第71話 優勝してみた
それから、いくつか屋台を回ったあと。
ローナたちは、コノハとの合流場所に早めにやって来た。
王都の中央広場にある休憩スペースだ。
辺りを見るが、売上報告に行ったコノハは、まだ戻ってきていないらしい。
「コノハちゃん、遅いですね」
「……おおかた、広告について質問責めにあってるんでしょうね。商業ギルドもいろいろ把握しとかないといけないだろうし、周りの商人も放ってはおかないだろうし」
「な、なるほど。たしかに、ありそうですね」
なにはともあれ、ローナたちは休憩スペースの椅子に腰かけて、ふぅっと一息つく。
「……お祭りを実際に見て回ったのは、いい経験になったわ。次はもっといい屋台が出せそう」
「そういえば、メルチェちゃんはどんな屋台を出したんですか?」
「……ドリンクよ。こういうお祭りのときに一番売れるのは、冷たいドリンクだから」
「あっ、私たちと考えてたこと似て――」
「……それと、目新しさを出すために限定のフレーバーやトッピングを用意して、こぼれにくい持ち運び用のカップも一緒に売ったわ。他のドリンクの屋台もだいたいカップ持参だと割引があるから、そうすればまずうちの屋台に行こうってなるでしょ? それと客は歩き疲れてるだろうから、近くの出店スペースも丸ごと借りて休憩スペースにしたわ。もちろんドリンクを買った客にしか使えないようにして……広場での旅芸人が見やすい場所に休憩スペースを作ったから、それ目当ての客も獲得できたわね。それから――」
「……ほへー」
商売の話になると饒舌になるのか、ぺらぺらと教えてくれた。
「やっぱり、メルチェちゃんはすごい商人なんですね」
「……わ、わたしは教科書通りにやっただけだから。こんなの、誰でもできる」
メルチェが頬を赤くしながら、抱えていたぬいぐるみにむぎゅっと顔を押しつける。
「……わたしよりも、ローナのほうがずっとすごい」
「え、私ですか?」
「……あの広告を見たとき、わたし……すごく感動した。それに、ローナの周りにいる人は、お客さんも店員もみんなが笑顔だった。わたしにはできなかった」
「い、いやぁ」
「……そういえば、ローナの屋台は『異国の食べ物を再現して売った』と聞いたけど、他にもそういうレシピを持ってるの?」
「え? それは、まあ……持ってますね」
「……なら、うちの商会で再現してみない? もちろん、価値に見合った情報料は出すわ」
「い、いいんですか?」
ローナがごくりと喉を鳴らす。
お金をもらえるうえに、神々の食べ物を再現してくれる。
それはもう、ローナとしてはメリットしかないわけで。
「え、えっと! それなら再現してほしい料理がいろいろあって――」
ローナはもちろん飛びついた。
屋台を出すにあたって、神々の食べ物についてはけっこう調べたのだが……やはり、個人では再現が難しいものが多かったのだ。
そんなこんなで、メルチェにも『古今東西の書物が見られるスキル』と称してインターネット画面を見せると、新しいおもちゃを手に入れた子供のように目をキラキラさせていた。
「……“らーめん”という素手で食べる麺料理に、“ぴざ”という号泣しながら焼く料理……すごいわっ、うちの商会にも情報がない食べ物ばかり」
「それと、“たぴおか”って飲み物が、今“ナウなヤング”という種族にとても流行っているそうです!」
「……材料はキャッサバ芋? それなら南で安く手に入るし……どれも再現はできそうね」
「本当ですか! 楽しみです!」
「……でも、本当にいろいろわかるのね、そのスキル。“いんたあねっと”だっけ?」
「はい」
「……そんなスキル、聞いたことないわ。過去に同じスキルがあったのなら、もっと有名になってそうだけど」
「ですよね……」
情報をいろいろ持っていそうなメルチェでも知らないのなら、やはりこの世界には存在しない言葉なのだろう。
最近は当たり前のように使っていたが、やはり謎の多いスキルだ。
「……でも、そのスキルがあれば、“ローナ”についても調べることができるんじゃない? どうして、そんな力を持っているのか……とかね」
たしかに、それはもっともだが。
ローナはちょっと渋い顔をする。
「……? どうしたの?」
「いえ、あの、実は……前に、自分について調べたことがありまして」
「……そうなの?」
「はい。そしたら、なんかよくわからない小説が出てきました」
「……小説?」
「『世界最強の魔女、始めました』という小説なんですが……なぜか、私の行動や思考が事細かに記録してありまして」
「……なにそれ、怖い」
「最初は、私の観察なんてすぐに飽きるだろうと思ってたんです……でも、最近は“まんが”という絵物語の連載も始まって、シリーズとしてさらなる盛り上がりを見せてきまして……ちょっと怖いので、もうあまり調べたくないなって」
