第9章 黄金郷を観光してみた

第72話 そしゃげをしてみた


 ――屋台コンテストから数日後。

 王都ではまだ屋台コンテストの熱気が冷めやらぬ様子で、ローナたちの作った“かき氷屋”とその広告の話題がひっきりなしに街を飛びかっていた。

 一方、この屋台コンテストを通して、インターネットの可能性をいろいろ発掘したローナはというと……。



(――この“そしゃげ”っていうの、楽しい!)



 宿のベッドにごろごろ~っと寝転がりながら、自堕落にインターネット画面をいじっていた。


『おねーちゃんは、わたしが守るの♡』


「ありがとうございます! シルフィちゃん!」


『ねぇね♡ 褒めて褒めてー♡』


「えへへ! また、あとでプレゼント贈るね!」


『……ますたーの指示を……完遂しました……♡』


「わぁっ! Sランクでクリアしたんですね! すごいです!」


 ローナが“こまんどめにゅー”をタッチするたびに、ド派手な技でモンスターたちを倒していく美少女たち。


(なるほど、これが神々の遊戯……“そしゃげ”かぁ。いつも広告で神々に絶賛されてるだけあるなぁ)


 以前から、ローナが動画を見るたびに。


『今なら無料300連ガチャ!? スゲェー!?』

『初回チャージで誰デモ全サーバー1位に!?!?』

『えェーッ!? 爆炎神龍セットもらえるんデスカ!?』


 といった広告を見せられてきたので、ずっと“そしゃげ”のことは気になっていたのだ。

 なんでも、神々は“そしゃげ”という遊びをみんなやっており、それに生活を捧げる者も多いというし。


 とはいえ、“あぷり”の“だうんろーど”の仕方がよくわからなくて、あきらめていたが……最近になって“ぶらうざ版”というものの存在を知り、そこで頑張って“あかうんと登録”について勉強をし――。

 ついに、ローナは念願の“そしゃげ”デビューを果たしたのだった。


「…………ふふ……ふへへ……」


 ローナをこれでもかと褒めてくれる美少女たち。

 画面を連打しているだけで終わる爽快バトル。

 そして、射幸感をじゃぶじゃぶとあおるガチャシステム。


 暇つぶしに何気なく始めた“そしゃげ”だったが、つい最近まで実家からほとんど出たこともなかったローナには刺激が強く、どっぷりとハマッてしまい――。


(ん……あれ? この“そしゃげ”って、もしかして……)


 やがて、ローナは気づく。

 いや、これまでは目を背けていただけだったのかもしれない。

 しかし、気づいてしまえばもう――考えることを止めることはできなかった。



(もしかして……冒険とかより“そしゃげ”のほうが楽しいのでは?)



 ローナの旅が、今――終わろうとしていた。


 と、そんなことを一瞬考えたものの。


(あ……“すたみな”が切れた。えっと、“すたみな”を回復するには……“有償石”? “課金”? でも、神々のお金なんて持ってないし……うぅ、私も神様たちみたいに“札束で殴り合う”っていうのやりたいなぁ)


 なにはともあれ、“すたみな”が完全回復するのは夜のようだ。

 やはり、ずっと“そしゃげ”だけをして生活するのは厳しいだろう。


(まあでも、他にやりたいことはたくさんあるしね)


 王都の観光もしたいし、ダンジョン観光もしたいし、この世界には楽しいことがたくさんある。

 それに、今日は昼からメルチェたちとの試食会もあるのだ。

 なんでも、インターネットの食べ物の再現がいくつかうまくいったとかで、ローナにも意見を聞きたいとのこと。


 というわけで、ローナはベッドからもぞもぞと起き上がると。

 う~んっと伸びをしてから、むんっと気合いを入れた。


「――よぉし! それじゃあ、お昼までカジノでスロット回すぞぉ!」



      ◇



 そんなこんなで、昼――。


(えへへ♪ 今日の台は機嫌がよかったなぁ♪)


 カジノから出てきたローナは、鼻歌まじりに中央広場に立ち寄った。

 近くにある時計塔を見上げると、メルチェとの約束まではまだ少し時間がありそうだ。


(メルチェちゃんのとこに行くのは、まだちょっと早いかなぁ……あっ、そうだ)


 そこで、ローナは広場の中央にある女神像を見た。

 そういえば、女神にまたお供え物をするという約束をしていたのだった。


 ちょうど時間もあるし、なにかお供え物をしよう。そうしよう。

 というわけで。


「えっと、たしか、女神様に会うためには……“聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、その光は全地に満つ”って、言えばいいんだっけ? ――って、わっ!」


