテムボックス枠の限界が――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る