「……そ、そのほうがよさそうね」
なんだか、この世界の闇に触れてしまったような気分になるローナたちであった。
「……ちなみに、わたしのことは調べられる?」
「メルチェちゃんは有名人みたいですし、たぶん調べられますが」
「……へぇ、どんなこと書いてあるか気になるわ」
「それじゃあ、えっと――あっ、これかな?」
と、ローナが軽い気持ちで調べてみたところ。
――――――――――――――――――――
■ボス/【人形姫メルチェ・ドールランド】
[出現場所]【ドールランド城】
[レベル]92
[弱点]火・刺突
[耐性]地・闇・打撃・毒・混乱
[討伐報酬]【呪いのぬいぐるみ】(100%)、【ぬいぐるみの魔石】(100%)、【身代わり人形】(50%)、古代のメダル(30%)
◇説明:メインストーリー2部に出てくるボス。
天才ゆえの孤独と退屈にさいなまれていた少女は、【賢者の石】の力で【王都ウェブンヘイム】をダンジョン化し、ぬいぐるみが人間を支配する王国を作る。
次々とわいてくるぬいぐるみ兵にハメ殺しされることも多く、2部ラスボスよりも厳しいと言われる難所。なぜか勝利ムービー中もぬいぐるみ兵が攻撃し続けてくるため、勝利後にゲームオーバーになることも多い。
――――――――――――――――――――
「………………」
なんか、ボス情報が出てきた。
それも、『メルチェが王都を支配する』などと書かれているが――。
「……ローナ?」
「ひゃいっ!?」
「……顔色が悪いけど、なにか書いてあったの?」
「え、えっと。なんか、メルチェちゃんが王都を支配するとか書いてあって」
「…………ふーん、そんなことまでわかっちゃうんだ」
「え?」
「……ふふ、なんでもないわ」
「? そうですか?」
くすくすと愛らしく笑うメルチェ。
その姿からは、王都支配をたくらんでいるようには見えない。
そもそも今、『王都がメルチェに支配されている』なんてこともないわけで……。
「うーん、違う人の情報なのかなぁ」
「……そうね。わたしは、
と、メルチェはローナを見ながら、またくすくすと笑うのだった。
「あっ! それと、メルチェちゃんの肖像画もたくさん見つけましたよ」
「……ふーん? 見たことない作風ね。発色もすごくいいけど、どんな画材を使ってるのかしら……ん? この“R-18”ってなに? 見ることができないけど」
「えっと、18歳未満は見ちゃダメみたいですね。でも、なんで18歳なんだろ? 成人年齢ってわけでもないし……」
「……大人になってから見てほしいってことじゃない? タイムカプセルみたいに」
「きっとそうですね! えへへ、早く大人になって“R-18”の絵を見てみたいです!」
「……ん、楽しみ」
「じゃあ、そのときは、せーので見ましょうね!」
「……うんっ」
と、笑顔で約束をしていたところで。
売上報告に行っていたコノハが、「おーい!」と手を振りながら戻ってきた。
「あっ、コノハちゃん。遅かったですね」
「やー、かき氷屋って言ったら、商業ギルドの人からいろいろ質問されちゃってさ――それより、なんか盛り上がってたけど、なんの話してたの?」
「大人の話です。ねー」
「……ね」
「嫌な予感しかしない」
と、コノハが微妙そうな顔をしてから。
「あ、そだ。商業ギルド前で、もうすぐ屋台コンテストの結果発表やるらしいよ」
「つ、ついにですか。うぅ、ドキドキする……」
「……ま、ローナの優勝だと思うけど」
そんなこんなで、屋台コンテストは幕を閉じ――。
メルチェが言った通り、優勝はローナたちの屋台となった。
その後、メルチェがすぐにドールランド商会専属になったことを公表してくれたおかげで、商人たちがローナにしつこく勧誘してくることもなく。
賞金を手に入れたローナは、無事に借金を返済し――。
(えへへ! これだけお金があれば、またカジノでスロットを回せるかな? うん、ちょっとぐらいなら大丈夫だよね!)
と、うきうきとカジノに消えていくのだった。
――――――――――――――――――――
……というわけで、第8章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
今回の章は「インターネットがあるなら現代のもので商売とかやりたいよね」ってことで、2年前から構想していたネタでした(書くのクソ遅い)
なにはともあれ、楽しんでいただけたなら幸いです。
次回からは新章「黄金郷を観光してみた」スタートです!
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