 ローナがインターネットに書いてあったキーワードを唱えるなり。


 ――ぱぁあああああ……っ! と。


 ちょうど前と同じように、女神像がいきなり光り輝いた。

 そして気づけば、見たことのある白い空間に、ローナは立っていた。

 目の前にいるのは、神々しい金髪の女性――光の女神ラフィエールだ。


「あっ、女神様! こんにちは~っ! 約束通り、お供え物を持ってきましたよ!」


『………………』


「あれ、女神様?」


 なぜか、女神はしゃべらない。

 ただ、そのこめかみには、ぴくぴくと青筋が浮かんでいた。


『……ここしばらく、あなたを見極めるため行動を観察していました』


「え?」


『この前はノリと勢いで使徒にしてしまいましたが、もしも悪しき者がその強大な力を手にしているのならば、対応せねばなりませんから。そのうえで、ひとつ言いたいのですが――』


 女神はこほんと、ひとつ咳払いをしたあと。



『――カジノ行きすぎだるぉおおッ!!』



「わっ」


 女神がシャウトした。


『わたくし、言いましたよね!? 世界の危機が迫ってるって! なんで、それを聞いて真っ先に行くところがカジノなんですか!? しかも、なんで破産してるんですか!? そのうえ、せっかく借金返したのに、なんでまたカジノに通ってるんですか!? 学習能力とかないんですか!?』


「で、でも、最近はスロット回さないと手が震えるようになって」


『末期症状!?』


 女神は『ああもう~っ!』とくしゃくしゃと髪をかきむしり、それから溜息をついた。


『しかし、まあ……あなたが悪しき心の持ち主でないことはわかりました。だいぶ欲望に忠実なのは問題ですが……きちんとお供物をしようという心がけは、たいへん評価できます』


「そ、それならよかった、です?」


『さて、お告げには時間制限もありますし、さっそくスイーツ――いえ、お供え物をいただきましょうか。実は、あなたが作った“かき氷”というものも気になっていて』


「え? あの、世界の危機は――」


『いいから、スイーツです!』


「あ、はい」


 世界の危機を前によだれを垂らしている女神を見て、『欲望って怖いなぁ』と思うローナであった。

 そんなこんなで、今回はかき氷をお供えするローナ。


『ほぅ、これが“かき氷”ですか。新感覚ですが、これは良いものですね』


「……? 神様の間では定番の食べ物じゃないんですか?」


『いえ、まったく知りませんが』


「え? あれ? そ、それでは、“たぴおか”はご存知ですか?」


『“たぴおか”? それも知りませんね』


「そうなんですか? うーん、おかしいなぁ……最近、女神たちに流行ってるって聞い――」



『――――知ってますが?』



「え?」


『わたくし、“たぴおか”知ってますが?』


「え、でも」


『もはや最近は、“たぴおか”しか摂取していないと言っても過言ではありませんが?』


「なるほど……やっぱり、そうなんですね!」


 インターネットに間違いはなかった。

 ただそうなると、かき氷を知らなかったのは不思議だが……。

 神々の世界にも“ジパング”や“リスンブール”や“ラピュータ”といったさまざまな国があるようだし、知らなくても不思議ではないのかもしれない。

 というわけで、ローナは考えるのをやめた。


『ちなみに、他にもこのような神々の食べ物はあるのですか?』


「えっと、まだ再現まではできていないんですが……今、メルチェちゃんって友達が試作してくれてまして! 今日これから試食会もしてくるんですよ!」


『そ、そうですか、ほぅ……そ、それでは、そのお供えもしてもらえたらなぁ、と』


「はい、もちろんです!」


『……ローナ・ハーミット。やはり、あなたを使徒にしたのは間違いではありませんでした。あなたは史上最高の使徒です』


「? ありがとうございます?」


 よくわからないけど、すごく褒められた。


 そんなこんなで、ローナが出したスイーツも食べ終えたところで。

 前回と同じように、女神のいる白い空間が光り輝きだした。

 女神の言っていた『お告げの時間制限』というやつだろう。


『ふむ、もうこんな時間ですか。今回もたいへん良い働きでした』


「えへへ、ありがとうございます! 次も楽しみにしていてください!」


『ええ。では、次のお供え物は、試作しているという食べ物でお願いしま――あっ、やべ! また伝え忘れ――』


 そんな慌てた声とともに、ローナの視界が白く染まり――。


「わっ……とと」


 気づけば、ローナは広場の女神像の前に立っていた。


(よし、今回は尻もちつかなかった! って……わっ、もうこんな時間!)


 こうして、ローナは慌ててメルチェのいる商館へと向かうのだった。

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